仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

わたしの「もったいない語」辞典

2018年07月16日 | 日記
3.4日前、『読売新聞』の編集手帳で『わたしの「もったいない語」辞典』 (中公文庫)を紹介していたので借りてきました。新聞に開催されると、図書館にリクエストする人が多いのですが、リクエストはセロでした。

内容紹介
「銀幕」「ペーペー」「Gジャン」「アンドロイド」「達者で」――など「あまり聞くことのなくなってきた“もったいない”言葉」を、自身の体験談とともに厳選。
作家・文学者・俳人など言葉のプロ150人が選んだ言葉に込められた想いに、共感するもよし、新たな発見を見出すもよし。どこから読んでも楽しいエッセイ集(以上)

本の中から一つだけおすそわけです。

すみません ―幽玄に満ちて美しいー
ジョゼーアルバレス(ポルトガル文化センター代表)


 母国ポルトガルから1968年3月に日本に来て以来、この国での生活は47年を超えました。言語は文化を映す鏡です。控えめで、謎めいた日本の様々な言葉の中で特に印象に残っているのが「すみません」です。来日の翌年、贈り物を受け取った日本人が、相手にそう言うのをきき、驚きました。
 そのころ、私に日本語を教えていた70歳代半ばの男の先生に、「どうして謝るのですか」と質問しました。先生は、「いえいえ、謝っているのではありません。すぐお、返しをしないので、これはまだ終わっていない、と言っているのです」と説明してくれた。
 それをきいて、日本人はなんと義理堅いのだろう、と思いました。辞書によると、「済む」に打ち消しの「ぬ」や「ない」をつけると「済まぬ」「済まない」になり、その丁寧表現が「済みません」です。気持ちが「おさまらない」というわけです。 他言語では、贈り物をもらったら通常「ありがとう」とこたえます。英語なら「Thank you」。ポルトガル語では[Obr・lgado]で、「ありがとう」です。語源的には「義務を負った」という意味ですから、日本語の「すみません」に通じるかもしれません。でも、日本では、はっきり「終わりません」とまで言っているのです。日本人が、幽玄に満ちて美しい日本語を話すのをきくと、「文化」そのものを話しているように感じます。
 贈り物を受け取るときの「すみません」。それをきくたびに、誰もが、その背景にある日本の美風に思いをいたしてほしいと思うのです。      (2015・6・12)
以上

わたしは、「すいません」と発音していましたが「すみません」と正しく発音すべきだと思ったことです。
コメント
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