二草庵摘録

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「個と公」論     小林よしのり

2010年02月19日 | 対談集・マンガその他
本書刊行時(2000年5月)で、65万部という異例のベストセラーを記録したマンガ「戦争論」。と同時に、主としてジャーナリズム、論壇から、激しい批判にさらされた。
本書はそれに対する小林よしのりの反批判の書。
マンガではなく、インタビュー形式をとっている。
インタビュアーが、「戦争論」に寄せられた批判をつぎつぎと紹介し、小林がそれに答えるという、質疑応答からなりたっている。

わたしの得意とする分野ではないので、踏み込んだ論評はやめておこう。
しかし、これだけの論議を巻き起こしたというだけで、マンガ家小林よしのり「戦争論」の社会的影響力がいかに大きかったか、推測できる。
小林はここで、左右両派を撃っている。

小林はここで、左右両派を撃っている。マンガというメディアの性質上、読者の大半は若い世代(10代20代)であろう。ところが、売上げがのびるにしたがって、産経、朝日などの大新聞はじめ、論客といわれる層の人の眼にとまるようになる。
香山リカや、佐高信、福田和也、野坂昭如、吉本隆明、浅田彰などを相手どって、論戦にのり出していく。
ふつうは公に対しては「私」を対置するのだが、「個」としているところに注目があつまる。小林は個+個+個=公ではないとくり返し主張している。そういったものを超えたところに「公」の根拠があるのだ、と。大東亜戦争という過去を、否定的にばかりとらえるのではなく、肯定的にとらえることで、増長してしまった「私」の論理の虚妄を排し、真の「個」を立て直せというメッセージは、わかりやすい部分とわかりにくい部分が混在している。小林は公=国家・権力ではない、というが、また単純な「公共性」でもない、となると・・・。

右翼も左翼も、戦後史的な枠組みのなかで、すでに形骸化し、過去のものとなったというのは、わたしにもわかる。
この人は、根っからの論争家らしく、じつに活きいきとした反批判を展開し、小林の側によりそって読んでいくかぎり、「痛快」の一語につきる。日本の知識人と称する論壇人が、いかに脆弱かついいかげんな論拠しかしめし得ないか、まったくのところ、げんなりさせられる。

彼らのすべてにとって、おそらく、小林よしのりのようなマンガ家は、はじめて遭遇する「敵」なのであろう。たかが「マンガ家風情が・・・」という立場こそ、小林を輝かせている「武器」であり「楯」ある。
ほんとうの意味で小林を徹底批判するのであれば、みずからの「戦争論」を書いて、堂々と渡り合うしかあるまい。彼自身が、まさにそう主張している。悔しかったら書いてみることだ、と。

わたし自身は、この論争のゆくえは、平行線のまま不毛化していくほかないと考えている。政治的な論争とは、そういうものであろう。決断しなければならない人間は、白か黒かという二者択一的な場面に遭遇することがある。しかし、ここで彼は、いわば「第三の道」をしめすことで、「左右両派」を揶揄し、笑いのめし、無力化したといっていいのではないか? その孤軍奮闘ぶりは、なかなか読ませる。

ここからは、もう離れよう・・・と、わたしは考えていたが、今日「戦争論2」を手に入れてしまった。というわけで、いましばらく、小林よしのりのそばに踏みとどまることにした。



評価:★★★☆(3.5)

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