二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「グローバリゼーションとは何か」伊豫谷登士翁著 平凡社新書

2010年03月29日 | エッセイ(国内)
久しぶりに読書と思考の興奮をたっぷり味わえる、いい本と出会った。
社会学と経済学のせめぎ合う場所に樹立をもくろむ、野心的な知のカテゴリー構築のこころみでもある。
海外、とくにアメリカやヨーロッパでは研究がすすんでいるのだろうが、日本では、この分野の研究は遅れているのではないか・・・とわたしも漠然と考えてきた。しかし、本書はその不安をほぼ払拭してくれた。

伊豫谷登士翁さんは、移民の研究からスタートしたらしい。
あれもこれもといろいろなテーマをつめこみ過ぎたきらいがあり、くり返しや、海外文献の引用が多く、論点がやや錯綜した印象がないとはいえない。しかし、少なくともわたしにとっては、こういった論点による論考ははじめて読む。
具体例をもっと豊富に取り込んで、ゆったりと論を展開したら説得力がまし、まちがいなく名著となっただろう。そのためには、本書の二倍のページを必要とするだろうが・・・。

グローバリゼーションの、時代を牽引し、攪拌するダイナミズム。20世紀末ころから、だれもがそれに気がついて、いろいろな切り口から、国境を越え、地球規模で変容する世界の解明をつづけてきた。わたしも、断片的に、そういった論評を読んだり、報道に耳をすましたりしてきた。

多国籍企業による巨大資本の越境化はだれの目にもはっきりと映じていて、それがナショナルな文化ときしみあいを起こし、既存の制度や人々の暮らしを脅かしているのは承知していた。しかし、いちばん興味深かったのは、女性問題をグローバル化の視点から捉えなおしていること。そして、移民に端を発するグローバル化の功罪を、はっきりと指摘していること。この二点に集約される。

ご本人がいっているように、グローバリゼーション研究の発展は、これまでの20世紀的な尺度による分析を無効化している。つまり「思考の枠組みを壊して、もういっぺん作りかえる」作業が必要となっていく。本書はそれに、ある程度成功していると、わたしには見える。

途中までは「グローバリゼーション」は、ジョーカーのように顔を出すので、いささか戸惑うし、論点の「ゆれ」があると思われる。この「ゆれ」は、もしかしたら、伊豫谷さんの力不足というより、世界の変動の激しさを、そのまま映し出している結果かもしれない。ご本人は、まだ「研究の端緒についたばかりの新しい学問分野だ」とどこかに書いている。
本書の刊行は2002年。金融工学の崩壊と、世界同時不況は、この時点ではまだ生じていない。
9.11ニューヨークテロにおける真の被害者を、開発途上国から大量に流入する移民ととらえた意見は、伊豫谷さんの創見なのかどうかは知らないけれど、わたしにとっては、目から鱗。そういう意味で、一貫して「弱者の側」に立っている。

本書のサブタイトルは「液状化する世界を読み解く」となっている。
キーワードは、たとえば、世界秩序、南北問題、多国籍企業、国民国家の相対化、情報メディア、移民、労働市場など。そこに、21世紀になって抬頭いちじるしいナショナリズムの世界的な潮流を見据えていく。移民はことばをかえれば、経済難民ということもできる。
国際的にはアメリカを頂点とする国家の階層化、国内的にはグローバル都市を頂点とする階層化が、驚くべききしみあいと新たな格差社会を生み出しているのである。

伊豫谷さんは一橋大学でグローバル化現象研究の講座をもっているらしく、ググっていたら、こんな「授業概要」に出会った。
<グローバリゼーションという用語は多様な意味で流通している。本講義では、1』政治経済から文化社会に至る越境的な諸事象として、2』近代と区別される現代という時代の規定として、そして、3』境界によって枠組みを創り上げてきた近代における知の組み替えとして、グローバリゼーションを捉える>

わたし自身の危機感は、経済的、文化的な「液状化現象」と、それに対するリアクションとしてのナショナリズムを、どうとらえ直したらいいのかにかかっていたが、本書を読んで、小林よしのりさんらが唱える復古的なナショナリズムへの批判として十分な視座をもっていることに気がつかざるをえなかった。


評価:★★★★★

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