真説・弥勒浄土      

道すなわち真理の奇蹟

バイタル・フロシからのメッセージ 惑星地球は徹底的な清掃が必要です ピーター・Bマイヤー著

2022-03-02 23:01:13 | 新しい時代の統治・金融システム・BPPF(個人年金基金)

バイタル・フロシからのメッセージ 惑星地球は徹底的な清掃が必要です ピーター・Bマイヤー著


第四章 三期末劫の起こるべき原因とその証明 (二)紅陽時代

2022-03-02 21:02:31 | 天道の淵源

(二)紅陽時代

紅陽時代の期間は、周の建国頃からはじまって清朝に終わる約三千年間です。

ヨーロッパ地中海ではギリシャ世界の成立時にあたり、アフリカ、西アジアではヘブライ、フェニキア王国の胎動期にあたり、インドではガンジス川流域の都市国家建立時に始まり、十九世紀で終わっています。

この時代の人心は青陽時代に比べて数等悪く、十八の浩(おお)きな劫難によって審判淘汰されました。

名づけて、「赤明火劫(せきめいかきょう)」と言います。

つまり、この時代に十八回の激烈な火の大戦・大災難が起こった訳です。

わけても火による焼き討ちが無残だったので、火劫と名づけられました。

殺され、焼けただれた屍骨(しかぼね)は山の如く堆(うず)まり、血は流れて河となりました。

十八の時期に区切られ、その変わり目には必ず無数の無辜(むこ)の人命が殺戮と掠奪(りゃくだつ)と放火で洗い清められ、その都度犠牲者が累々と煎じられました。

中国では、東周・春秋・戦国・嬴秦(えいしん)・前漢・後漢・三国・西晋(さいしん)・東晋・南北朝・北唐・南唐・五胡十六国(ごこじゅうろくこく)・北宋・南宋・元朝・清朝と合わせて十八の時代になっています。

ヨーロッパ地中海、中近東では、アッシリア・ペルシャ戦争によるアテネの興隆、アレクサンダーの世界帝国建設とその崩壊、列国の栄枯盛衰、第一第二のポエニ戦争、アウグスツス時代、ローマ朝の盛期、そして衰退に伴って民族の大移動、地中海世界の分裂、東ローマ帝国の繁栄、フランク王国の西欧統一、ノルマンの活躍、十字軍の遠征と、その終末による西欧世界転換の契機から近代に至るまでの死闘の繰り返しを大別して十八に分けられます。

日本やアジアの諸国にも同じように時代の変遷時には必ず争乱がありました。

仏宋では十八個の数珠(じゅず)を持ち、これを十八羅漢珠(じゅうはちらかんじゅ)と名づけられています。

一個の数珠は一回の災難があることを物語り、十八個の数珠は即ち紅陽時代十八の劫難を暗示しています。

人心の善悪の数は相半ばの状態でありました。

老〇様(ラウム)は、善悪・玉石ともに崩壊されるのを忍びず、天道を伝えて真宗を授けられました。

釈迦仏は天盤を掌られ、仏法を宏め、形式を掃き、着想を戒められました。

この時代の人は獣面から人面に進化しましたが、心は仏心から人心に退化しました。

この時代に二度目の普度が開かれ、衆生を塗炭(とたん)の苦しみから脱(のが)れさせられました。

紅陽時代の道運は南方に位し、天に在っては亨正(こうせい)となり、地に在っては夏季に当たります。

夏季は紅花の満開期であり、熱帯地であればある程、真紅の色彩を放ちます。何報は五行の中では火に属し、五色では紅(くれない)となっている故に紅陽と言います。

この三千年間(あるいは三千百十四年間)の一切は紅(赤)色を最上としました。

華やかなりし文明の最盛期の「豪華絢爛(ごうかけんらん)」という言葉は、そっくり赤に当てはまる名詞であります。

衣冠・礼装から一切の建築装飾に至るまで多分に赤色か、それに類した色彩を使っています。

天命は帝王の時代から離れて仏仙聖賢の間に伝えられました。

文王が苦心して、後天の八卦を画き完成されました。

後天の八卦は先天不易の易理を基礎にして時勢の変遷を明察した変易の易理であります。

明師によって伝える三宝は、「玄関の一点」と「六字真経の口訣(くけつ)」をもって神通呪(じんつうじゅ)となし、「蓮華の合同」を合わせて証としました。

蓮の華は赤色に属し、蓮根と蓮の葉の中間にあります。

これは道統が中間である聖賢の間にあることを証明しています。

「道あれば明師なり、道なければ妄師なり。」と言われているのは、すなわちこの時代を指しています。

午未(うまひつじ)の交替期とは、すなわち紅陽と白陽の交替期です。

紅陽の末法と白陽の正法接続期が現代の時代です。

元亨(げんこう)あれば利あり、春夏あれば秋あり、青・紅陽あれば白陽あることは当然であります。

以上が紅陽の簡単な説明ですが、更に白陽時代の状態と災難・厄運を述べてみます。

続く


性理題釋~二十三、道に亡魂の超抜

2022-03-02 20:57:16 | 性理題釋

二十三、道に亡魂の超抜

古代の仏規に於いて、『一子成道すれば、九祖超昇す』とありました。

此の度、道が普伝し始めた当時、無極老〇様(ラウム)は『生を渡して、死を渡さぬ』という規則を定められましたが、後程に三官大帝と地蔵古仏様が鴻恩(こうおん)を懇願(こんがん)せられたお陰で、漸(ようや)く陰陽界を共に渡すことになりました。

そこで、天仏院を建立され、超抜された霊と、求道して帰空された者を迎えますが、時期を待って位を定められることになっております。

功徳を兼修された者は、超昇した等級に入り、功徳の足らぬ者は、転生して再び修行するか、或いは福地に生まれて洪福(こうふく)を受けるようになります。

親孝行には、聖凡の区別がありますが、俗世の孝行とは親の生前に礼を尽くして親につかえ、亡くなっては礼をもって親を葬(ほうむ)り、祭祀(さいし)には又礼を尽くすのでありますが、これはただ親に対して子供としての真心を尽くしたのに過ぎません。

俗世に於いては一応これで終わる訳であります。

然しながら、父母の罪愆(ざいけん:罪業)を解消し、輪廻を脱出せしめ、或いは家庭の子となり、或いは婦となることのないようにすることは出来ません。

以上のような孝行は、これを小孝と申すのであります。

真心ある孝子が、もし親の恩に報い難いと思われ、父母の霊を地獄から超抜しようとすれば、修道しなければ外に方法がありません。

道には又果位(かい)を積み重ねて行く一事がありまして、六十四功を以て一果位が加えられて、一層(一段階)の父母を超抜することが出来る事になっており、九層(九代祖)まで、この様に計算して行く訳でありまして、先祖を地獄から救い出すことを超抜と申します。

子孫が亡くなっていて、この子孫を地獄から救いだすことを恩抜と申しますが、この恩抜は、実に大功大徳がなければ出来ません。

甲子(きのえね)年(西暦千九百二十四年)の時に、規則が又改められて、凡ての家族が皆求道していれば、父母を超抜することが出来るようになりました。

しかし、もし祖父母を超抜しようとすれば、前例に従い二層(二段階)の果位があれば超抜できることになっております。

その外の場合はこの例を推し測って計算すればよい訳であります。

続く