仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

丁度よい

2010年10月30日 | 浄土真宗とは?
「丁度よい」という詩がある。拙著『光 風のごとく』(探究社刊)になかで篤信家の詩として紹介した。昨年、宗左近さんの『あなたにあいたくて生れてきた詩』(新潮文庫)で藤場美津路さんの詩であることを知った。

そして昨日、宗教業界新聞(中外日報)をみていたら、「石川・大谷派常讃寺の坊守・藤場美津路さんー仏様の光の中でー」という写真つきの特集が組まれていました。

藤場さんは、「丁度よい」にたどりつくまでに「我執のつぶやき」を吐き出していたという。
  「親ほどうっとうしい者はいない。兄弟ほどめんどうな者はいない。子供ほどやっかいな者はいない。夫ほど平凡で薄情な者はいない。姑ほどじやまな者はいない」とつぶやき、「先生と宗教家ほど偽善的な者はいない」と信じることがなかったそうです。


 そして次のように語っている。

  「私は寺に嫁いだけれど、三十年間は仏様を軽蔑していた。自分を知識人と思っていたから。今思えば好き勝手に、涙が出るような生き方をしてきた。それが、ある先生のご法話を聞いてから違ってきた。孤独な人生かよみがえった。変わるというよりも、高い所に居た者が下に降りたという感じ。仏様の智慧をいただいて、自分の中の地獄が見えた。心が落ち着いて、初めて寺の中に自分の坐る場所ができた」と振り返る。(以上)

そして生れたのが「丁度よい」だそうだ。

「仏様のことば(丁度よい)」

お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も 
お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も 
息子の嫁もその孫も 
それはお前に丁度よい
幸も不幸も喜びも 
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は 
悪くもなければ良くもない 
お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと 
行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく 
卑下する要もない
上もなければ下もない 
死ぬ日月さえも丁度よい
仏さまと二人連れの人生 
丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時 
憶念の信が生まれます         
南無阿弥陀仏
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