二草庵摘録

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遊歩者のまなざし ~永井荷風のかたわらで(3)

2019年06月21日 | エッセイ・評論(国内)
   (奥付には2019年6月19日とある。刊行後まもない「花火・来訪者」岩波文庫)


よく知られた「墨東綺譚」について、作家吉行淳之介が興味深い記事を書いている。

《「墨東綺譚」は名作であり、荷風の作中随一の秀作である。私はこの作品を読んで、荷風を風景の詩人とおもった。女をも、荷風は風景を眺めるように眺める。女を人間として扱うことによって、男と女とのあいだに解決することのできない溝ができ、互いに不幸になる。女を風景として、モノとして見ることによって、男と女とのあいだの平和が保たれるという人生態度である。墨東綺譚のなかの、娼婦と主人公の男とは、一見心と心とのあいだのこまやかな交流があるようだが、精しく見れば、作者にとって作中の風景と女とは同じ次元のものであることがわかる。作者の抒情詩の材料にすぎないが、その抒情はまことに見事である。》(永井荷風全集第8巻月報 岩波書店 昭和38年)

うん、たしかに鋭い指摘である。一理あるとわたしも思う。
だけどね吉行さん、それはより踏み込んでいえば、あなた自身の作中の「女」ではないのかな?
明治・大正の作家たちは「女」をリアルに、なまなましく描くことに憂き身をやつしたものだ。近松秋江、田山花袋、島崎藤村、谷崎潤一郎、川端康成・・・その他大勢の「私小説」作家たちを繙いてみれば、一目瞭然。
「あいつも女でもっと苦労しないとダメだ」
そういった風潮があったのは、近代文学ファンのあいだによく知られた文壇的エピソードである。永井荷風も、その一人だろうが、ここで取り上げてみたいのは、吉行さんのいう「風景の詩人」としての荷風である。

《わたくしは日々手籠をさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畦道を歩み、枯枝や松毬(まつかさ)を拾い集め、持ち帰って飯を炊ぐ薪の代わりにしている。また野菜を買いに八幡から鬼越中山の辺まで出かけてゆく。
それはいずこも松の並木の聳えている砂道で、下肥を運ぶ農家の車に行き逢う外(ほか)、殆ど人に出会うことはない。洋服を着たインテリ然たる人物に行き逢うことなどは決してない。然し人家はつづいている。

人家の中には随分いかめしい門構に、高くセメントの塀を囲(めぐ)らしたところもあるが、大方は生垣や竹垣を結んだ家が多いので、道行く人の目にも庭や畠に咲く花が一目に見わたされる。そして垣の根方や道のほとりには小笹や雑草が繁り放題に繁っていて、その中にはわたくしの曽(かつ)て見たことのない雑草も少なくない。
山牛蒡(やまごぼう)の葉と茎とその実との霜に染められた臙脂の色のうつくしさは、去年の秋わたくしの初めて見たものであった。野生の萩や撫子の花も、心して歩けば松の茂った木陰の笹藪の中にも折々見ることができる。

茅葺きの屋根はまだ随所に残っていて、住む人は井戸の水を汲んで米を磨ぎ物を洗っている。半農半商ともいうべきそういう人々の庭には梅、桃、梨、柿、枇杷の如き果樹が立っている。》(中公文庫「葛飾土産」より引用。ただし、こちらの判断にて適宜改行してある)

長々と引用したのは、ここに散歩者、遊歩者荷風のまなざしがよくあらわれていると考えてのこと。
彼はしたたかな観察者である。
シニカルにいえば「道端評論家」の趣さえある。用事があって歩いているのではなく、ウォッチングするために大した目的なく歩いている。
この遊歩者にカメラを持たせれば、そのままわたしの肖像と重なる。


  (彼が使用したと思われるローライスタンダードの同型機)

彼は二眼レフローライの愛用者であった。玉ノ井や浅草界隈の風景を撮影したプリントを見ると、そこにあるのが、まぎれもなく遊歩者のまなざしであることがわかる。
それだけではない、彼は文章家として、すなわち文字表現者としてかなり緻密に風景を“再現”したいという欲望に憑かれていたのだ。

吉行さんのことばを借りれば“風景の詩人”。
わたしが「墨東綺譚」に感動したのは、荷風のこの豊かな風景に対する、イメージの喚起力、その見事さであったかもしれない。

こちらに興味深い地図がある。

1.市兵衛町界隈、新旧重ね図
2.隅田川両岸地帯
3.市川市本八幡駅、京成八幡駅周辺


「東京紅團」
http://www.tokyo-kurenaidan.com/index.html


遊歩者のまなざし。
わたし自身が現役からリタイアしたため、彼のまなざしにますます親しみを覚える。
かつて石川淳の「敗荷落日」に衝撃を受けたことがある。
しかし、石川淳さんの目には、荷風のこういうまなざしは映っていなかったといわざるをえない。
荷風はだれにも邪魔されない、一人だけの自由時間を、心ゆくまで愉しんだのだ。一人暮らしの気ままで、贅沢な時間。

「葛飾土産」だけではない。
「向嶋」「深川の散歩」「元八まん」「放水路」「寺島の記」等々、くり返し読むにたえる素晴らしい小品を読んでみるがいい(^ー^)ノ
青春の文学といえるものは掃いて捨てるほどあるが、こういう成熟した、いわば“老年の文学”の数は寥々たるものである。この時代は、60に達したら、もう立派な老人。

大作家でもないし、大旅行家でもない。大金持ちではなく、小金持ちであった。
しかし、考えてみると、そこがリアルなのである。
東京とその東郊をひたすら歩きまわり、目に映った景物を愛おしみ、ことばで再現し、敬服せざるをえない、燻し銀のように研きあげた小品を一ダース、いや二ダースは後世へと残した作家、永井荷風。








わたしもまた、この老人のあとについて、ここしばらく、ゆらゆらと歩いてみよう( ´ー`)ノ 古書店を物色していて、「おや? そうか・・・これが荷風であったのか」と「墨東綺譚」以外のこの人物を、身近に再発見したのだから。

今年になって現在まで、中公文庫から二冊、岩波文庫からも二冊、新編集の彼のエッセイ集が刊行された(=_=)
それは密かに「荷風人気」が、つまり需要が高まってきた証拠だろう。この十数年、大都市を中心に、日本各地、「一人暮らし」の老人がふえているからだ。
「そうか、荷風散人がいたなあ」
先駆者としての永井荷風。
これまで関心を寄せなかった人びとが、このだれにも看とられることなく孤独死した老人に、関心をもちはじめたのだ。


※いうまでもないが、墨東綺譚の墨はサンズイが正しい。《濹東綺譚》である。
しかし、少々特殊な文字なので、表示されないことが多いため、この字で代用している。

※新藤兼人監督 東宝映画「墨東綺譚」 
原作とは関係のない、かなり好色的・通俗的なきわもの恋愛映画になっている。
https://www.youtube.com/watch?v=s8detst3o3M&oref=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3Ds8detst3o3M&has_verified=1

※YouTubeで永井荷風の肉声を聞くことができる。
https://www.youtube.com/watch?v=DkoSkMXqplU

※荷風の写真機については、こちらに参考記事・資料がある。
「東京さまよい記」荷風と写真。
https://blog.goo.ne.jp/asaichibei/e/f244656c8e7036421c97a782b46ad72d
https://blog.goo.ne.jp/asaichibei/e/817fafdbb40d245136a7c9c627f8e670?fm=entry_awc

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