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世紀のショー、と言うべきなのか?

2017-11-17 16:11:36 | 演劇・戯曲・音楽・映画・美術
         映画 『アイヒマン・ショー』


一昨日&昨日、熱を出してひっくり返ったので(フラフラしたわ)
仕方なく・・・仕事をサボって(仕方なく、だ!)
録画してあった映画を見ました・・・・『アイヒマン・ショー』です。


正直に申し上げましょう・・・映画館行かなくて良かったわ(スマン)
行ったら「オリャ==」と脳内暴れになっちゃったわ。

いや・・・・言いたいことは、自分なりですが・・・分かったつもり。
アイヒマン裁判を通じで、生還者の証言が語られる。
こんな残虐非道なことが、この世で起こったのか?
こんなことを、あのドイツ人が行ったのか?(てドイツ人だけじゃないが)

舞台はイスラエル。
裁判は1961年に開始された。
だから裁判前にも、生還者達は話をしていた。
収容所のこと。殺された同胞のこと。
それ以上のことも・・・・
しかし多くの場合、信じてもらえなかった。
「そんなこと、在るはずがない」「作り話だろ」と。

だから生還者達は、語るのをやめた。
だれも聞いてくれないのなら、語る必要もなし・・・そう絶望したから。

しかしアイヒマン裁判で証言する生還者の姿、そして言葉が
世界中を駆け巡る。
そうして、世界の人々はやっと理解した。

本当に起こったことだと。

この裁判の証人以外の登場人物が
過去の話をしない・・・拒否する場面は何回か出てきます。

しかし、その生還者達は、裁判が進行するに従い、自分の体験を話す者もでてきた。
ただ、裁判に感謝する人も出てきた。

私は・・・・「聞く人がいなきゃ、過去の出来事が教訓とならない」
ってことを言いたいんだろうなぁ、と思いました。

でも、それって、なにか・・・・非常に大変な解釈ではないだろうか?とも思った。

物語は、アイヒマン裁判をTV中継しようとしたTVマンたちの物語です。
エルサレムの敏腕TVプロデューサー、フリックマン。
そして、フリックマンが最高のスタッフとして召集したのは
アメリカのドキュメンタリー監督のフルヴィッツ。

この2人がメインとして描かれています。
といっても、まぁ筋はこの2人なのですが
この企画にかかわるスタッフ達が、ユダヤ人なので・・・
ユダヤ人の苦悩や悲しみ、怒りが“動”の部分となっている。

一体何処が山場?と思っていた。
裁判を撮影するスタッフ。指揮をするのはフルヴィッツ。
しかし裁判が進むにつれ、フルヴィッツはアイヒマンにのめり込んでしまう。
自分の罪状、生還者の証言、解放された収容所の地獄の映像・・・
どれを見たり聞いたりしても、アイヒマンは表情を崩さない。
時にはしかめ面をするが・・・涙は出ないし、後悔の様子もない。
アイヒマンがいつ崩れるのか?ヤツは本当に人間か?

と、焦燥感に悩むフルヴィッツ・・・・・

この辺が、山場でしょうかね。

でも、この点を突き詰めるわけでもなく・・・・

ドキュメンタリーと、映画用の映像が交差する作りです。
だから、緊張感が・・・そう?(スマン)

もうね、ひとつひとつ、突っ込み入れながら見ていました。
だから・・・・映画を見るのは避けるんだよネェ。
でも、「オッ」と思ったら録画しちゃうし・・・・苦笑だわ。

アイヒマンは裁かれるが、
エルサレムも裁かれる・・・・公平な裁判ができるかどうか?
って、有罪決定でしょ?と思う私。
スマンです・・・・だから・・・・
ネェ。

それに、イスラエルで裁判って・・・潜伏先のアルゼンチンから拉致したんだし。
(コレに対して当時のアルゼンチン政府&アイヒマンの息子ズは、猛烈に抗議しました)

・・・・・ホント、ダメだわ。

感動した。アイヒマンって、本当に悪魔だわ。て言えたら・・・って言いますがね。
でも、ソチラはどうよ?と思ってしまう・・・・

私は、ナチスの信望者じゃないし
でも、まぁ分かり易くいうと、戦勝国が戦敗国を裁いて・・・は思っている。

だから・・・・映画は選ばねば・・・・

この映画から得た教訓は・・・・

だから、ナチス関係映画は選べよ自分、でした。

おっと公平にいいますと、いい映画じゃないでしょうか?
役者さん達も、地味ながら、実力ある方々ばかりだし。

だから、見た私が間違っていたってことで、ご勘弁。









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