匿名希望者のブログ

日記の様に思いついたことを何とは無しに書いておく。

2018年10月6日土曜日、「アジア」という文化圏の中で様々な文物を謙虚に学んで来た。

2018-10-06 11:48:32 | 日記
短いツイッターです。


先日、自分は、グラフェナウアーのフルート、マリナーの指揮によるアカデミー室内管弦楽団による演奏で、モーツァルトのフルート協奏曲のCDを聴き、感激した。
この録音は1988年のもので、グラフェナウアーがまだ新進気鋭の若手フルート奏者として、華々しくデビューした頃のものであり、さすがツェラーとニコレの愛弟子である事を強烈にアピールしている美しい演奏である。

ところが、そんなCDに感激している自分自身に対して、(グラフェナウアーやモーツァルトといったって、所詮西洋のものではないか。お前は東洋人でろう、日本人ではないか。)という反省の様な心が湧きあがって、(よし、「雅楽」の録音を聴こう。)と思い、宮内庁楽部による演奏で、「越殿楽」や「陪臚」、「五常楽急」といった、すっかりご無沙汰している雅楽の講習会の教材にしたCDを聴き、機嫌を取り戻した。

考えてみれば、「雅楽」だってもともと日本のものでは無い。大陸の唐や高麗、ベトナム、から多くのものを受け入れて来た成果である。

日本はそうやって、「雅楽」ひとつをとってみても、「アジア」という文化圏の中で様々な文物を謙虚に学んで来た。そうして醸成されて来たものがたくさんある。

篳篥奏者で雅楽師の東儀秀樹さんが、NHKの「新シルクロード」で「西域」の方を取材し言っておられたが、「雅楽」には古代の西域の旋律も入っているそうであり、西域の民族楽器を手に取って、「これは篳篥の原型ですね。」と語っていたのが印象的だった。
西域とは、今の新疆ウイグル自治区や西アジアの所である。

「ほうれん草」の「ほうれん」なども、ペルシアの事である。

奈良、東大寺の大仏の裏側には、「葡萄唐草文様」があしらわれており、これも西域から伝えられた文様である。
国立博物館には、法隆寺正倉院所蔵の青い「夜光の杯」があり、「獅子狩紋錦」もあり、ライオンを狩っているのはペルシアのダレイオス一世である。

周防の大名である大内氏なども、百済の聖明王の子孫である事を誇りとして、本姓を多々良と名乗っている事はよく知られている。

以上、少々長くなってしまったが、ふと思いついた事を日記に書いておいた。

   今はこの位にしておこう。
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