小学生のころ、学校の図書室で、
岩波少年文庫『科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集(池内了編)』を読んで
えらく感激した記憶があります。
古本屋でその本を見つけたので、買ってきてさっそく目を通しました。
今読んでも、とても面白かったです。
読みながら、紙芝居か、実演で、子どもたちにこの本の面白さを伝えたいな~という
思いが湧き上がってきました。
まぁ、そんな大がかりなことをする前に、教室の科学クラブで子どもたちに、
この本をもとに小さな実験をいくつか見せてあげて……
それからブログでこの本を紹介して、夏休みにこの本に目を通した親御さん伝いに、
寺田寅彦の思いが少しでも子どもたちに浸透していくといいな~と感じて……
さっそくブログの記事にすることにしました。
まず、大好きな『茶碗の湯』というエッセイ。
物理学者の寺田氏が、湯の入った茶碗ひとつを前にして、繰り広げる話です。
茶碗の湯って、何のおもしろみもないようですが、よく気をつけてみていると、
だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまな疑問が起こってきます。
湯の面から立っている白い湯気は、熱い水蒸気が冷えて、小さなしずくになったもの。
雲や霧の仲間です。
黒い布をむこうにおいて透かすと、粒の大きなしずくはチラチラ見え、
日光に透かせば、場合によっては、虹のような赤や青い色がついているそうです。
これは白い薄雲が月にかかったとき見えるのと似ているそう。
茶碗から上る湯気をよく見ると、暑いかぬるいかおおよそわかるのだとか。
暑い湯は温度が高くて、周囲の空気より軽いため、どんどんさかんにたちのぼり、
湯がぬるいと弱いのです。
湯気が上るときはいろいろの渦ができます。茶碗の上で起こる渦の大じかけのものは、
雷雨のときに空中に起こっている大きな渦です。
白い茶碗に入っている湯は、ひなたで直接日光に当てて底を見ると、
ゆらゆらした光った線や薄暗い線が不規則な模様になって動いているのが見えます。
夜、電灯の光を当ててみると、もっと鮮やかに見えます。
茶碗の湯が冷えるのは、湯の表面の茶碗の周囲から熱が逃げるため。
表面にふたをしておくと、茶碗に接したところでは湯は冷えて重くなって下方へ流れ、
真ん中は上へ。
ビーカーの底をアルコールランプで熱したときの水の流れが、
湯の中の糸くずの動きで見ることができるのだとか。
いっぱいの茶碗の湯は、ほかにも「かげろう」のでき方、湖水や海の水の流れ方、
山谷風、モンスーンなどがどうやってできるのを、わかりやすく教えてくれるそうです。
寺田氏の言葉に次のようなものがあります。
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俗に、明きめくらというものがあります。
両の眼は一人前にあいていながら、肝心の視神経が役に立たないために
何も見ることができません。
また、たとい眼あきでも、観察力の乏しい人は
何を見ても、ただほんのうわつらを見るというまでで、
何一つ確かな知識を得るでもなく、ものごとを味わって見るでもない。
これはまず心の明きめくらとでも言わなければならない。
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子どもたちを『心の明きめくら』にしてしまってはいけませんね。
子どもたちとともに、いろんなものをゆっくりじっくり味わいたいな~
と思いました。
茶碗の湯ひとつで色々な発見が出来る、その感性に魅かれます ^^
ごくごく身近な事が見方ひとつ変えるだけで楽しい科学になるんですね^^
最初は実験虫の息子のために購入しようか?と思いましたが・・・・
この文章↓を読んで、自分のために読みたいな~と思って購入しました^^
「またたとい眼あきでも、観察力の乏しい人は
何を見ても、ただほんのうわつらを見るというまでで、
何一つ確かな知識を得るでもなく、ものごとを味わって見るでもない。
これはまず心の明きめくらとでも言わなければならない。」
追伸:前回のレッスンから娘と息子の関係?がちょっとだけ変わってきました
以前は息子が娘に引きずられる形で、娘の好きな遊びをする事が多かったのですが、ここ数週間、娘が息子の遊びに引きずられ、息子の遊びに引き寄せられる事が多くなってきました
そのため、自宅での実験率が高いです・・・・