『墓の建立と継承 「家」の解体と祭祀の永続性をめぐる社会学』(辻井敦大著)からの転載です。
仏壇・位牌に対する調査研究と先祖祭祀の変容
ここで「家」の解体後に表出する先祖祭祀のあり方を示した代表的研究がロバート・スミスによる『現代日本の先祖崇拝―ブンカジンルイガクカラノアプローチ』である。スミスの研究において、一九六三に都市部と三村落で大規模な仏壇・位牌の調査を行い、五九五世帯の仏壇、計3.050の位牌を分析した。そこから、同族型の村落では、父系の「冢」の系譜上の先祖しか仏壇に位牌が存在せず、無系親族(母系の親族といった「家」の系譜に全く無縁な親族)や非親族(過去あるいは現在の有系・無系のいかなる「家」の成員にも全くっながりをもたない人々)の位牌が一つも存在しなかった点を明らかにした。一方で、都市部や講組型の村落では、仏壇に無系親族や非親族の位牌まで様々な人の位牌があり、人々が語る先祖のなかには「家」の系譜上の先祖とは異なる人物が含まれることを解明した。加えて、全調査のなかで、絶家となった「家」の位牌を所有している世帯が五九五件中二七件、その位牌数が108基も存在することをみいたし、「家」同族を基盤とした先祖祭祀ではない事例が数多く存在することに注日した。
そして、これら無系親族の位牌の四分の三は都市部のものであったことから、無系親族の位牌への祭祀は急激に日本社会において一般化したものだと理解し、次の先祖祭祀の変容の視点を提示した。
家の仏壇にこのような無系親族位牌を納めておく慣行は、ごく新しいものであり、かつ急激に一般化してきたものであると私は見ている。調査対象となった世帯の大多数が夫婦家族であり、無系親族位牌中では妻の親族のものが他の母や養子の親族のものよりもはるかに数多かったことを考えてみるとき、そこでは家(世帯)中心的祖先崇拝に向かって家族中心的祖先崇拝台頭のためのくさびが打たれていることに気が付くのである。
このようにスミスは、村落と都市部の比較から「家」を中心とした先祖祭祀から家族中心的な先祖祭祀への変容が起こっていると位置づけたのである。しかし、「位牌の双系性が決して現代にのみ限られた現象であるわけではないと推断される」として、日本社会においては歴史的に位牌が双系性をもっていることを認識している。それでも、スミスが「家」から家族中心的な先祖祭祀への変容を論じたのは、当時の都市のホワイト・カラー層には、「家」の家業として農業が継承されなくなっていたからであった。
遺産など少しも遺してくれなかった人々に対しても昔から位牌は作っていたのではあるが、家長は家産を守り、殖やすように期待されていた。こういった家産を先祖から譲り受けた家長は、今度は自分の子孫にそれを伝え遺していく責務があった。少なくともこういった意味合いでは、農民とホワイト・カラー労働者とでは両極端にあるといえよう。こういった状況から当然生じてくるはずの結果といえば、直接縁あって見識っている「故人」を礼拝することが先祖を礼拝することを遙かに凌駕していくということである。
これらの事実から、スミスは二〇世紀の終わり頃までに日本社会における先祖祭祀は、双系的なものとなるとともに祈りの対象も両親と祖父母に変化すると論じた。こうして次のように先祖祭祀は近年故人となった親族の者に対してのみの愛情を表現する供養主義(メモリアリズム)へ変容すると位置づけたのである。(つづく)
仏壇・位牌に対する調査研究と先祖祭祀の変容
ここで「家」の解体後に表出する先祖祭祀のあり方を示した代表的研究がロバート・スミスによる『現代日本の先祖崇拝―ブンカジンルイガクカラノアプローチ』である。スミスの研究において、一九六三に都市部と三村落で大規模な仏壇・位牌の調査を行い、五九五世帯の仏壇、計3.050の位牌を分析した。そこから、同族型の村落では、父系の「冢」の系譜上の先祖しか仏壇に位牌が存在せず、無系親族(母系の親族といった「家」の系譜に全く無縁な親族)や非親族(過去あるいは現在の有系・無系のいかなる「家」の成員にも全くっながりをもたない人々)の位牌が一つも存在しなかった点を明らかにした。一方で、都市部や講組型の村落では、仏壇に無系親族や非親族の位牌まで様々な人の位牌があり、人々が語る先祖のなかには「家」の系譜上の先祖とは異なる人物が含まれることを解明した。加えて、全調査のなかで、絶家となった「家」の位牌を所有している世帯が五九五件中二七件、その位牌数が108基も存在することをみいたし、「家」同族を基盤とした先祖祭祀ではない事例が数多く存在することに注日した。
そして、これら無系親族の位牌の四分の三は都市部のものであったことから、無系親族の位牌への祭祀は急激に日本社会において一般化したものだと理解し、次の先祖祭祀の変容の視点を提示した。
家の仏壇にこのような無系親族位牌を納めておく慣行は、ごく新しいものであり、かつ急激に一般化してきたものであると私は見ている。調査対象となった世帯の大多数が夫婦家族であり、無系親族位牌中では妻の親族のものが他の母や養子の親族のものよりもはるかに数多かったことを考えてみるとき、そこでは家(世帯)中心的祖先崇拝に向かって家族中心的祖先崇拝台頭のためのくさびが打たれていることに気が付くのである。
このようにスミスは、村落と都市部の比較から「家」を中心とした先祖祭祀から家族中心的な先祖祭祀への変容が起こっていると位置づけたのである。しかし、「位牌の双系性が決して現代にのみ限られた現象であるわけではないと推断される」として、日本社会においては歴史的に位牌が双系性をもっていることを認識している。それでも、スミスが「家」から家族中心的な先祖祭祀への変容を論じたのは、当時の都市のホワイト・カラー層には、「家」の家業として農業が継承されなくなっていたからであった。
遺産など少しも遺してくれなかった人々に対しても昔から位牌は作っていたのではあるが、家長は家産を守り、殖やすように期待されていた。こういった家産を先祖から譲り受けた家長は、今度は自分の子孫にそれを伝え遺していく責務があった。少なくともこういった意味合いでは、農民とホワイト・カラー労働者とでは両極端にあるといえよう。こういった状況から当然生じてくるはずの結果といえば、直接縁あって見識っている「故人」を礼拝することが先祖を礼拝することを遙かに凌駕していくということである。
これらの事実から、スミスは二〇世紀の終わり頃までに日本社会における先祖祭祀は、双系的なものとなるとともに祈りの対象も両親と祖父母に変化すると論じた。こうして次のように先祖祭祀は近年故人となった親族の者に対してのみの愛情を表現する供養主義(メモリアリズム)へ変容すると位置づけたのである。(つづく)









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