李白 の 白髪   仁目子

 
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  【  中 華  の  話  】  (1)

2007-04-11 02:30:20 | Weblog

     ーー 中 華 と い う 思 想  ーー


『抜粋』

 

 「漢字文化圏」というのがある。漢字の出現から三千余

   年、儒教思想の出現から二千余年が経った今日、この

  漢字文化圏という文化地域の範囲を見てみると、アジ

  ア、しかもその一隅である極東の日本、韓国、東南亜

  の台湾、越南辺りから一歩も外に出たことがない。二千

  年弱のキリスト文明が、今日全世界の隅々にまで浸透し

  ている状態と比較すれば、漢字文化圏というのは全く取

  るに足らない程の辺境文化圏でしかない。このように見

  て来ると、

   「中国が世界の中心であり、その文化、思想が

    最も価値のあるものであると自負する考え方」

  であるとする日本の解釈の根拠が何処にあるか、疑問

  が生じて来る。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         『本文』 

 

下記の一文は、かつて、ウイキぺデイア百科に掲載され、後日、誰かに削除されたものである。「中華」という地理的存在に興味のある人たちの、一読に値するので、このブログで取り上げ掲載する事とした。

 

 (1)  序

料理に「中華」という名が付いても、和風中華 と 本場中華の違いがあるように、「中華思想」にも、和風 と 本場 の違いがある。

この実情を再認識した上で、本文に目を通すと、かなり分かり易くなるので、冒頭に記しておくこととした。

 

(2)  「華夏」の意味 ーー 山 と河

古い昔、中国の呼称は夏、華、あるいは華夏と云はれていた。これが元になって、後日、「中華」という名称が生まれることになる。

この「華夏」について、日本辞書の解釈は、次のようになっている。

  「華」は、花、はなやか、文化のはなやか、などの意。

  「夏」は、大きい、盛ん、などの意。

従い、「華夏」というのは、中国人が自国を誇っていう語である、としている。

 

このような解釈は、文化意識というものを重点に置いているもので、本場中国版の解説とかなり違う。ラーメンに例えると、醤油スープ と 豚骨スープほどに違う。

中国の有名な文人 魯迅 が師と仰ぐ国学者 章柄麟 又の名を 章太炎ともいう学者は、「中華民国解」という権威著書の中で、次のように「華夏」を解説している。

 

「 我が国の民族は古く、雍、梁二州 (今の陝西、甘粛及び四川一帯) の地 に居住して居た。東南が華陰で、東北が華陽、すなわち華山を以って 限界を定め、その国土の名を「華」と曰く。その後、人跡の到る所九 州に遍 (行人偏)(あまね)き、華の名、始めて広がる。華は本来国の名で あって、 種族の号ではなかった。

「夏」という名は、実は夏水 (河の名前)に因って得たるものなり、雍 と梁の際(まじは)りにあり、水に因って族を名付けたもので、邦国の 号に非らず。

漢家の建国は、漢中(地名)に受封されたときに始まる。(漢中は)夏水に 於いては同地であり、華陽に於いては同州となる故、通称として用い るようになった。本名(華夏)ともうまく符合している。従い、華と云 うのも、夏と云うのも、漢と云うのも、そのうちどの一つの名を挙 げても、 互いに三つの意味を兼ねている。 漢という名を以って族 を表している、と同時に、国家の意味にもなる。又、華という名を国 に付けたと同時に、種族の意味にも使はれているのはそのた めである」

 

以上の如く、太炎文録の記載説明に依れば、「華夏」の華は華山という山の名前、夏は夏水という河の名前から由来したことになる。つまり、意識的な思想の裏付けのない、単なる地理上の概念から 「華夏」の名称が生まれたものになる。

 

振り返って古代を考えると、人間の定着する所は山や河のある土地に決まっていた。山河という自然の地理条件は、人類を含む動物の生存に欠かすことの出来ない必須条件であるが、思想は生存の必需品ではない。だから、人類の歴史は、地理上の概念が常に思想より遥かに先行し、発達していた。

黄河は、その大河の中流流域にある黄土台地の黄土を侵蝕して流れる水が常に黄色い色をしているので、「黄河」という名が付けられ、その北側の地域が「河北」、南側が「河南」と称されるようになった。中国最長の河は「長江」という。長いからである。昔の人は、このように、呆気ないほどに粗朴単純であった。

「国破れて山河あり」という、人口に膾炙している古い文句がある。

「国破れて思想あり」という言い方はしていない。華、あるいは夏、という名前は矢張り「山」と「河」から取ったものだと見るのが妥当であろう。

 

 

(3 )  思想の始まり ーー 春秋と孔老

 

黄河流域を発祥地とする漢民族、その祖先は今を去る三千数百年の昔の殷王朝時代、すでに文字というものを知っていた、文字の出現が文化の象徴になり得たとしても、思想を内包しているとは限らない。

中国に思想というものが盛んに唱えられ始めたのは、春秋戦国時代に入ってからのことであり、世の乱れを正す新しい思想が数多く唱えられるようになった。孔子、老子などがその先駆者で、その後、戦国時代に入ると、百花が咲き競( きそ) うように、諸氏百家の出現を見るようになった。

 

孔老の時代は今からほぼ二千三百余年前のことだから、三千数百年前の殷王朝時代に文字を知ってから一千年以上経ったあとに、始めて思想というものが姿を現し、百家争鳴の活況を呈し始めたことになる。従い、「中華思想」というものが存在するのは、この時代以降ということになる。

主な思想は、孔子、孟子に代表される「儒教」。

老子、荘子に代表される「道家」。

墨子に代表される 「墨家」。

管仲、韓非子、などに代表される「法家」。

「白馬は馬に非ず」と説く公孫龍で知られる「名家」。

陰陽と五行( 水火木金土) を説く「陰陽家」

 

(4)  「中華」の由来

 

「中華」という名称は、「華夏」という古代名称から転じて来たもので、つまり、華夏の「華」に、「中」を加えで出来た名称です。

古代の日本は「中つ国」と称していた。今の日本にも「中国地方」がある。何れも、世界の中心や、日本の中心に位置していない。これによっても分かるように、「中」という漢字の意味は、「中心」以外にも多様な意味がある。上中下、近中遠、両者の中間、などなど。

 

日本の国語辞書の解説を見てみる。

1 国の中央の部分。天子の都のある地方。

2 諸国の中央の意で、自国を誇っていう語。

3 律令制で、人口・面積などによって諸国を大・上・中・下の

四等級に分けたうちの第三位の国。安房(あわ)・若狭・能登など。

4 律令制で、都からの距離によって国を遠国(おんごく)・中国・近国 に分類したうちの一。駿河(するが)・越前・出雲(いずも)・備後 (びんご)など。

 

というように、「中国」とは、国の中央部分、あるいは、諸国の中央、という程度の意味であると解説している。

 

次に、中国の分厚い辞典 「辞海」は解説を見てみる。

「漢民族の発祥地が黄河流域であることから、国の都も黄河の南北 に建てていたので、一応そこが国の「中央」になっていて「中原」 や「中国」などと言っていた。今一つは、周り四方の蛮夷戎狄な どの異民族とは内と外の関係、地域の遠近を表わすため「中つ国」 と位置付けしたものだ」

「中国」の意味を、国の中央部分、あるいは、諸国( 四方の異民族) との内外関係、あるいは、地域の遠近を表わすための位置付けである、と解釈している点に於いて、中国の「辞海」と日本の「国語辞典」は共に一脈通じている。

 

実際に、 日本の本州の西にある「中国地方」の位置付けは、山陰と山陽両道一帯の総称になっていて、日本の中央に位置していない。山陰と山陽両道一帯は、北は日本海に面し、南は瀬戸内海に臨んでいる。この間に位置している意味で「中国地方」という名が付いたのではないか。つまり、二つの「海」の中間にあり、四方八方の中心である必要はない。

 

従来、日本の一般の辞書は、「中国」あるいは「中華」を拡大解釈して、「世界のまん中の国」という中国人の自称であるとしているのが結構多い。 「まん中の国」、略して「中国」という解釈は成り立つ。問題は、「世界の」という部分はどこから割り出して来たのか大いに疑問が残る。もともと、中国という国は、古い昔から、自分で一つの世界を作り上げ、自分以外の別世界にはさ程関心を持っていなかった。

「漢字文化圏」というのがある。漢字の出現から三千余年、儒教思想の出現から二千余年が経った今日、この漢字文化圏という文化地域の範囲を見てみると、アジア、しかもその一隅である極東の日本、韓国、東南亜の台湾、越南辺りから一歩も外に出たことがない。二千年弱のキリスト文明が、今日全世界の隅々にまで浸透している状態と比較すれば、漢字文化圏というのは全く取るに足らない程の辺境文化圏でしかない。このように見て来ると、

「中国が世界の中心であり、その文化、思想が

最も価値のあるものであると自負する考え方」

であるとする解釈の根拠が何処にあるか、疑問が生じて来る。

 

「中華」という名称の生い立ちを考え、その原点である「華夏」の二字が自然の山河の名前から取ったものだとする中国自体の解釈がある以上、そのような解釈を尊重することから出発すれば、「中華思想」というものを孔子、老子などの諸氏百家から切り離し、「世界の中心」であるとする「思想」であると解釈することには至らなかったであろう。

 

 

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