連絡を受けたのが6日前、母と電話してる時に、ばあちゃんの酸素濃度が低い。と聞いてからすぐ、救急車で運ばれてすぐ集中治療室に移された。
このコロナ禍で私はお盆も実家に帰れず、高齢であちこち身体も悪いのに一人暮らししているばあちゃん。
ここ2年くらい帰省の機会が随分減っていたので、この時に私はだいぶ動揺した。
かなり容体が悪くて危篤状態と聞いてすぐコロナが思い浮かんだけれどそれは違ってて。
ただ、肺に水が溜まって呼吸も相当に苦しそうだったらしく。
点滴と薬で肺の水を抜くくらいしかできないと言われて回復の見込みはほぼないと聞かされ
みんなその日のうちに亡くなる覚悟をしていた。
それでも、ばあちゃんはしんどかったろうに数日間、容体が安定して、ギリギリまで頑張っていた。
亡くなる前日、個室に移って父や兄弟でのみ、ほんの数時間だけ面会して、話ができたそうだ。
私も、できたらばあちゃんと電話でも会話できれば良かったんだけどな。
コロナ禍で面会自体制限されている中で、それはむずかしかった。
思えばばあちゃんとの最後の会話は、今年のお盆の時に、弟が子供達と一緒に、ばあちゃん家の庭で花火をしている時。
私も本来ならお盆にそこに居るはずだったのに、今年もやっぱりコロナ禍で帰れなくて。
時期をずらして帰るつもりで。
その時電話口でばあちゃんにも、
今年はコロナ禍で帰れんかったわぁ。
ばあちゃんまた落ち着いたら帰るけん元気にしちょってな。
て話していた。
その時のばあちゃんの声が今までで1番優しい声に聞こえたのが印象的だった。
何かの予感だったのかなぁ。
今年は6月に帰省できた時に、弟の子供と一足早く花火を一緒にやっていた。
今年は(花火が)少し早いごたるな。
とこの時、ばあちゃんが何度も言っていたのが印象的で。
お盆は帰れんかもしれんけん、今年は早くやったんよぉー。
て、ばあちゃんと話をしていた。
もう何度目かな。
数年前から、夏は、ばあちゃん家で甥っ子達と花火するのが恒例になりつつあって。
いつもは夕方6時には寝るばあちゃんが、この時だけは庭に出て、終わるまで椅子に座って見てくれていた。
目も白内障で、花火なんて殆ど見えてなかったろうに。
それでも皆が来てワイワイするのが嬉しかったのかもしんない。
今年はお盆に帰れんかも。
と薄々思っていたんだけれど。
まさかその後に帰省できんまま、ばあちゃん亡くなるなんて思わんやん。
お盆の時、最後にばあちゃんと通話した時。
一人暮らしが心配だから、と半年前から見守りカメラを父が設置していたので。
何気なくその日の昼にスマホで映像を見ていたら、庭でばあちゃんが杖を二つついて。
なんとか、かんとか、頑張って庭の中を散歩する様子をたまたま、見ていたから。
ばあちゃん、昼にカメラ見てたんよー。
庭で杖ついて散歩しよったなぁ。
なんか、元気そうでよかったわぁ。
て電話口で言ったら、
みよったんかえ。
もう目薄いし杖ついてようやく歩けるごたんけど、ちょっとでも散歩せんとなぁ。
て凄い穏やかな声でばあちゃんが応えてくれたけん。
わたしも、めちゃくちゃ安心して。
そうやなぁ。ばあちゃん、またコロナ落ち着いたら帰るけん。
元気にしちょってな。
て、そう電話口で伝えたきり。
その電話が最後だと、本当に思ってなかった。
それくらい、安心してた。油断してた。
ばあちゃんあんなに庭を歩けてたから。
そんなに急に、亡くなるって思ってなかった。
9月1日
不滅のあなたへというアニメが一期の最終回で。録画したのを観ていた。
ちょうど、ピオランが亡くなる回でもあった。
黒いやつ(観察者)が、
あの老婆は90歳を超えている。
と言った時。正直ドキリとした。
脳裏にばあちゃんのことがフラッシュバックしたからだ。
ピオランが亡くなったラストシーンを見ながら。
アニメを観終わった時に
ばあちゃん、90歳超えてるもんな。今年も来年も、生きててくれるのかな。
一抹の不安が過ったのを。
すぐ、心の中で打ち消してしまった。
その、たった4日後だよ?
お盆に見た、元気そうなばあちゃんが浮かんで。大丈夫だろう。て思ってしまった。
あの時。
そう不安がよぎったその時に。
もう一度、せめてばあちゃんに
電話をすればよかったなぁ。
せっかく、神様かガイドか天使か知らんけど…あの時サインを送ってくれてたのかもしれんのにね。
高齢で、いつどうなるかわからん。てわかっていても。
でも、そこにいて欲しい。居てくれるだけでなんか、安心してた。
でも薄々、感じてたこともあった。
前は一人暮らしで不自由なことが多くても、周りのご近所の人や孫や息子が頻繁に様子を見てくれてたのに。
コロナで生活は一変して、高齢のばあちゃんに感染させないように、みんな、極力行くのを控えるようになっていった。
ばあちゃんからしたら、どれだけ寂しかった事やろう。
それが、半年、一年、そして、もう一年半。
終わりが見えない中で、何度も、ばあちゃんはこの生活、もう長くは続けられないんやないか。
て、頭のどこかでそう思ってた。
もうそろそろ、ばあちゃんは、居なくなっちゃうんじゃないかって。
思う度に打ち消して、でも、その時は唐突に来た。
もう…ばあちゃん家に、ばあちゃん居ないんだね。
そう思うと、これからも今も少し寂しいよ。
お葬式もお通夜も県外で行くことはできなかった。
LINEのビデオ通話で、お通夜の前にばあちゃんの顔だけ見れて。
もっと電話すればよかったなぁ。
て、泣きながら話しかけて。
ばあちゃん、ありがとうね。
て何度も言った。
しんどかったやろう。ずっと。
ばあちゃん我慢強いから、本当に、一人暮らし大変やったやろう。キツかったやろう。私だったら耐えられんかもしれん。
すごいと思う。本当に、ばあちゃんは生き抜いたんや。と。
子供の頃に食べた、お稲荷さん。
具が沢山入って大きな豆が入ってて、ばあちゃん料理上手で沢山作ってみんなに振る舞って。
どこのお店にも売ってない。本当に美味しい稲荷寿司やった。
おでんにはゴロゴロとでかい親芋が入っていて、胡麻豆腐に、こんにゃくに、茶碗蒸し。
ばあちゃんは本当に昔料理上手で、出てくる料理は本当に忘れられない味だった。
もう、手や身体が悪くなってもう10年以上ばあちゃんの料理なんて食べてないのに、ふと思い出して。
昔その事をばあちゃんと話した事まで思い出す。
あの時のばあちゃんの料理、本当に、美味しかったなぁ。
て言った時、
ばあちゃんは、もう身体が悪くてみんなに作られんのや
て少し寂しそうに言ったのも忘れられん。
昔のいろんな思い出が、この数日で何度も思い出されて。
何度も何度も泣きながら。
ばあちゃんありがとうね。
と何度も何度も思った。