槃特の呟き

散文(何でもござれ)、韻文(破礼句まで含む)、想い付くまま。

言葉の気品――善悪真善美(自死報道に 敏感過ぎることは無い)

2022-05-28 22:21:18 | Weblog
No. 1696 視聴者は煽られ易い(『朝日』5月28日)
 人の死、最も厳粛なもの、ましてや自裁ともなれば最も深刻なものだ。それが市井の人であろうと、有名人であろうと、差異は無い筈だ。最も問題視されるのが視聴率を常に意識しているテレビ報道の場合だ。今月お笑い芸人の死去が某局で報じられた際には、自裁の手段や発見時の状況にも説明が及び、WHOのガイドラインにも抵触しているような観がある。「事実を報じ、国民に伝える責務」を錦の御旗としているようだが、SNSで批判の書き込みが続き、「意見や注意喚起を受け止め、最大限に配慮」なる旨の発言が当該テレビの社長の定例会見でなされた。朝早く芸人自宅マンション前から中継リポートを放送し、「取材を尽くし、いち早く情報を反映させる」とし、その後「表現内容は時間の経過とともに配慮し、変えていく」とは、御都合主義の言い訳に過ぎないのでは。先に放映済みのものは最早取り消せないのだから。自裁の場所や手段の報道が他者を誘うことがあるとは驚きだが、業界として、記者や編集者を加えてガイドラインを作成することが緊急焦眉ではないのか。
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言葉の気品――善悪真善美(切っても切れないものは?)

2022-05-27 22:53:33 | Weblog
No. 1695 盥に張った水、否、政治家とカネの腐れ縁(『朝日』5月27日)
 また政治家収賄のニュース、東京地裁判決。いい加減の時分になると紙上に載る話題。♪どこまで続くよ腐れ縁♪。今回有罪判決となったのは大臣在任中の500万円だが、1万円ぴん札で厚み約5センチ、いっぺんには内ポケットに入り切らないからか、100万円、200万円と分けて大臣室で贈賄側が大臣の上着ポケットにねじ込むようにして渡したようだ、と判決文は生々しく状況を指摘。500万円と云えば、日本の平均的勤め人の年収を超える金額ではなかろうか。これ以外にも大臣在任中の前後に1500万円を受け取っている模様だ。いずれも政治資金収支報告書に記載無しの様で、「政治献金だ」と云い張ってもカネの賄賂性は否定できない。それにしても、追徴金500万円とは、安過ぎないのか。
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言葉の気品――善悪真善美(立法府の重い腰いつまで?)

2022-05-26 22:33:07 | Weblog
No. 1694 最高裁判事の国民審査もう後が無い(『朝日』5月26日) 
 海外からの投票不可「違憲」判断、大法廷15人全員一致。違憲審査権を持つ最高裁判事を国民が審査するのも、国民が国会議員を選挙で選出するのも国民が持つ同等の権利で、海外在住者に国会議員選挙の投票権は与えられて居ても、最高裁判事の国民審査権は与えられて居ないのは不当な制限だと最高裁は判断した。極めて論理的で、文句の付けようが無い。然し行政府は、最高裁判事の国民審査は国会議員を選ぶ国政選挙ほど重要ではないと断じている様だが、自らの不作為の云い訳で、語るに落ちるの類だ。加之、立法府の国会議員より、司法機関(最高裁)の判事の方が重要ではないと言っているのに等しい。呆れたと言う外ない。
 最高裁判事の国民審査が形骸化していると言う、一般の観念が様ざまな議論の底流に有るのかも知れないが、当初から不適当と思う人には×を付けるだけの審査方法では国民は審査に本気を出さない、又は出せない、と云われていた。端から云われていたことだが、信任者には○を、不信任者には×を記入とすれば、国民の関心はより高いものになって来るだろうと言われていた。今からでも遅くは無い、行政府の仕事だろう。 
 
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言葉の気品――善悪真善美(政治家秘書もカネになる)

2022-05-25 22:01:03 | Weblog
No. 1693 悪事やり得(『朝日』5月25日)
 「ごね得」と云う言葉があるが、少々悪いことでも、罰金以上のカネが入るなら「やった方が得」となり、「やり得」と云う言葉を日本語の語彙の一つに加えてみたくなる。今回の東京地裁判決は「やり得」の好例とでも言いたくなるものだ。
 代議士の政策秘書が貸金業法違反の罪を問われた判決で、執行猶予付き懲役刑と罰金100万円を科された。罪状は過去3年間に亘り政治ブローカーと謀って公庫融資87件約23億5千万円を無登録で仲介したと言うもの。被告の代議士秘書は手数料1千万円を事業者から受け取ったことを判決は認定した。違法な業務で得たカネでも没収とはならない様だ。手数料として得た1千万円から罰金100万円を引いても残りは900万円、これぞ「やり得」だ。
 昔から政治(家)はカネになると言われていて、日本では二世、三世、四世議員まで出ているが、政治家秘書もカネになるようだ。どちらもぼろい商売だ。      
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言葉の気品――善悪真善美(阿武町もやれやれか)

2022-05-24 23:03:27 | Weblog
No. 1692 誤入金4分の3戻る?(『朝日』5月24日)
 人口約3千人の町の職員が町民463人支援のための公金を誤って一人の町民の口座に振り込み、思わぬ大金を手にした24歳の青年は町の返還請求に対して自分には非が無いことを楯に大分ごねた模様だが、本来受け取る資格の無いカネを自分の所有物とする正当性など日本の社会には認められてはいない筈だ。予想外の大金を手にして、早速カジノでの賭け事にカネを注ぎ込み、その事が「電子計算機使用詐欺」にあたるために警察に逮捕されるに到った。本来自分のカネでは無いものを、自分の口座から他の口座へ振り替えることが法律に抵触することになるなど、法律に可なりの知識が無ければ分からないのではなかろうか。この24歳の青年も、町の告訴にも勝ち目が無いことなどを法律家から教え諭されたのではなかろうか。町はこの青年が振り替えた口座を仮差押えし、その口座のある銀行は振り替えられた金員全額を町の口座へ振り込んだようだ。
 ところでこの青年の処罰はどうなるのであろうか。経済犯罪は意外と軽い罰で済まされるような印象だが、収監されるような犯罪では無さそうなので罰金刑か。通帳残高が数百円の素寒貧青年から何を引き出せるのか誠に心許ない。他に何か有効な手立ては無いものだろうか。
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言葉の気品――善悪真善美(マスクの着脱判断)

2022-05-23 22:19:22 | Weblog
No. 1691 自分で判断する段階に(『朝日』5月23日)
 日本国内でコロナ感染判明から2年余り、コロナウイルスに関しての知見も可なり浸透した筈だ。その結果が、屋外でのマスク着用に‘不要’とする意見が過半数となったようだ。70歳代以上の高齢者に限ると‘要、不要’が逆転するのは尤もかも知れない。感染すれば高齢者は重症化すると言われているからだ。
 日本人はマスク着用に関してヨーロッパ人ほど抵抗感を持っていない様だ。寒くなって風邪引きが出始めるとマスク姿の人を良く見掛ける。ヨーロッパ人はウイルスはマスクなどは透過してしまうので感染予防には役に立たないと言う理解が古くから浸透している所為か、日本人の安易なマスク着用が異様に感じられる様だ。屋外でのマスク着用は不要と理屈では分かっていても、屋外でマスク着用の日本人を見掛けるのは珍しい事ではない。日本人特有の「世間の眼を気にする」意識が着用を促すように作用するからだ。この意識が広まれば、同調圧力(peer pressure)として働く結果となり、皆がマスク着用となる。オッペケペ節の“見っとも無いから人真似およし、わたしゃ生地で押し通す”とは対蹠的だ。少々大袈裟に尤もらしく言えば、欧米人の持つ個人主義的意識は日本人には稀薄で、マスク不着用を変な目で見られるのを避けようとする意識が強く働く結果、戸外での独り歩きの際にも、独りで車を運転している時でもマスク着用となるようだ。別な観方をすれば、日本人は欧米人に比べて合理性に欠けるのかも知れない。多くの日本人は、御上が着脱の具体的なマニュアルを示してくれるのを待ち望んで居るのかも知れない。自分一人では判断・決断が出来ないのであろうか。
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言葉の気品――善悪真善美(パンクする博物館)

2022-05-22 22:39:27 | Weblog
No. 1690 収蔵庫満杯(『朝日』5月22日)
 カネにならない事柄に国や地方が予算を出し渋るのは、いやしくも文化国家を標榜するなら、その資格を疑われることになっても仕方あるまい。半数以上の博物館で収蔵庫が満杯で、文化財の寄贈を受けても資料などの収納・保管するスペースに余裕が無いとは驚くべき事態だ。大学で教員が研究のために収集した標本などは、物によってはカビや虫害などの被害を受け易いものもあろう。寄贈を受けても直ぐには保存のための処理にも手が回らない様な状態と推測する。取り敢えずは、資料が化学変化などを起こさぬよう、保存処理を始めるまでは一括してそのままガス密閉して保管するしかあるまい。この様な暫定的な処理にもスペースや予算の関係で不可能なら、山積みと云う事になる訳だが、文化財の扱いとして許される事ではないだろう。民俗学分野での嘗て使われた農機具などは、特に唐箕などは可なりの場所塞ぎで、農家の納屋に仕舞われていたと同じような状態で保管するしかないだろう。
 博物館の最も重要な役目、資料の収集と保存が儘ならずで、職員が予算 獲得のために苦闘するとは、、、
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言葉の気品――善悪真善美(値上げはドミノ倒し)

2022-05-21 22:34:49 | Weblog
No. 1689 最後は消費者が音を上げる(『朝日』5月21日)
 円安が先ずは外国依存のエネルギー関連項目の電気代、ガス代、ガソリン代の値上げになり、次に企業間の取引価格に影響し、遂には消費者が小売業者から買う消費者物価に値上げの波が到達する。賃金の上昇が鈍いまま消費者物価が上がれば、所謂「悪いインフレ」が長く続けば、賃金と物価との「鋏状価格差」が当面は続くことになる。従って、景気回復はとても望めないことになる。物価を上げ、賃金も上げる、それで経済もうまく回る、という一見単純な理屈があるそうだ。経済の動きをコントロールするのは日銀の役目だそうだが、どうやら日銀の発する言葉が100%間に受けられなくなって来ているようだ。
 経済価値を生み出すのは人間の労働だと云う考えがあるが、労働力を投入する創業の場を創出するアイディアは政治家や企業家に求められようか。企業家を積極的にサポートする政治家の出現が強く求められる。
 
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言葉の気品――善悪真善美(入試で女性差別)

2022-05-20 21:50:59 | Weblog
No. 1688 女性差別・貶置は日本の宿痾(『朝日』5月20日)
 医科大学の入試で女性を不利に扱うことが問題視され、訴訟にまで発展して、順天堂大学医学部に損害賠償を求めた集団訴訟の判決が出された。東京地裁の判決は賠償支払いを命じるものであった。受験生の失った時間や人生を今となっては取り戻すことは叶わないが、せめて金銭で償いを付けろと言うことだろう。順大以外にも複数の医大で女性を不利に扱うことが発覚して訴訟が相次ぐ結果となった。
 日本の大学医学部はなぜ女性を差別し不利な扱いをするのか、直接的理由は、女性は医学部を卒業しても医業を長く続けることは無く、家庭に入り主婦業に携ることになり、女性の医学生を養成するのはカネの無駄だから、と云う事のようだ。女性医学生の卒業後の追跡調査はどの様な結果を得たのか不明だが、女性を忌避するのは案外時代遅れの観念に起因しているのではなかろうか。女性は本質的に男性より劣っていると言う観念だ。それが男尊女卑となるのだ。
 所で、文科相の調査では、順大の18年度の合格率は男性の方が高いが、19年度には女性の方が高くなって逆転している。この年度に女性を不利に扱ったら、順大は優れた女子学生を失ってしまったことになる訳だ。何とも皮肉な話だ。
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言葉の気品――善悪真善美(自殺と無念死と)

2022-05-19 22:37:08 | Weblog
No. 1687 市民の安全を守る官署と病院が(『朝日』5月19日)
 警察署長の繰り返すパヮハラで男性署員が精神不安定となり、署内で自裁とは、部下の生命をまともに守れない様な警察署長に市民は身の安全を託せないだろう。警察署と云う所は上下関係の厳しい所とはよく言われているところだが、パヮハラを受けた署員がどの様な資質の持ち主であろうとも、精神に異常を生じるまでハラスメントを加えることなど、有り得べからざることだ。署長の精神、徳性に?を付けたくなる。加之、副署長まで署員にパヮハラを行なっていたとは、救いようの無い警察署だ。 
 総合病院でコロナ感染が確認された患者の「発生届」が保健所に出されずに打ち過ぎ、保健所による健康観察や血中酸素飽和度を測る医療器具や食料の提供を受けられず、患者が保健所に電話連絡をしても、保健所の対応にミスがあり、患者は自宅で死亡した由。感染を確認した総合病院と、患者から直接連絡を受けた保健所のミスで、患者の命が無残な結果となった。患者は死んでも死にきれないとは、こんな状況の場合を表わす言葉ではなかろうか。
 警察署、病院、いずれも人の命を預かり守るところ、天職としての意識がかなり希薄になっていると、或いは、もともと左様な意識とは無縁だったと看るべきか。
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