李白 の 白髪   仁目子

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    【  李 白  の 静 夜 思  】       

2008-09-21 01:28:28 | Weblog

     ーー 明 月 と 山 月 、

         古 池 と 古 井 戸  ーー


『抜粋』 (1)


 諸々の資料に基き、明、清の二代、数百年の歳月を経て、

 考証の結果、唐土で、李白の「静夜思」の月は、「明月」

 であって、「月光」でも「山月」でもないという結論を

 出し、以来唐土では「明月」一本に絞った。

 ところが、列島では、そのような本家の考証結果を無視し

 たまま、相変わらず「月光」「山月」と詠っているわけ

 だが、極めて奇妙なことに、唐土と同じ「明月」で詠う人

 も結構居るという「自我撞着」です。

 

『抜粋』 (2)


  「いやあ、日本人というのはね、「明月」よりも「山

        月」を好むんですよ」、という人が居る

   果たして、どうなのか、論より証拠、ウエブで

  「月」の記事を出してみたら、次のような数字になっ

   ていた。

     「明月」     10、300、000  件
          「名月」          635、000  件
          「山月」          352、000  件

  このように、列島でも、「明月」を愛( め) でる人

  が圧倒的に多いのである。

 

『抜粋』 (3)


「マーマーフーフー」だと言われている唐土の方が、きち

 んと決着を付けているのに、「いい加減」な事はしない

 と自称している列島の方が、どっちつかずのままで、

 この詩に「李白」の名を付けて愛誦している事である。

 一人の詩人による、一つの詩に、二通りの詩句がある

 筈はない。ところが、列島では、李白の「静夜思」に、

 二通りの詩句を当てて使っている。曖昧模糊も好い所

 である。

 

『抜粋』 (4)


 
日中学院の胡興智先生は 唐土の方で、これについてウエ

 ブに一文を投じ、絶妙な「五七五七七」を一首添えてい

 る。

   明月は東瀛に至れば山月に
      
もののあわれや心侘び寂ぶ   (東瀛は列島の事)
   

       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

       本文』   

 

「古池や  蛙飛び込む  水の音」,  芭蕉のこの名句を、「古井戸や  蛙落ち込む 水の音」のように詠む人が居たとする。どのような感じがするのだろうか。

私の場合、頭に浮かぶのは、李白の「静夜思」である。

唐土ではもっぱら 「床前明月光  疑是地上霜  挙頭望明月  低頭思故郷」で愛誦されているが、列島では、「床前明月光」が「床前看月光」に、「挙頭望明月」が「 挙頭望山月」に変わって詠われている。

この二つの違いはどうして生じたのか、専門家によると、基本的には、「これは、底本の違いや、中国では『唐詩三百首』(清代) を重んじ、日本では『唐詩選』(明代)を重んじる伝統習慣の違いから来たものだと言う。

つまり、嘗て、中国に於いても 二通りに分かれていた。日本はその内の一派に従い「 牀前看月光」と 「挙頭望山月」を取ったもので、もともとこれは日本の独創で作り替えた訳ではない。

しかし、中国では、その後明代、清代を経て種々、考証検討の結果、「 床前明月光 と 舉頭望明月 」の方にまとめて落ち着いたが、日本はそれに従はず、そのまま違いは違いとして残して詠い続けたもの。

 

月を愛(め)でる時、人々は「ああ 明月や」「ああ名月や」と言う。「ああ山月や」とはまづ言はない。このような風情から、「床前明月光 や 舉頭望明月」の方が詩情豊かであり、中国で、此方の方に落着した主な理由も、この風情と詩情が決めてになったと言はれている。十分に分かる話である。

では何故、列島は本家の最終落着に付いて行こうとしないのか、専門家でない筆者には良く分からないが、これを、学問的な面から離れ、角度を変えて見た場合、「島国」という先天的な要素とも関係があるのではないかと思はれる。

 

それについて語る前に、幾つか参考資料を集めてみた。

先ず、ブログで、李白と「異なる種類の月」を結び付けた記事を検索してみると、「名月」 が 八件、「山月」が 二十一件、「月光」が 二十四件、「明月」が二十五件で、「明月」が一番多い。

次に、石川忠久著 「春、夏、秋、冬」四季歳時の四冊の詩集を見てみる。

この四季詩集のうち、「冬の詩100 選」に「月」は全く出て来ない。「春の詩100 選」に僅か一つだけ 「夜月」が出ている。ところが、「夏の詩100 選」や「秋の詩100 選には、月が沢山出て来る。それをざっと拾い出してみると、「明月」「明月夜」乃至「明月天」「明月光」などが併せて 六つ、「月明」が五つ、「秋月」、「月色」、「山中月」、「山月」などがそれぞれ一つずつ出ている。

つまり、唐詩では、「明月」か「月明」か、この二種類の月の表現が圧倒的に多く使われているという事が分かる。

更に、的を李白の詩に絞ってみる。
李白に人口に膾炙する「月」を詠った詩が、数多くある。
その中から、特に愛好されているのを、二、三挙げてみる。 

その一つ 、「把酒問月」

この詩は十六句から成っているが、そのうちの七句に 「月」が出ている。    

1句   青天有月來幾時  青天に月有りてより來 幾時ぞ                                                      

3句   人攀明月不可得  人明月を攀づるも得べからず                            

4句   月行卻與人相隨  月行 卻つて人と相ひ隨ふ                                           

11句  今人不見古時月  今の人は見ず 古時の月              
                                                                                  12句  今月曾經照故人  今の月は曾經て故人を照らせり        
14句  共看明月皆如此  共に明月を看ること皆な此くの如し               
16句  月光長照金樽裏  月光 長へに金樽の裏を照さんことを  

 

それぞれに異なる表現で、「月」 「明月」「月行」「古時月」「今月」「明月」「月光」と、七度「月」にふれているが、「明月」だけは、二度重ねて使っている。

 

その二つ、「月下獨酌」其一

この詩十四句のうち、月が四句に出ている。

    3句     擧杯邀明月  杯を擧げて明月を邀へ
    5句     月既不解飮  月 既に飮むを解せず
    7句     暫伴月將影  暫く月と影とを伴ふ
    9句     我歌月裴回  我 歌へば 月 裴回し

すなわち、  「明月」「月」「月」「月」の四つで、ここでも「明月」が一つ使われている。

 

今度は、試しに、その他の大家の月に関する詩も、二、三例に挙げてみる。
 

王維の「竹里館」  ーー

    1  獨坐幽篁裏  獨り坐す幽篁の裏
    2  彈琴復長嘯  琴を彈じ復た長嘯す
    3  深林人不知  深林 人 知らず
    4  明月來相照  明月 來りて相ひ照らす

この第四句に 「明月」が出ている。

 

岑參の「磧中作(磧中の作)」   ーー

1   走馬西來欲到天 馬を走らせて西へ來り 天に到らんとし
2   辭家見月兩回圓 家を辭して 月の兩回 圓かなるを見る
3   今夜不知何處宿 今夜 知らず 何れの處にか宿せん
4   平沙萬里絶人煙 平沙 萬里 人煙 絶ゆ

この第二句に、「月」と出ている。

 

漢代の古詩「古詩十九首」其十九の引用例

    1   明月何皎皎  明月 何ぞ皎皎たる
    2   照我羅床幃  我が羅の床幃を照らす
    3   憂愁不能寐  憂愁 寐ぬる能はず
    4   攬衣起徘徊  衣を攬りて 起ちて徘徊す

この中に出ているのは 「明月」。

  

以上の参考資料は、何を意味するのかと言うと、中国文学に於ける「月」の詩的表現が、「明月」にもっとも多く集約されていることが分かる。と同時に、「山月」というのは、稀れにしか使われていないということも併せて知ることが出来る。李白の場合も、数多くの「明月」を詠ったが、「山月」を詠ったのは、衆知の通り「峨眉山月歌」だけです。

 

  峨眉山月半輪秋、影入平羌江水流、
  夜発清渓向三峡、思君不見下渝州。

   峨眉山月、半輪の秋、影は平羌(青夜江)入り江水流る。
   夜に清渓(成都県・内江県)を発して三峡に向う。
   君を思えども見えず渝州(重慶の地)に下る。

 

このような諸々の資料に基き、明、清の二代、数百年の歳月を経て、考証の結果、唐土で、李白の「静夜思」の月は、「明月」であって、「月光」でも「山月」でもないという結論を出し、以来唐土では「明月」一本に絞った。

 

ところが、列島では、そのような本家の考証結果を無視したまま、相変わらず「月光」「山月」と詠っているわけだが、極めて奇妙なことに、唐土と同じ「明月」で詠う人も結構居るという「自我撞着」です。

 

「いやあ、日本人というのはね、「明月」よりも「山月」を好むんですよ」、という人が居るかも知れない。
果たして、どうなのか、論より証拠、ウエブで「月」の記事を出してみたら、次のような数字になっていた。
       

    「明月」     10、300、000  件
         「名月」          635、000  件
         「山月」          352、000  件

このように、列島でも、「明月」を愛( め) でる人が圧倒的に多いのである。

 

そこで、「マーマーフーフー」だと言われている唐土の方が、きちんと決着を付けているのに、「いい加減」な事はしないと自称している列島の方が、どっちつかずのままで、この詩に「李白」の名を付けて愛誦している事である。

 

一人の詩人による、一つの詩に、二通りの詩句がある筈はない。ところが、列島では、李白の「静夜思」に、二通りの詩句を当てて使っている。曖昧模糊も好い所である。

 

さて、本文冒頭の芭蕉の有名な俳句だが、水に恵まれている列島は、至る所に「古池」があるけど、大陸のような索莫(さくばく) たる土地柄であれば、あちこちに古池などあるわけがない。そのような土地には、古池の代わりに深い 「古井戸」が至る所にある。そのような古井戸の中に、蛙はわざわざ飛び込むことはないだろうが、落ち込む可能性はある。

 

すると、そのような土地柄で、似たような感じの歌を詠うとすれば、
            
        古井戸や   蛙落ち込む   水の音

にしなければ、環境に合致しないし、鑑賞の仕様もない。では、これが、芭蕉の俳句である、と言えるかどうかである。

 

もう一つ、広大な中国大陸には、見渡す限り地平線だけの沙漠や荒野があちこちにある。そういう所は、中空に懸かる月だけあって、山はない。そんな土地柄で、頭を挙げても山月は望めない。望むのは「中空の明月」だけである。


一方、島国の日本は、何処に居ても山が見える。「島」という漢字が「山」で成り立っている事からも分かる。だから「山月を望む」でもよい訳で、又、島国らしい風景でもある。


ウエブに、「古月清舟」という題名の記事がある。  投稿者は 胡興智(日中学院)と出ているから、先生をされている 唐土の方だと見受けられる。

「静夜思」について、非常に面白い記事を掲載されているので、勝手ながら、この記事で引用して多くの唐詩愛好者と楽しみを分かち合いたい。 胡  先生、どうぞよろしく ご諒承下さい。

 

本文全文の下記通り  ;
       
        「古月清舟」        胡興智(日中学院)
      
           床前明月光 疑是地上霜
           挙頭望明月 低頭思故郷

 

  ぼくはおっちょこちょいな性格なので、ミスプリントがあったかなと思ったが、見直しても特に間違いはなかった。「確かに2か所は日本の 学校で習っているのと違います。」と国語の先生は言った。「明月光」は「看月光」となり、「望明月」は「望山月」となっているという。
           
       その日は、一応中国の教科書を見せて納得していただいたが、どうも腑に落ちないので、図書館に行って調べてみた。

   ある本を読んで、なるほどだと思った。漢詩などはずっと前に書かれたので、異なる写本が伝わってきても無理はない。「山月のほうを選んだのは山と木の陰が写され、日本人の「わび」「さび」の心情に合うためだろうと解説していた。

       いつか、あの世で会えるものなら、李白に聞いてみたい。そのような解釈も、可能かどうか。

今年の八月十五夜の名月に逢える中秋節は、10月6日です。
    
                 明月は東瀛に至れば山月に
               もののあわれや心侘び寂ぶ     』
 

 

以上で、胡先生の全文は終るが、念の為、 「東瀛」は日本の別名であることを付け加えておく。

  

斗酒辞せずして、白髪三千丈を詠う李白に、「わびさびの世界」は縁遠いから、そちらの方は、芭蕉に任して、李白を詠うなら、やはり、山の端よりも、中空に高くかかっている明るい「明月」で、李白の詩境を味わうべきではなかろうか。

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