日本の真実

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世界に誇る日本人の発見 医学生物学編 その七 ビタミンの発見

2007-04-15 15:34:18 | Weblog
◎ビタミンを世界で最初に発見:鈴木梅太郎

明治時代に日本で猛威を振るった病である脚気は、海軍軍医であった高木兼寛により提唱された食事による予防法が効果を上げていました(世界に誇る日本人の発見 医学生物学編 その六 参照のこと)。しかし脚気の原因はまだ解明されていませんでした。
1897年にオランダの医師エイクマンが鶏の多発性神経炎(脚気)に米糠が効果があることを報告してから、多くの学者たちが米糠を研究するようになりました。鈴木梅太郎もその一人でした。
1874年に静岡県で生まれた鈴木は東京大学農学部を卒業後、ドイツに留学してタンパク質の研究を行い、1906年に帰国後、脚気の研究に取り掛かりました。鈴木はハトやマウスを使った動物実験で米糠成分を抜いた飼料を与えると多発的神経炎が発症し、米糠成分を加えると症状が改善されることを確認しました。更に米糠抽出物より脚気に有効な成分を精製することに世界で初めて成功し、この成分を「アベリ酸」(後にオリザニンと改名。現在のビタミンB1(チアミン))と名付け、1910年12月13日、東京化学会で発表しました。しかし当時、日本の医学界ではまだ脚気細菌原因説が信じられていたため、鈴木の発見は無視されてしまいました。
更に翌年にはドイツの学術誌に鈴木の論文の概要が掲載されましたが、注目されることはなく、その数ヶ月後に鈴木と全く同じ研究を独自に行っていたポーランドのカシミール・フンクが論文を発表し、世界中から注目されました。フンクはこの有効成分を「ビタミン」と名付けたことでこの名称が定着し、翌1912年に鈴木の論文の詳細がドイツ語訳されましたが時既に遅く、「ビタミン」の発見者はフンクということになってしまいました。鈴木の最初の論文概要が注目されなかったのは、論文がドイツ語に翻訳された際、「これは新しい栄養素である」という一行が訳されなかったためと言われています。
エイクマンもフンクもノーベル医学生理学賞を受賞しましたが、運に恵まれなかった鈴木は残念ながら受賞出来ませんでした。しかし鈴木の研究は北里柴三郎と同じく、十分にノーベル賞に値するものだったと思います。
そして鈴木が開発し三共が発売したオリザニンによって、日本の脚気患者は激減し、多くの日本人が救われました。これは本当に素晴らしいことだと思います。
(信)
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