日本の真実

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日本の記念すべき日 其の十八 8月14日 西竹一中尉 ロス五輪馬術大障害で金メダル獲得

2007-08-14 09:06:38 | Weblog
◎「We Won」 愛馬ウラヌスと共に勝ち得た金メダル
 (昭和7年:1932年)

1930年代に入り、時代の波が日本を翻弄し始めていました。1931年、満州事変が勃発。日本は世界中から非難を浴び、国際的孤立を徐々に深めておりました。
そんな中、1932年に開催されたロサンゼルス・オリンピックに日本は過去最多の192人の大選手団を派遣しました。開催地アメリカでは一般市民の間にも反日感情が吹き荒れる中、日本選手はこれまでにない好成績を上げ、最終日までに水泳と陸上で6個の金メダルを獲得しました。
そして8月14日、閉会式前の最終種目である馬術大障害飛越競技が行われ、日本からは西竹一中尉が愛馬ウラヌス号と共に参加しました。
参加は全部で11名でしたが、皆一様に難コースにてこずり、10番目までで完走出来たのはたったの4名だけでした。最後の11番目にスタートした西は次々と障害をクリアし、19個の障害のうち6番目を落とした以外は全てクリアして、ゴールしました。減点は僅かに8点でトップだったアメリカのチェンバレン選手を上回り、金メダルに輝きました。10万を超えるオリンピックスタジアムの観衆は総立ちで西に拍手を送ったと言われています。
終了後の記者会見で西は「We Won(我々は勝った)」と答え、自分一人の勝利ではないとして、愛馬ウラヌス号を称えました。この言葉が人々を感動させ、反日感情に溢れていた地元の新聞までもが西の偉業を賞賛しました。
残念ながらその後、西も日本と共に時代の波に飲み込まれていきました。1945年3月、硫黄島でアメリカ軍に包囲された西は、玉砕して最期を遂げました。その数日後、愛馬ウラヌス号も西の跡を追うように息を引き取ったそうです。
(信)
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