不思議な事に、物語を書くと本当に解放されるのか、なんなのか。
感情のグラグラはストップして、落ち着いてくるし、体調も良くなるので本当に毎度不思議なんですが。
ホッとするのも束の間。
新たなる飛王シンクロが先日来ましてね。
そんで、そのシンクロと共に、初めて、ガイドとしての飛王の気持ちというか。想いに気がつきました。
いやー。過去生のフェイに振り回されっ放しな割りに、お店の飛王て、全然喋らないし、存在感薄いからサー。
本当にガイドなのかな?とか疑ってたんだけどね。
そして、その想いに気がついた後に。
お風呂に入っていたら、
魔法使いから言われました。
「彼(飛王)は、キミが感じていた、身体を護る守護者という、そのままの役割さ。だが、キミは彼がどうやって私を守るのかと、いまいち、ピンときていなかったみたいだけどね。
彼は身体そのものだよ。
例えるのなら。
ボクが上からキミに指示をしている天の役割なら。
彼は、下から君を支える地。
キミの上から、ボクは常に、水を流しているとしよう。
それをキミが受け取りたいと思うならば、その水を受け取れる器が必要になる。
手のひらだけで受け止め続けているならば、水量が増した時、どうなると思う?
彼は、その水を受け止める、器さ。
そこに、作品にエネルギーが込められているのかどうか、は関係無い。
これはキミ自身の、容量、キャパシティの器さ。
キミ自身が、ボクの想いやエネルギーや、インスピレーションを受け取り形にしているように。
それを、受け取れるだけの器の大きさが必要になる。
それが、飛王という彼の役割でもある。
」
そんな感じの事を言われて、そうか!わかった!!ていう気持ちになったんだけど。
今やってる、飛王の過去生の解放的な事は、その器の傷を埋めたり、広げたり、直したりする作業のようなもんで。
直接的に、現実的に身体を鍛えるとはまた別の、精神的な部分で、身体に作用するものなのかもしれない。
と、思いました。
というのも、私はもともと、身体の不調ってすごく多くて。
そのほとんどは、身体が弱いからではなくて、なんだか良くわからないけど不調になってしまうだとか。
病院で調べても特に異常はないけど、身体が痛いとか、腱鞘炎が一年も治らなかったりだとか。
手湿疹が何年も続いたりだとか。
そんなことばっかりで。
太極拳で随分と改善したものの、なんだか色んなことを根本的に諦めてた。
何かをすることを諦めてたんじゃなくて、身体そのものに、諦めみたいな感覚があったというか。
だから、飛王に向き合うのが、怖かったのかもしれない。
そして、ガイドの飛王に対して、存在感が薄いと感じていたのも、そりゃそうだ。
うまく言葉にできないけど、自分の身体に対して、個性や存在感を感じにくいのと同じで。
飛王とは、便宜上、肉体そのものではないものの、かなり私の身体に隣接している存在なんだろうと最初から思ってた。
なので、過去生風な感情が浮き上がるって事は、私の身体の不調と直接リンクするものだったり、無意識で気がつかない所で、身体がストップをかけていたりするのかもしれない。
昨年、私が。
魔法使いの過去を思い出して。
アルバートのリトリーバルした時に、刹那的な頑張りは辞めて、なるべく長く続けられるようにしよう!
と、初めて自分の中で深く、決意できたように。
魔法使いというのは、基本的には、深い部分での志だったり、想いだったり、心に直接作用する感じなんだけど。
飛王のリトリーバルとは。
たぶん、その長く続けていこう。という決意を実行できる、身体に作用するリトリーバルになるんだと思う。
どんなに、強く思ったとしても。
実行するのは身体で。作るのは私の手と肉体で。
太極拳や、筋トレなんかで直接的に鍛えてはいたけれど。
精神的な気持ちや思いで無意識にストップをかけていたり、過去生のトラウマ?だったりが、身体にストップかけていて進めない事だってあるのかもしれない。
それを、解放しろって事なのか?
と、気がつきまして。
やっぱ、すげえ意味はあるのかもしんないなー。
とか思いました。