昨日、自分はこのブログというか日記に、太古の西洋にみられる「性」の事について書いたが、何も自分は、いかがわしい事を書いたのでは無い。
そうではなく、今日、西洋、といえば、すぐにキリスト教、という宗教に直結するが、そう成る為には、多くの道のりを経てそう成った、という事について、述べたかった。
何も、ヤハヴェ、という一神教が、もともとの西洋人、コーカソイドの神、では無く、ミトラ教の様に、忘れ去られた宗教もあったし、今日の西洋のヤハヴェ一神教は、もともとはそうでは無く、新しい文明を推し進めて行く為に、必要とされた強力な宗教原理であった、という事について、述べたかっただけである。
それに加えて、ミトラ教の「ミトラ」が、日本で「弥勒」と成った様に、古代には西方世界と東方世界の繋がりが、シルクロードを経てみられた、という事にも、触れたかった。
例えば、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」にも、アプラクサス、というキリスト教世界とは異なる神を、一青年が追求する、という話にもみられる様に、ヤハヴェ一神教のみが、「もともと」西洋にあった宗教原理では無い、という事を如実に物語っている。
多くの人を治める為の強力な宗教原理として、キリスト教・ヤハヴェ一神教が利用されて来た、これは日本の鎮護国家で仏教が利用されたのと同じ事である、およそその様な事について、昨日のブログというか日記で述べたかったのであり、決して、いかがわしい事を書いたのでは無い。
以上、短いツイッターを書いておいた。
今はこの位にしておこう。
そうではなく、今日、西洋、といえば、すぐにキリスト教、という宗教に直結するが、そう成る為には、多くの道のりを経てそう成った、という事について、述べたかった。
何も、ヤハヴェ、という一神教が、もともとの西洋人、コーカソイドの神、では無く、ミトラ教の様に、忘れ去られた宗教もあったし、今日の西洋のヤハヴェ一神教は、もともとはそうでは無く、新しい文明を推し進めて行く為に、必要とされた強力な宗教原理であった、という事について、述べたかっただけである。
それに加えて、ミトラ教の「ミトラ」が、日本で「弥勒」と成った様に、古代には西方世界と東方世界の繋がりが、シルクロードを経てみられた、という事にも、触れたかった。
例えば、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」にも、アプラクサス、というキリスト教世界とは異なる神を、一青年が追求する、という話にもみられる様に、ヤハヴェ一神教のみが、「もともと」西洋にあった宗教原理では無い、という事を如実に物語っている。
多くの人を治める為の強力な宗教原理として、キリスト教・ヤハヴェ一神教が利用されて来た、これは日本の鎮護国家で仏教が利用されたのと同じ事である、およそその様な事について、昨日のブログというか日記で述べたかったのであり、決して、いかがわしい事を書いたのでは無い。
以上、短いツイッターを書いておいた。
今はこの位にしておこう。








