白洲 正子文学逍遥記

故・白洲正子様の執筆された作品を読み、その読後感と併せて能楽と能面、仏像と仏像彫刻、日本人形、日本伝統美術についてご紹介

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2013-07-29 | 日本の伝統芸術

     

 

白洲正子文学逍遥記

 & 能面・仏像・日本人形・・etc

 

 

臨時公開

 

以前別のブログで掲載しておりました「能面と能楽」を8/20迄、数回程、再公開します。ご覧になっていない方はどうぞ参考にしてください。

 
能面と能楽 
  
能楽の歴史と能面-
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般若              
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  能と能面

 能楽は一言で申せば歌舞劇である。古代ギリシャには「ギリシャ悲喜劇」、近・現代ヨーロッパではオペラが存在する。日本の古代(平安朝~室町)辺りからそ存在して来たとされている能楽も、これらの歌舞劇と大まかに見れば、大差はないであろう。いずれも面(マスク)、面(おもて)を用い、それに歌舞が付帯し、一定の筋立てが存在する。曲芸や見世物のような即興性は余りない。

江戸時代から現在まで続いている歌舞伎も、細かい部分の違いがあっても、形式的には大きな差はないであろう。ただ、能楽に象徴的に言えることであるが、面(おもて)・能面の存在は、上記の歌舞劇とはかなり違っている。つまり、面・能面の独立性が相当強いということである。


          能装束・「道成寺

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 * 鱗模様の摺箔の上に、唐織を「壺折」という形につけた白拍子

 ギリシャ悲喜劇でも西欧のオペラでも面は被る。これは飽くまで道具の一部であり、劇の主要な位置を占めていない。勿論、無ければ劇にとって支障は来すであろうが、劇そのものを根幹から突き崩すものでもない。しかし、能面(のうおもて)は違う(能の曲目によっては面を掛けない、直面(ひためん)というものはある)。

いまここでお分かりのように、能楽では面を掛けるとする。この被ると掛けるの差に注目してほしい。能楽において面は主役なのである。能楽において<シテ>は主役ではあるが、能面がなければ能楽そのものが成り立たない(直面の曲は別として)。独立性が強いという意味がここにある。西欧のそれは面は基本的に<仮面>である。能のそれは仮面ではない。

                    能装束
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能が始まる前には、シテは鏡の間で様々な用意が整えられた一番最後に、鏡の前で座り、面に一礼をして面を頂いて、これを顔に掛ける。面は大体顔の大きさよりも一回り小さい。付けるというのが相応しいかもしれない(曲目によって顔よりかなり大型のものもある事はある)。

この辺のところが西欧のそれらとは根本的に違う。面は能の主役であり、且つ、神聖なものなのであり、道具レベルのようなものではない。能の各流派に於いても、一様に能面は大事に面箪笥の中に面袋に入れて保管される。また、誰かれが自分勝手に触ったり、持ち運びは出来ない。

能面を彫る能面師はたとへ相当の技量の者であっても、そう簡単にその面を観たり、拝借できるようなものではない。能面は各流派の象徴でもあり魂でもある。外部の者は許しがなければ、虫干し以外にはお目にはかかれない。能面の研究者が簡単に育たない理由はここにある。<ちょっと見せて>なぞという世界ではない。

能樂」の能書きの一番最初にまずこれを申し上げておきたい。

                     能装束
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 余談・冗談レベルにはなるが、筆者のようないい加減な素人の能樂研究者にとっては、「能面」だけ見ておれば良いので、また、関心があるのであって、面の能の曲の中の位置、存在性なぞは余り関心がない。極論を申せば、「能面が有って能という曲が存在し得るのだ」位までに思ってる。ただ、一つだけ申せば、能における能面の象徴性・独立性はよく理解しているつもりである。
専門家が聴けば<暴論>の類だろうが。これだけでも、同じ「」とは言いながら、西欧のそれとは全く違うのが分かるであろう。

                      能装束

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本日はいろいろな能装束をご紹介しているが、人のよっては能面も能楽も興味はないが、染色の好みから能装束に凝っている方も、数の中には居られる。ご婦人方には割と多いかもしれない。筆者が以前住まいしていた滋賀県・近江は、昔から良質の絹の産地であり、且つ水も良いことから、三味線の弦や能装束の染色、製造が盛んである。

能楽資料館」を民間の会社が公開しているが、機会があれば訪れて貰いたい。ご婦人だけでなく男でも、その色鮮やかな能装束の陳列ケースを見ると目が点になる。草木染めという化学染色に見慣れた者達には、唯、その美しさには驚くばかりである。

日本画のみならず、染色の世界の色数の豊富さは世界に冠たるものである。簡単に「」と言っても、<紅>、<蘇芳>、<臙脂>、<朱>、<緋>・・・この違いがどの程度お分かりになろうか。すぐ違いが分かる方は素晴らしい。これから機会を見て能衣装もご紹介する予定です。

                     紅花  (紅の原料)      
   
  

       唐紅
博多献上半幅帯 唐紅色地金魚 23.500円 絹100パーセント

 

           ワインレッド
 

次回は能楽の歴史的展開について書いてみたい。