ユースホステルでのレッスンで
何度か親御さんに「ダメ出し」をすることがありました。
といっても、親御さんの言動が間違っているわけでも、教育方針がまずいわけでも
ないのです。
何かにつけてちょっとゆるめの私からすると、こちらが見習ったらいいような内容ばかりでした。
それならどうしていちいち「ダメ出し」などをしたのかというと、
親御さんのしていることも言っていることもそれ単体としたら少しも悪いところがないけれど、
今、その時の子どもと親御さんの関係のなかでは、
ちょっと引いた方がいい、ちょっと押した方がいい、ちょっとゆるい方がいい、ちょっと厳しい方がいい……なんて
場面があったからなのです。
子どもが自ら成長していくための道筋を作ることができるよう余白を作る意味で
親御さんに「ダメ出し」をして子どもへの対応を調整していただいたのです。
たとえば、次のようなことがありました。
少し前のユースホステルでのレッスンに、親御さんの話によると
「意欲がない」「やる気がない」
「じっくり考える力が弱い」「ぐずぐずしつこくごねる態度に手を焼いている」
と困った態度がオンパレードという小学2年生の◎ちゃんという女の子とお母さんが参加してくれていました。
工作やお勉強や友だちとの自由遊びやベッドメーキングや配膳のお手伝いなどをしながら一日いっしょに過ごしてみたところ、
確かにこの◎ちゃんは、親御さんが子育てに悩むのもごもっとも……と思われるほど
困ったちゃんぶりを発揮する場面が時々ありました。
そうした時に、親御さんは一方的に叱りつけるようなことはせず、イライラしつつも辛抱強く、諭していました。
◎ちゃんのお母さんは、子どものことを一生懸命考える愛情深くて賢い方なのです。
この日、私が、親御さんに「ダメ出し」したのは、こうした◎ちゃんが、
しつこく親御さんが嫌がることをしたり、注意を受けても何度も止められていることをしたりしていたシーンではありません。
一見、何気ないおだやかなひと時の
親御さんの応対やちょっとした表情やあえて褒め言葉を控える態度が
気になって、失礼ながら何度か「ダメ出し」させていただいたのです。
というのは、それが◎ちゃんを、イライラした投げやりな態度と
過剰にいい子になろうとする態度の間を揺れ動く不安定な心の状態に
させているように見えたからです。
といっても親御さんが無意識にしていた◎ちゃんへの働きかけは
一般常識に照らせば、ごく普通の問題のないものでした。
ただ、◎ちゃんという
「神経過敏でまじめでちょっと不器用なところがあって
すぐに自分への自信を失ってしまうように見える子」
とペアになったときに、
「少し関係を調節した方がいいかも?」と思うものだったのです。
たとえば、◎ちゃんはルームキーを預かる役を引きうけたとき、それに誇りを感じている様子で、
責任を持って何をするときも片手に握っていました。
ただ2段ベッドに登るときも、ルームキーをぶらぶらさせて登っていたので、
目に入りそうで危険だったので、私が「◎ちゃん、危ないからカギはテーブルにでも置いておいて」と告げました。
すると、◎ちゃんはこれは大事な預かり物だからテーブルの上なんかに放っておいて無くすわけにはいかない……というようなことを
言ってためらっていました。
「でも、それは危ない」と私がもう一度言うと、急にひらめいた様子で、自分のベッドの枕の下にしまいにいきました。
私はしっかりしているなと感心して見ていたのですが、◎ちゃんの親御さんは
私から注意を受けたのにしばらくためらって即座に動こうとしなかった態度について不満があるようで
「いつも、ああなんですよ」
とこぼしていました。
その後、◎ちゃんはルームキーを枕の下にしまったことを忘れて出かけてしまい
部屋にカギがかけられなる事件が起こりました。
途中で、◎ちゃんが枕の下にしまっていたことをそこにいたメンバーが思い出し、
無事部屋のカギを締めることができました。
◎ちゃんのお母さんは、「いつもいつもあの子はこうで……」と、◎ちゃんを見つけて叱りつけなくては……!と
怒り心頭でした。
この出来事で私が気になったのは、◎ちゃんがルームキーを預かることに
責任感を感じていて、これをきちんとやり遂げたいと素直に心から感じていたことが
わかっていたからです。他の2年生たちは、そんな面倒な役はしたがりません。
◎ちゃんは、他の人やお母さんの役に立ちたいという気持ちを持ったまじめが取り柄な子なのです。
でも同時におっちょこちょいでもあるのです。
◎ちゃんが前向きな気持ちで取り組んでいることに対して、ちょっと自分でどうするか迷ったり、
そそっかしさから失敗してしまったりする度に、
「あ~あなたはこんなにダメな子だ」「また~こんなだわ」とため息ばかりつかれたのでは、
他の子がやりたがらない仕事を自分から進んで引きうけようとは思わなくなりますよね。
こういう場面では、自己肯定感が向上するように
次から気をつける点のアドバイスはしても成功を感じて終わらせてあげたいものです。
こんなシーンもありました。
ユースホステルの夕食は子どもも大人と同じ量が出るため
「子どもにしては多すぎますかね?すいません。」とコックさんに恐縮されるほど
おかずの量が多いのです。よく食べる外国の方も満足するような分量ですから。
そのため、子どもたちはたいてい3分の1ほど残すのです。
その日も、子どもたちがちょこちょこ私の方にやってきては、
「先生、すいません。もうおなかいっぽいです。残してもいいですか?」とすまなそうにたずねてきていて、
「もともと量が多いからね。食べられる分食べたらいいのよ」と応えていました。
途中で子どもたちのテーブルに行ってみると、
2年生の女の子たちはどの子も、せいいっぱい食べたのでしょうけど、その日のメニューのフライものも野菜も
半分くらい残していました。
そのなかで◎ちゃんだけはかなりがんばっておかずは全て食べきり、野菜が少し残っているだけでした。
と、それを見た◎ちゃんのお母さんが、
きちんと食べていないことに不満そうにちょっとしたコメントをしました。
ものすごくちょっとしたひとことではあったのですが、
でも他の子たちと見比べてもよく食べている◎ちゃんに注意するのは、
まるで98点を取ってきた子に100点でないことを愚痴るような
気持ちの萎える言葉ではありました。
◎ちゃんのお母さんは冷たい方でも厳しすぎる方でもありません。
でもご自分がかなりいい子として生きてきて、完璧ないい人であるよう努めるところがあるので、
無意識のうちに子どもに期待する理想が常に高めに設定されているようでした。
◎ちゃんはそんな風に一日の大半は非常にまじめにいい子になろうと努力していて、
それでもいつもお母さんからはダメ出しをもらうことが多いし、自分自身も完璧主義で
自分の行動に満足できないので、
しまいに自信が揺らいでイライラが募って、
わがままな態度やしつこく止められることをするといった行動につながっているようでした。
いざ、◎ちゃんがそうした悪い態度を表現しているときには、
◎ちゃんのお母さんは辛抱強く優しい態度で接していました。
◎ちゃんのお母さんも◎ちゃんと似たところがあって
自分に無理をさせてもいい人であろういい親であろうとギリギリまでがんばるところがあって、
そのせいでかえって、どうでもいい場面や◎ちゃんががんばっている時に、
チクチクと嫌みを言ったり、ため息をついて
不満を表現したりすることになっていたのです。
次回に続きます。