虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

小学2年生の算数でつまずく理由 と ブラックボックス

2012-06-06 21:35:21 | 算数

 

9歳の壁という言葉がよく知られているだけに、

「3年生くらいから学校の勉強につまずく子がでてくるのかな?」ととらえている方が多いかもしれません。

 

でも実際には、知力のしっかりしたごく普通の子が

小学2年生の算数でつまずいてしまうケースがけっこうあるのです。

 

そしてこの「つまずき」のやっかいなところは、相手が知力に問題がない子なのにも関わらず、

親御さんなどが懸命に説明しても、なかなか理解に至らないことです。

 

たとえば次の問題。

 

6cm2mm - 7mm =

 

こうした問題でつまずいている子は、

先生の言ってたことを思い出しながら、「ミリとミリは同じで、比べたら2-7だから引けないから、

センチメートルのところから10借りてきて……」なんてつぶやいてやっています。

 

「えらい、えらい、学校の先生の話をちゃんと聞いて覚えているんだね」と感心していると、

 

7mm-2mm=5mm  10mm-7mm=3mm  

5mm+3mm=8mm

6cm-1cm=5 cm  5cm+8mm=5cm8mm

 

先生に教わったというという恐ろしく複雑な計算手順を踏んだあげく

最終的には「あれれ?」という答えになっているのです。

おそらく先生が口頭で言ったことを式にしているつもりなんでしょうけど、いったんこうした計算で解き始めたら、

大人だって何がなんだかわかりません。

 

ややこしいのは、こうした手順で解いても、たまたま数のせいであっちゃうことがあるのと、

適当に+-を入れ替えると正解したなんてこともあるからで、

間違えた時も、じゃあ、「ここが+かな?こっちが-かな?」といったさらに

混乱を招くような修正をしがちなのです。

 

この手の問題でつまずいたままだと、水のかさでデシリットルとミリリットルの計算を習うときも

時計の計算で1時間10分ー25分=

なんて計算をするときもつまずく可能性が大です。

 

でも、応急手当的な教え方で、「ちがうちがう、借りてきた10から、引く数を引いて、それに引かれる数のところにあった

ミリメートルの数を引いたらいいのよ」といった

学校流の計算手順を言葉で教えていく方法で修正し、何度も練習させるだけで定着を計ると、

習った直後は暗記したばかりですから正しい解き方で解けるようになるはずですが、

時間が経って、おまけに学校で別の計算手順を習うと

もとのもくあみ……となってしまうことが目に見えてます。

 

こうした問題につまずく子は大人の指示をよく聞いて、その通りにきちんとやろうとする

おりこうさんタイプの子が多いです。

 

それにしても易しい問題のはずが、どうしてこんなにもややこしいことに

なっちゃうのでしょう。

 

わたしは「学校の教え方の問題」と

 

「子どもをめぐる環境の問題」のふたつが

 

影響しあってこのつまずきの原因を作っているように感じています。

 

知力のよしあしに関わらず、日本に住んでいる多くの子のが、

同様の学習上の危うさを持っているのです。

 

もしここでつまずかなかったとしても、もう少し先の学習で

この部分の危うさが原因で、勉強がわからなくなる子がたくさんいるのです。

 

「学校の教え方の問題」というのは、

問われていることの全体像がつかめていない子らに対して、

バラバラの部分に注目させて、言葉でできるようにさせようとしがちなことです。

 

たとえば、繰り下がりの引き算を教えるときに、

さくらんぼの絵を描かせて、その中に数を入れるように言って

意味がわかっていないまま数を入れるうちに解けるように

なっているケースがとても多いのです。

教え方のマニュアル化が進んだために、

子どもがわかっているかどうかより、一時的にその問題が解けるように

なりさえすればいいという

部分的な手順を教え込んで

その場では「クラス全員ができた」という状態に持っていく効率的な教え方が横行しているため、

「できているけど、何もわかっていない」という知力はしっかりしている子たちが増産されているのです。

 

「何もわかっていない」というのは、

6cm2mm - 7mm =

が、ひものようなある長さからある長さを切り取っている(取り除いている)という

シンプルなイメージがないということです。

デジタル表示の数字の羅列のように見ているのです。

 

計算手順にしても、効率化したものをそのまま丸暗記させているので、

なぜ足したり引いたりしているのかわかっておらず、

「引き算も、大きい数になると、時々、(その日の気分で)足したり引いたりいろいろするもの」

という捉え方をしていることもあるのです。

 

 「子どもをめぐる環境の問題」というのは、生活そのものから、算数の学習の基盤となる

ものの増減のイメージがつかみにくくなっているということです。

 

たとえば、毎日、同じようなリズムで生活していたら、「昨日よりもたくさん遊んだ」とか「学校から帰ってから夕食までの時間は

これくらいの長さだな」といった時間の流れを量として実感しながら、その増減についての理解を深めていく

ことができますよね。

 

でも、今日はあっちの習い事、明日はこちらの習い事……と、

毎日、デジタル時計で切り刻むようなめまぐるしい生活をしていると、

そうしたことがピンとこないのです。

単位の変換にしても、生活のなかで、ものを切り分けたり、

「足りないからお隣から借りてきて……」というイメージそのものがないのに、

数字だけ入れ替えてますから、

子どもにすれば「数というものが変幻自在に気まぐれに10に化けたり、

入れ替わったりする記号で、先生が説明する方法を使って、記号をコロコロ変えて足したり引いたりしていくのが算数」と

思っている子もけっこういます。

(幼いときからプリントで計算をしてきた子もこうした理解の仕方をしていることが多いです)

 

そうした誤った理解をしている子を見つけ出すチェック機能や

正しい理解に導くシステムが、学校の教育現場にほとんどないことは残念です。

 

学校では図画工作の授業が軽視されていますが、

手を使って物を作る時間の質を上げると、こうした子どものつまずきは

ずいぶん減るのですが……。

 

こうした算数の問題につまずく子が増えているのは、

子どもをめぐる環境の『ブラックボックス』化に

拍車がかかっていることも大きな理由のひとつかもしれません。

 

以前、『ブラックボックス』について書いた記事を貼っておきますね。

この問題について真剣に考えてくださる方が増えることを願っています。

 

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☆教育現場に欲しい新しい言葉と新しい概念 1
☆教育現場に欲しい新しい言葉と新しい概念 2
☆教育現場に欲しい新しい言葉と新しい概念 3

の記事の中で、息子と新しい言葉や概念の必要性について話をするうちに、
家庭であれ、学校であれ、教育の場にこそ、「その新しい言葉と概念が必要だ!」
と感じた後で、
「なら、具体的にどんな言葉が必要なんだろう?」と考えていて、
最も重要な概念を含んだものとして思い当たったのが、『ブラックボックス』という言葉です。

ブラックボックス?
あまり聞いたことがない言葉ですよね。

『ブラックボックス』というのは、東京大学名誉教授の村上陽一郎氏が、
「えるふ」という財団法人ちゅうでん教育復興財団発行の小冊子の中で、
河合隼雄氏との対談で使っておられた言葉です。

この文章を目にしたとき、
現代の子どもたちをめぐる本質的な問題をこれほど言い当てた言葉はないし、
今の教育がこの『ブラックボックス』の問題から目を背けた状態で、どれほど進化しても、
より子どもをダメにしていく方向にしか進んでいかないんじゃないかな?
と感じました。

村上陽一郎氏は、河合隼雄氏との会話の中で、
ブラックボックスという言葉で、次のような状態を表現しておられます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
たとえば、落ち葉が庭に積もれば、昔なら、焚き火をして、焼き芋を作りました。
でも、今はご近所からも市役所からも苦情がありますから、散った落ち葉は袋に詰めて、指定の曜日に持っていってもらう形になっています。

つまり、人間の持つ基本的な機能が、外部システムに委託されているのです。

ライフラインなら、昔は井戸があれば生きていけたけど、今は水道がなければ生きていけないのです。
ひとつのサイクルの完結を人に任せることで、
話が済んでしまうのです。
お金で解決することもそうです。
教育もそうで、家庭での教育を先生の役割として任せてしまって、うまくいかないと、良い施設はないかと探すことになっているのです。

昔であれば、驚きがともなった電化製品についても、当たり前の事実として、
不思議さも感じずテレビを見て、中身の仕組みについて少しも知らないのに、自分で制御できていると思っているのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このブラックボックスという言葉に触れたとき、
これまで、わが子に対しても教室でずっと見ている子たちにしても、
自分が何をしようとしてきたか……というと、
「このブラックボックスだらけの世界を、
どうやって少しでも自分とのつながりのある
わかりやすいものにしようとしてきたか」
ってことじゃないか
と感じました。
それが、工作技術は必要とか、学習には体感が必要とかいった
本来の目的とはちょっとずれた部分だけ伝わっている感じはするのですが……。
(私が良い言葉を使えていなかったということですね……)
だから実際に、子どもたちがきちんと物を観察し、しっかりした考え方をし、自分の言葉で熟考したことを表現する姿を見ていただくと、喜んでいただけるものの、
「そのようになるために何が必要だったのか」ということは、
誤解されている気もしているのです。

この『ブラックボックス』だらけの現代、生まれたときからそうした環境に囲まれて成長している子たちは、
あれれ?と思うような
行動や物の考え方や、物の見え方があるのです。
たとえば、手回しオルゴールを見て、まわすという動作が思い浮かばず、
オンオフのスイッチを探す子。

難しい計算はできるのに、2本の棒の長さを比べるとき、
一方をそろえるということが思い浮かばない子。

幼児教室で注目するように誘導されているポイントにしか気づけなくなって、
同じ注目点がない場では、
不思議さも興味も抱けない子。

はさみで切る、テープで貼るといった簡単なことも、
「私は、英語と体操教室とピアノしか習っていないからできない」と断言する子。

ブラックボックスに囲まれた世界で、教育と呼べるものが、
インプットもアウトプットも「大人が評価しているもの」という細い危うい一本の線に頼っている状態で、
それ以外がスカスカでも、だれも気づけていないのです。
○○式で「中学までの計算ができるよ」という子が、
立体がいくつか重なった図を見ると、見えている部分だけ数えるので、
驚いて実物の積み木を積ませて、見えていないところにも積み木があることをわからせないといけない状態があって……
でも、それがテストに必要だって言うなら、「プリントで練習すればできるようになるからいいんじゃない?」
と親も先生も納得してしまう怖さがあるのです。

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続きを読んでくださるという方はリンク先に飛んでくださいね。

教育現場に必要な『ブラックボックス』という言葉

教育現場に必要な『ブラックボックス』という言葉3

教育現場に必要な『ブラックボックス』という言葉4

 

教育現場に必要な『ブラックボックス』という言葉5

教育現場に必要な『ブラックボックス』という言葉6

 

 

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3 コメント

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Unknown (Hana)
2012-06-07 11:43:56
いつも楽しく読んでいます♪

我が家には小1の娘がおりますが、この子が大の算数好きです。
小さい時からなぜか数字大好き、計算大好きで、気が付くと、計算だけなら幼稚園を卒園するときには小2レベルものもできるようになっていました。
4月に小学校に入り算数好きが加速したようで「もっとやりたい!」と、現在小3レベルの計算に挑戦中です。
ですが、まさに今回先生が記事に書かれているようなことが気になっていて・・・。
ただ計算だけを先に進ませるような学習はどうなんだろう??
そのような学習では娘の算数好きな面を伸ばしてあげられないのではないか?? 
と考えてしまいます。

一方で、無邪気に「計算大好き!」と言っている娘を見ると、一種の娯楽のような感覚で、計算だけでも娘の興味の赴くままに教えていってあげてもいいのかなあ~と思ったり。。。

色々と悩むところです。
Unknown (Unknown)
2012-06-08 05:56:51
小2の参観日に行きました。
算数の「繰り上がりのある足し算」の授業でした。先生は丁寧に説明をしすぎ?で逆に分かりにくいような授業でした。

「こちらが足される数でこちらが足す数です。
ではみんなで10回いいましょう」

「足す数、足す数…」
「足される数、足される数…」

うむ、何か意味があるのか!?

我が子は算数は好きだけど、学校の算数も国語もつまらないといいます。たぶん、頭をひねって考える問題がないからだと思いますが…
工作は大好きといってますが、小2で授業がつまらないのは問題だと思います。

Unknown (Unknown)
2015-02-18 20:32:23
しています。

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