新潟久紀ブログ版retrospective

病院局総務課6「黒字化の戦略と達成(その3)」編

 私の着任当時は孤軍奮闘の様相であったが、院長との意見交換や収支改善シミュレーションの作業を自ら展開していくと、本局しかも事務方による経営改善への関与が現実味をもって理解されていき、高みの見物を決め込んでいた同僚達も関心を示してベテランならではの助言などをくれるようになってきた。そのおかげで、不見識な私の発案による絵に描いた餅のような机上の空論的な収支改善策が修正され、実効性の高いものへと置き換わり、シミュレーションの精度も上がっていくので有り難かった。病院局に転入してすぐに前のめりに口先で騒ぐようなことをせず、黙々と作業を続けて自分なりに仕上げた資料を同僚から吟味してもらうという地道な行為を続けた賜であったと思う。
 相当難度の高い取組まで実施しないと黒字には向かえないものの、一方で、黒字化の暁には機器機材購入の自由度が上がるという収支改善シミュレーションをもって院長達に改めて経営改善を訴えたいという私の提案を病院局長から了解いただくと、改めて、各病院の院長面談の行脚を始めた。
 黒字化の先に欲しい機器が待っているとはいったが、その黒字に至るまでは逆に高額機器購入等の投資は押さえて当面の借金の抑制と返済の圧縮を図るという対策を基本としなければならないという構図のシミュレーションとなっていた。将来のために今を我慢するというのは苦しい家計なら当然のことなのであるが、貧乏所帯であることがあまりにもあからさまだと、国家資格でどこでも仕事ができる医師達に逃げられてしまう。当時、公立病院の経営改善のための一時的な財政負担への資金手当とできる退職手当債という制度があったので活用し、不良債務が生じるすれすれのところで医師達が不満ながらも納得できる最低限の機器投資にも対応した。また、当座の財政負担の平準化のため機器のリースも導入した。リースは総額としては高額にはなるのだが、収支改善まで凌いでいくためにあらゆる対策を講じた。正に紙一重のファイナンスだった。
 当面は医師ら現場の我慢をお願いする収支改善のプランと、くたびれた機材に不満続出の医師に板挟みになっている院長からは、しばしば電話で苦情や苦言が私のところに来たものだ。夏も終わり頃のある日の夜8時頃であったか、県庁舎で残業していると某県立病院院長から私に電話が入った。「あんたのおかげで患者が死ぬかもしれない」というのだ。聞くと、「古い手術機器を我慢して使っているが、急患でこれから手術というときに故障してしまった。どうしてくれるんだ」という。機器の新古に拘わらず不具合というのはあり得るもの。機器メーカや近隣の病院からの貸し出しを受けるなどこうした場合の対応は院長自身よく承知している筈だが、どうしても日頃我慢を強いられている鬱憤を私にぶつけないではいられなかったのだろう。院長は言うだけ言って電話を切ってしまったので、私はまだ在院していた現場の幹部職員に電話して対処を確認すると「近くの総合病院から貸し出してもらえるので間に合う」という。一先ず安堵のため息が出た。この一件が原因で患者が亡くなったなどということになれば、さしもの厚顔(?)の私とて眠れなくなるところだった。
 果たして苦労の結果は如何に…。20億円を超える赤字が毎年のように続いていた県立病院会計は、本局の司令塔としてのリードと何よりも病院現場の努力により、収支改善の取組から僅か3年目に24年ぶりの黒字決算へと大転換することができた。実は、これには大きな外的事情もあった。診療報酬のマイナス改定続きによる収益の目減りが赤字を続かせ膨らませる大きな要因の一つであり、この基調の下ゆえに機器等の投資抑制をはじめとした費用の節減を黒字化に向けた大きな柱にしてきたわけだが、国の政権交代を背景に診療報酬が久しぶりに大きくプラス改定されたのだ。少し乱暴に言えば、昨日までと同様の医療行為をしていても一方的に収入単価が上がるわけだから、民間も含めて病院経営者は国家の政策に翻弄されるばかりである。
 県立病院の24年ぶり黒字化を、診療報酬プラス改定という「神風のおかげ」と一言で済ませる向きもあるが、その"神風"が吹いても全国的に公立病院の皆が黒字化した訳では無い。県立病院の現場をはじめとした職員達が我慢に耐えて経営努力を重ねる下地を作っていたからこそ達成できた黒字であることとその精神を先々忘れずに引き継いでいきたいと私は切に思った。

(「病院局総務課6「黒字化の戦略と達成(その3)」編」終わり。「病院局総務課7「資金手当債の活用と国担当とのトラブル(その1)」編」に続きます。
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