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虹色の花

ヘミシンク日記始めます。
ヘミシンクの感想、ガイドとの交流を書いてます。

このブログは・・・。

基本的にヘミシンクを聴いた感想を書いています。ゲートウェイ6巻セットは2011年1月に購入しました。初心者なため、妄想全開な内容の記事等あるかもしれませんが、記録の為に一応書いてます。

昨年12月15日の記録 ☆責任感

2018-01-27 17:11:01 | 日記

ヘミシンクの記録
昨年12月15日に記録していたもの。



ふとした時に、
光る発光体の宇宙人がガイドになった姿(?)として、ドロッセルというキャラクターが出てきました。

この辺説明しにくいですが、結構デカめのブロックがある人が出てきた場合、
それを解消した姿というのも同時に出てくる事が多いんですわ。

んで、私の場合は、

ブロックがある人格と
そのブロックを既に解消して、ガイドっぽくなってる人格の違いを感じて。
解消する方向に持ってく感じなのかなーて思ってるんだけど。

出てきた光る発光体宇宙人が、まったく話そうともせず、故郷への哀愁とか、悲しみとかがほんのちょびっと。
感情的なものも殆ど感じなかった為。

あれから放置してたんですけども。

今日ふと、またこのドロッセルが出てきました。

ディズニーではあるものの、かなり異色のキャラクター。本編は2分の短編が何個も続く、ギャグが多めのロボットCGアニメ。

簡単なあらすじはこれ。
——————-
メルクール暦48650年。地球ともそうでないとも明言されない惑星において、4万8千年以上前にイルカや猿、鳥といった野生動物とそれを含む自然環境は壊滅し、人類は自らの統治をロボットに委ねていた。しかしロボットはやがて貴族化し人類はそれに抵抗を見せ始め、人類の軍隊とロボット貴族との戦争はすでに2万年に及んでいた。


ドロッセルの父である故フリューゲル公爵は人類との共存を望みながら道半ばにして没する。残された一人娘ドロッセルはお屋敷のデータベースと執事ゲデヒトニスから人類とは、生命とは、そして貴族としての矜持と使命とはなにかを学びつつある。しかしお屋敷の外に一歩も出たことのないドロッセルはそのどれにもはっきりとした答えを見つけることができない。

——————

んで、一応、ガイドとして出てきたっぽい彼女に話をしてみたんですよ。

ドロッセルという姿がフィルターだとしても、私にこの姿で伝えたいことはなんだろう?

そんな視点でぼーっと会話してたらですね。



ドロッセル「セキニンカンよ」

私 「責任感?」

ドロッセル「そう、セキニンカン。彼女が目を開くのを拒む理由があるとするなら、それね」

私「なんで責任感でそうなるのよ」

ドロッセル「その瞳が兵器であった頃、その視界に見えた全ての凄惨な出来事が私の責任だと感じた。その記憶を今でも引きずっているの。もう兵器ではなくなった今も。」

私「そんなの、望んでやってた訳じゃないでしょ」

ドロッセル「望もうが望みまいが、こうなってしまった。という出来事は変わらないわ。だから感情は無くなりかけても、それだけは残ったわ。それが責任感という名前のブロック。彼女の今の姿よ」

私「普通は責任感て良い言葉に聞こえるのに、ブロックなんだ」

ドロッセル「過剰な責任感は、ただの強い意固地で自分勝手な思い込みよ。今はもう兵器でなくなっているのに、目を開く事も拒み、世界を観る事を拒否している。
セキニンという名の盾を手にして、自分の所為だと全てに目を瞑るの」


ものすごく漠然としたイメージで、
前にこの光る発光体がブロックの象徴として感じられた時に、
自分の目から沢山の糸が伸びて、連なるように過去生(?)の記憶みたいなイメージが次々と見えた事があったけど。
これは、もしかしたらこの沢山の連なる過去生らしきものをひっくるめて解消する為に起こってた事なのか?と思った。

もしかしたら、責任感(またはカルマやブロック)から、自分が悲惨な目に合うのを望んでいる過去生もあったのかもしんない。わたしにはわからない部分で、それを望む自分というのがいたのかもしれない。

そして、たみえさんのセッションで、見たくないもん観るの辛い。
ていうブロックの中に、赤ちゃんの時にお母さんの顔を見て、無表情だったのを自分の所為だと感じた
というのがあったのだけど。

これだって、よくよく考えたら、自分の所為だと感じるのって、変だよね。
そう思う人も居て、そう思わん人も居て。でも、私は無意識にそう思った(らしい)
自分の記憶にない部分で無意識にそう思うブロック。

それって、責任感という名のブロックなのかもしんない。

目の前に起こる事が、自分の所為じゃないのに、自分の所為だと強く感じるブロック。

それが転じて、見たくないもの観るの辛い。

になるんじゃねーの??

目の前の出来事は、
自分とは無関係で、自分の責任とは関係ない。という視点で見たら、辛いという風にはならんわなぁ。
または、責任感という気持ちが過剰じゃなければ、線引きも出来るわけで。


そんで、ドロッセルが出てきた理由もちょっとわかったんですよね。
このCGアニメの設定が、二万年人類と戦争している機械のお話なんだけど。

ドロッセルは唯一、人類との共存を目指してるんですよ。
ものすご重たい設定と、責任を背負ってる筈なのに、アニメの中ではゲデヒトニスとの掛け合いや、ギャグとトンチンカンな会話ばかり。笑

でも、あれくらい軽くなるのが理想なのかもな。て思ったんです。


続く