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虹色の花

ヘミシンク日記始めます。
ヘミシンクの感想、ガイドとの交流を書いてます。

このブログは・・・。

基本的にヘミシンクを聴いた感想を書いています。ゲートウェイ6巻セットは2011年1月に購入しました。初心者なため、妄想全開な内容の記事等あるかもしれませんが、記録の為に一応書いてます。

空わたる教室

2025-01-30 00:53:00 | 日記
アマプラでたまたま、空わたる教室というドラマを見つけて、気になって観てみた。

実話をもとにした小説が原作らしいけれど。定時制に通う生徒が、科学部を作り、科学研究の発表会に出る話。

1話の主人公が、ディスレクシアの柳田君という20歳の定時制に通う生徒の青年で、いきなり心を掴まれた。
定時制の理科の先生は、元研究者の藤竹先生
惑星の事にとても詳しくて…。
科学部を作り、火星のクレーターを再現する実験をはじめる。

なんだか…観ていて何度も、たみえさんを思い出すキーワードばかりで驚いた。

ディスレクシアの事も。
私はたみえさんの娘さんの事を知らなければ、そもそも、ディスレクシアという言葉すら知らなかったろうなと思った。

ドラマの柳田君は。
20歳で定時制に通っていても、自身がディスレクシアとは気づかず、苦労していたり、非行に走りそうになっていたり。
藤竹先生に指摘されて、ようやくその事に気づいて愕然としたシーンに切なくなる。

努力しても無駄だった。
どこまで時間を無駄にしてきたんだろう。そんな叫びと怒りと。それでも再び立ち上がって、自分自身のハンデを受け入れ、前を向こうとする柳田君。

実話を元にしてるとはいえ、登場人物はみんな架空の創作の存在らしいのよね。
だけど、なんだかあのドラマは結構リアルで。
柳田君みたいにディスレクシアと気づかずに育つパターンだって、沢山あるだろうなと思ったりもした。

科学部の部員たちは年齢もバラバラで。
それぞれ、色んな事情を抱えながら、定時制に通う人達で。そんなバラバラの4人が、研究を通して仲良くなっていく様子を見てなんだかとても嬉しかった。

ここは、失ったものを取り戻す場所ですよ。

藤竹先生が柳田くんに伝えたその言葉が、とても印象的で。心に残る。

10話まで、ドキドキ、わくわくしながら観たドラマだった。

私も、定時制に通うかどうか、悩んだ時期があったなぁ。

たみえさんに昔、自分の学歴のなさを話した時に。関ジャニの横山裕君の話をしてくれて、お花ちゃんがその気になるならいつだってその選択肢はあるんだよ。
と言ってくれた事があった。

私も、たみえさんに。

今まで何度も悩んだのだけど。結局、行く事ができなかったんだと、今も多分。環境的にはできないと思うと。
たみえさんに話した事があった。

定時制や、通信制の学校も。
やっぱり私は、身体がついていかなかったのが諦めた1番の理由だった。
学校に行けなくなった理由もその一つに入る。

そもそも机に向かって長時間、勉強する事が肉体的に耐えられなかった(猫背で肩こりが酷かったり体調を崩したり)

それでどうしても。限界が来て寝込む。
自分は、勉強したいと思っても、そこに情熱があるわけじゃない。本気とかじゃない。

やらなきゃいけないよね。そんな程度の気持ちで、身体が痛いのに勉強する事にモチベーションを維持し続けて耐えられる自信が待てず。
長時間毎日机に齧り付くこと自体、多分無理だなぁと思って諦めていた。

でも…あのドラマを見て。
やっぱり、自分にはまだ学校生活に憧れの気持ちが残っているのだなーと思った。

あんな風に、グループ数人で一つの目標に向かって、力を合わせて進んでいく。
色んな事情を抱えても、定時制で卒業を目指して勉強していく。

そういう姿に、昔から憧れてた。

そして。

そうなれない自分が、いつも。
ひどく、情けなかった。

ふと。

身体がもっと健康になったら。
私も勉強したい、勉強できる!という欲求が出たりするんだろうかwとドラマを見ながら思っていた。

火星のクレーターを再現するという、実験をしていく姿。
時にぶつかりながらも、お互いを知っていき、仲良くなる部員たち。
年齢も、国籍も何も関係なく。
それに、とてもワクワクしながら。

同時に、何度も。
たみえさんの事を思い出してた。

火星かぁ。牡羊座の守護星で、前にNEWお花ちゃんの絵と一緒にもらったのが、くまえると火星の絵だったな。
たみえさんも、惑星が好きだった!

たみえさんが、もしもあのドラマのような定時制の先生だったら。
私もきっと。そこに通いたいと思っただろうなー。

たみえさんぽい人は出てこないのだけれど。あのドラマは何故か、たみえさんを思わせるキーワードが万歳でw

ドラマもめちゃくちゃストーリーが良くて。これは何のサインなんだろw
て思った。

なんだかとても懐かしく。新鮮で。

私もあんな風に、わくわくして勉強してみたいな。そう思えるドラマだった。

ここは失ったものを取り戻せる場所ですよ。

藤竹先生の言葉が、私の心にも響く。

私にも…あるんだろうか。
失ったものを取り戻せる場所が。

運動に関するトラウマ

2025-01-29 15:41:00 | 日記
筋トレを継続しているからなのか。
幼少期の運動に関するトラウマ的な思い出がよく浮かぶようになった。

小学3年生くらいの頃だったと思う。

体育の授業が嫌過ぎて、親にも先生にも相談して一時的にその授業だけお休みさせてもらった期間がある。
どれくらいの期間だったかは忘れたけれど、体育の授業が本当に嫌で苦痛で、しかし、解決策が休む以外になくて苦肉の策だったように思う。

私だって本当は、体育の授業楽しみたかった。
だけど、なんていうか。あの頃の体育は何をやるのもまずできて当たり前みたいな感じで。
運動音痴のできない子に対してのフォローなんてない体育の授業。
できる子は楽しく。
できない子はできないまま。

ただただ、運動のできない自分を突きつけられて終わる。改善する見込みが自分でもわからない。努力もなにも、毎回やる事も変わる。できないまま、ただ終わる。あの時間が悲しく虚しかった。

担任の先生と相談した際に。

体育の授業をおやすみするためには、先生とひとつのルールを守る事を約束していた。

体育を休むことを毎回、担任の先生に伝える事だ。

だから私は毎回、休みますと担任の先生に言っていた。

その先生は、女性の先生で。
とても親身になってくれる、良い先生だった。

だけどある日。

本当にたまたま、その日は、体調の悪い子がいて。担任の先生はその子を保健室に付き添い、そのまま教室には戻ってこなかった。
その次の時間は、タイミングが悪いことに体育の時間だった。

先生に休むって言わなきゃ。

そう思っているけど。
先生はどこにいるかわからない。
どうしていいかわからない。
このまま、体育に行くのは嫌。
でも、先生に言ってない。
どうしよう。

小学3年生の私は、教室の中でどうしたらいいかわからず。
その時間が終わるまで教室でオロオロしながら先生を待った。

体育の授業が終わり。その後だったと思う。

その後に戻ってきた先生から、ひどく叱られたのだった。

約束をしたのにどうして破ったのか。
なぜ、休むと言わなかったのか。と。

私はその時、あの親身で優しかった先生に叱られたことにひどく動揺して。
確か何も…言えなかった。

あの時、先生は居なかったから。
どこにいるかも、わからなかったから。

そんな言葉を、あの時。
先生のあの剣幕で、何もいえずに。
心の中で飲み込んで泣いた気がする。

とても、信頼してる先生だった。
心の中で、何も言わなくても気がついてくれるんじゃ無いかと期待して。
ただ謝ってしまった。

私は、悪くなかった。
でも、先生に言えなかったことは事実で。
先生は私が言えなかったという状況を知らず。気づかず。
これほどまでに怒るのは。
私がわざと言わなかったんだと思い込んでいるであろう先生に。

何を言っても無駄な気がした。

私は、悪くなかった。
でも。

先生からすれば。
私が悪かったんだと。

その時に思ってしまった。

そのまま、心の中で先生に失望して。
言い訳を全て飲み込んだような気がする。

その後は。

叱られた事がきっかけで、体育の授業には復帰をした。

体育が嫌なのは変わっていなかった。
しかし、私はあの時に。

このまま休み続けても、現状は変わらないのだと学んんでいた。
またイレギュラーな事が起こって休むと言えなければ、私のせいになる。
そして。
これからずっと体育を休んだところで、何かが解決できるわけでも無かった。
ただ気まずいだけ。

体育の授業がくるたび、嫌だという自分の心をねじ伏せていた。


私はあの時、言い訳も事情も言えなかった。だから、もう先生には頼れないのだと思ったのだった。甘え続けても意味はないのだと思ってしまった。

それから。
ずっと、運動が嫌い。苦手だった。

だけど、私の人生では。

何故か”運動”がずっと、ついて回っている。

苦手なら、やらなければいい。

そう思うのに。

私の場合は。それでもなぜか。
苦手なのに。嫌なのに。
何度も何度も、違う形でチャレンジするキッカケや出来事が起こり。
運動音痴でも、これならいけるか?と言う感じで課題として出てくる。

小学3年生のあの頃の出来事は。

私にとっては今だから言語化できるけれど。当時はただショックな出来事として記憶に残っている。

あの頃の私の感情を言語化するのならば。

あれは、ちょっとしたトラウマでもあり。
やっぱり先生に気が付いて欲しかった、ちゃんと言えれば良かったなーっていう心残りのような思いもあるけど。

でも一時的にでも苦手な体育を休めたことによって。気がついた事もあった。

結局あの出来事は、体育をずっと休ませない為に起こった事でもあるんだろう。


今思えば。

私は…ずっと。
運動を好きになりたかったのだ。

体育の授業を楽しめる自分になりたかったのだ。みんなと、ドッチボールや、縄跳びや、跳び箱、逆上がり。徒競走。
うまくなって、みんなみたいに運動が楽しいって、思える自分になりたかったのだ。

それができない自分が、いつもとても悔しくて嫌だった。改善できないまま終わるのが、とても嫌だった。

変わりたくても変われなかった。
だから体育の授業は、その後は。
自分を諦める方でこなしていってた。

アメトークの運動神経悪い芸人の気持ちめちゃくちゃわかるくらいには運動音痴だったから。

その頃の思い出が、最近ふとした時に蘇る。

あの時、先生に休みたいとヘルプを出したけれど。私が本当に変えたかった事は、望んでいたことは。休む事じゃなかったんだろうな。きっと。

その気持ちを誰かに理解して欲しかったんだろう。親身になってくれてる先生に、わかってほしかったんだろう。

だけどあの時、何かわからないけれど体育が嫌という事しか説明できなかった自分は。
あの頃から、自分から周りに理解してもらおうとする事を諦めてしまった気がする。

彼方からの答え

2025-01-26 00:04:51 | 日記
昨日のブログ記事に、
殻を破りたい。という感覚を記録した。
これはもしかして、扉を開こうとしているのか??と。
その答えが彼方からやってきたかのように。今朝方、とある作品が売れていた。

それは2019年に制作したクロス
【cross-Winter solstice-】Pendant Top

【cross-Winter solstice-】Pendant Top

宝石質ペリドット(オニオンカット)高品質ラピスラズリ(2mmカット丸玉)アイオライト(ミニボタンカット)ブラックダイヤモンド(原石さざれ)

-虹色の花- 魔法使いのアクセサリーカフェ

 
これを作って、もう6年くらいになるのか?
すっかり、何のテーマの作品だったのか書いたことを忘れていて。

改めて読み返して驚いた。
これは…今の私のことでもあるのだなと。

もちろん、お客様がお迎えくださったので、作品はお客様の元へと旅立つ訳ですが。


もう何年前からかな?
オーダーではない作品が売れるタイミングというのは。私にとっても実は重要な意味があって。
制作した作品のテーマは私にとってはもう必要ない。クリア?済み。
という事なのではないだろうか??

と思う事がとても増えていた。

作品自体のテーマというのは、各自それぞれ。解釈も色々できるけれども。

私にとっても、それに沿ったテーマ、似たような出来事をリアルで乗り越えた後に、その後、作品をお迎え頂くことが、結構あるんだよね〜。
とても不思議なんだけどタイミングめちゃくちゃ良いのよ。

だから、作品というのは私が作ってはいるのだけれど。同時に、お迎え頂くタイミングは、ガイドからのメッセージでもあるのだろうな。と思っていた。

今回お迎え頂いたクロスも、なんだか、今の自分の状況にめちゃくちゃピタっとハマっていた。
しかも作品名は、冬至だもんなwww
…たみえさんはよく、冬至の絵を描いていたなぁ。
そんな懐かしさと共に。

やはり。今筋トレを、ジム通いをしていることは、私にとっては、扉を開く為の、殻を破る為の、必須の事なのだと強く思った。

そして、それを私が理解したからこそ。
あの作品は、お迎えがきたんだろう。と。

さらには、今日の昼も、あらかじめジムに行く予定の日だった。

行ける時は週2で、と決めたので。
前回、負荷を上げられてなかった自分というものに気がついた私は。

事前に、もしもトレーナーのおばちゃんに会った時には、あらかじめこの部分はわからないから、具体的に質問をしよう。
と決めていた。

その人がシフト的に土曜に居るかどうかは知らないため、今日会えるかはわかってない状態。

たぶん高い月謝を払ってマンツーマンとかで教えてもらうタイプのトレーナーさんとここが1番違うんだとは思うんだけど。

町営ジムでは、こちらから質問しない限りは基本的にはノータッチなのだ。

なので、自分から疑問を言語化して、自分なりにピンポイントで質問して教えてもらう事が必須になる。

トレーナーのおばちゃんから何かを言ってもらえる時ってのは、私がよっぽど間違ってやってる時だったから。

自分で疑問に思ったことは、すぐさま聞いて自分で理解して修正していかなくてはならない。w

今日は一通りのメニューで、一段階負荷を上げてやってみたけれど。

意外と、めちゃくちゃキツイけどなんとかできる!!という感じだった。これはマジでステップアップしていけるのかも!!?

と思いつつ。

ただ、これは合っているのか??という疑問が残ったままのトレーニングもあった。

が、そんな時。

めちゃくちゃタイミング良く、終わり時間間近になって、トレーナーのおばちゃんが出勤してきて、すぐさま挨拶して質問したのだったww事前に質問用意しといて良かった!

この動きと、この動き、負荷を増やしたいけど、どうしたらいいのか。と。

そして、前に重たいダンベルを使ってた人はトレーニングの動きが違う事も含めて聞いたら、その動きの理由も教えてもらった。

腹筋は今まで自重を使った足上げ腹筋だったけれど、足に重りをつけることで負荷が上げられる事も。なるほど。

どうやら、今までのやり方と負荷は、年配の方でもできるくらいのレベルのものだったそうで。

それを聞いて、私もめちゃくちゃ納得する。
うんうん、私も体力ないのにできたのはそのくらいの負荷だったからかー!!逆に本当、私そのレベルでスタートじゃないとマジで無理だったwww

たぶん一般レベルになるのはこれから、なんだろうけど。
きっと、今日、負荷を上げられたのは、
大きな一歩かも。

だって半年前はトレーニング器具全部使い方もわからんで負荷最低でテキトーにやってて疲れてたんだもん笑

成長してるやん。

これからは筋肉の破壊と再生を繰り返すのか。
おお、冥王星ぽいな。w
これにも関与してるのか?笑


新しい扉、筋トレで開いてやるぜ!www









殻を破りたい

2025-01-25 01:45:00 | 日記
ここ数日、ふと。
昔の事を思い出した。
トラウマ的なものなのだけれど。

小学生くらいの時に、連絡船で行くような小さな島に家族で宿泊して。
そこのアクティビティで島一周とかをサイクリングした思い出がある。

私は自転車には乗れるけれど普段そんなに長距離を漕いだことがなかった。
確かその時は1,2時間くらい自転車を漕ぎ続け、途中は足が痛いなーくらいに感じていたけれど。
景色も良いしとても楽しかったのでまあ大丈夫だろうと思っていた。
しかし、一周が終わり、自転車を降り。
夜ご飯を食べた頃だったか。
寝る前だったか。

その時間にはもう太ももが激痛で、何度も寝ている父と母を起こした記憶がある。

今思えば筋肉痛にしては、もう本当に、ありえないくらいの激痛だった。
ちょっと動いただけでまるで電気が走ったようにビリビリ痛くて。動けない。

宿泊しているのは小さな島の宿泊施設。
周りには何もなくて。どうしようもなく。
結局、朝まで痛みに耐えるしかなかった。

不思議なことに。

弟も妹も、両親も。
普段自転車にはあまり乗らないのに、こんな筋肉の激痛に見舞われたのは私だけだった。

そして朝方にようやく、痛みが少し収まったような記憶がある。が、多分痛み自体は数日続いた気がする。

今思えばあれはやはり筋肉痛なんだろうけど。それにしては痛みが凄かったなという記憶として強烈に今も残っている。


私が今までの人生で、自転車にあまり乗らなかったのも、実はその記憶がトラウマになってた。

実家は坂が多くて、自転車を使うのは結構、不向きな土地だったし。
またあの痛みがくるんじゃないかと思って、無理しないように無意識に、長時間負荷をかけるように自転車に乗る事を避けていた。

ジムに通い出した時も。

実は最初の頃はエアロバイクの筋肉痛を1番恐れていたのだ。

初めの頃は特に、ペダルを漕いでた時は子供の頃の記憶がはっきり蘇るくらいだったから。かなり恐る恐るだったけれど。

今は30分漕いだところで、筋肉痛もほとんど出ないし、ある意味でこれで、エアロバイクでトラウマを克服している最中なのかもしれない。

それにしても…私の身体、なんでこんなに貧弱なんだろうねぇ。と。
思い出す度にため息が出る。

最近観たなかやまきんに君の過去のYoutube動画で、筋トレなどの負荷を過剰にやったり、ストレスなんかでも。
筋肉痛を超えて炎症する事があったり。筋肉が溶ける(筋肉を材料にして自分のエネルギーにしてしまう)というようなこともあると言っていた。

なので私の身体。
あの時は自転車乗るだけで強烈な筋肉痛、激痛だったのは、ある意味筋肉溶けてたんじゃなかろーか?ww
しかも普段からストレス?多くて運動不足とかで、筋肉も落ちてたんだろうかwww

思い返せば本当に…幼少期に身体を動かす事に関してのポジティブな記憶が全くなく。こんなガッカリな記憶ばかりだ…。

なぜ似たような生活していて弟と妹はそこそこ丈夫なのかもよくわからん。

そんなこんなで、ジムに行き出して遥か昔に忘れていた、運動についてのネガティブな記憶をよく思い出すようになっていた。

それは、私が。
今頃だけどようやく、昔のネガティブな記憶を乗り越えようとしているのかもしれない。

殻を破りたい。

そんな感覚が、ふと浮かぶ。

サナギの殻を破ろうとしているような。
卵の殻を破ろうとしているような。

今までの自分を、変えようとしているような。

でもまだ変えられてなくて。
何度も何度も、その扉を叩たき続けてる。

そんな感覚。

昔はどれだけ扉を叩こうがびくともしないものばかりで…諦めたものの方が多かった。だけど、最近は、その扉が動き始めてる気がしてる。
ミシミシと。或いは、ひび割れているように。力がかかっていく。

筋トレを始めてここまでの感覚になるなんて思ってなかった。

これは、ワイヤーワーク始めた時と似ている気がしている。続けていけば、何かが変わりそう。変わらざるを得ない。
そんな感覚。

ジム通いで昔のトラウマが浮かんでるっていうのも、順調に自分の中の心のデトックス?やブロックの解消に繋がっている気がする。

まだミシミシと音がしてる段階だけれど。
扉を開く日は近い…のか??




筋トレの負荷を上げるタイミング

2025-01-22 23:39:00 | 日記
ジム通いを続けてきて、随分と余裕になってきたのは良いのだけれど。

自分の中で負荷を上げていいタイミングというのが全くわからず、今日トレーナーのおばちゃんに聞いてみた所。

10回余裕でできるなと思ったら上げるタイミングだと言われた。

おおう。まじか!

そしたら、随分前からそのタイミングはきていたことになる。

しかし、全てのトレーニングの負荷を横ばいにしていた訳ではなく。

できそうなものは少しずつ上げていたのだ。
しかしちょっとこれ、苦手だな。と思うトレーニングに関してはなかなか、負荷を上げられずにいた。

私の苦手、が何を意味するかというと。

負荷を上げるのが怖い。

という感情が湧き上がるトレーニング動作が何個かある。

トレーニングで恐怖心?と思うかもしれないけど、ダンベルにしろ、器具にしろ、何キロもある重りを持ち上げたり動かしたりする動作自体が、じつはそもそも、ちょっと怖い。
これは私が私の身体を信じていないというのがあるのだろう。
落とすんじゃないかとか、痛めるんじゃないかとか。そういう恐怖心。

負荷を上げるほど、単純に重りのキロ数が増えてしまうので、なんとなくその恐怖心も上がってしまう。

あとは筋肉痛がくるかも。というビビりもあるにはあるけど、それよりは身体痛めるんじゃないか。ていうビビりの方が大きくて慎重になっていた。

この辺りは自分との戦いな気がする。

逆に負荷を上げられたトレーニングに関しては、もともと力を入れやすい、馴染みのある動きだったり、少々、重たくなっても大丈夫。と思えるものだったりするから。
やっぱり自分の身体や動きを信じられるかどうかな気もしてきた。

それで私の中で、負荷を上げられるタイミングにバラツキがあったんだ!と気づいて衝撃を受けたw



ということでようやく、私は筋トレの負荷を上げていく。というステージのスタートラインに立ったのだったww

次回からは余裕があると思えるものは全て負荷を上げてみようと思う。

タイミング、遅っ!

と自分でも思うのだけれど。

しかし、最初から負荷ギリギリのきついトレーニングは私は耐えられなかったし、続けられなかったと思うので。

今日からが、いいタイミングなのかもしれない。

筋トレの重さ、どこまで増やしていけばいいものなの??と疑問もあったけど。

できるのなら、どこまでも増やしていっていいらしい。
むしろ負荷を上げていく方が絶対いいらしいので。

それもわりと衝撃だった!

筋トレ初心者だと、そんなに延々と負荷増やしていくものなんだ…てびっくりしつつも。がんばろーと思います。