NHKで技術の未来の特集をしている。脳をアシストする「ウエアラブル・コンピューター」はコンタクトレンズ型なども登場し、いつも身につけられるようになる。思い出の仮想現実の中に自らを沈め、人工頭脳が作り出した祖先たちと会話をする。香りなどの情報もネットワーク上で伝えあえるようになるそうだ。
食事の世界でも起きるらしい。例えば、豚肉の成分を全て成分分解し、それらを一つ一つ全て化学合成する。同じように、オレンジの成分を分解、合成。で、実際にオレンジと豚肉を調理して作ったものとは異なる、全く新しいものを生み出せるのだそうだ。美味しいかどうかは別として、豚肉とオレンジという食材から無限の種類のものが作れるようになるんだとか。
最近朝の闇が消え去ると、木々がぼんやりしているように見える。それは、これまでのように冬枯れた枝々が風に揺れているのとは全く違う光景。どうも冬芽が徐々に赤みを増し大きくなっているからなんだ。事実、梅のつぼみも枝の色と同じような胡麻粒くらいだったのが、赤みを帯び、日に日に大きくなっている。確かに気のせいと言えば言えなくないが、実際目の当たりにできないが事実に変わりない。
やがて仮想現実の中で、合成された物に囲まれた現に囲まれ、生きていく。それ以上か、脳の情報をコンピューターにそのままコピーすることで人間を肉体から解放し、デジタル空間で永遠に生き続ける…。木々が萌え始める様子などどうでもよくなりそうである。ただ、その時人間の役割はいったい何になるんだろう。人間の肉体は何の意味をなすんだろう。生き物という存在が全て人工知能上に組みこまれ、ナマモノであるところの存在がなくなっているかもしれない。新しい技術の発展はそれはそれで素晴らしいことだろうが、ナマモノという存在や神=自然を凌駕することなど決して出来ないということを忘れるべきじゃない。ハイテクという美名の暴走、それが恐ろしいことにつながらなければいいが。
今日の一枚:昨日の21時から始まったシリーズ第3回のワンシーンから。