短いツイッターです。
よく、自分は、インターネットやパソコンがわから無い自分が~云々、とこのブログというか日記に書くが、本当に自分は、デジタルな、バーチャルな世界、というものが嫌いで、ほとんど信用してい無いのである。
このブログというか日記もそうだが、これを書いて(?)いる自分は、あくまでも、デジタルな、バーチャルな世界、において、「液晶画面」に文字を書き連ねているに過ぎ無い。本当の自分では無い。
話が飛躍するが、こういうバーチャルなインターネットというものが急速に普及したのは、明らかに21世紀に入ってからである。
だから、インターネットという「液晶画面」を検索すると、つい昔では、想像も出来無かった様な話が、「液晶画面」上でまことしやかに語られているのである。
例えば、指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラ-だが、自分は中学生の頃からフルトヴェングラーのファンで、LPやCDを聴いていただけでは無く、フルトヴェングラーに関する本を本屋さんで購入し読んでいたし、図書館へ行っても本を読んでいた。
そんなフルトヴェングラーが、このインターネットというデジタルな、バーチャルな世界、においては、女性問題があった、フルトヴェングラーは女性を好んだ、隠し子が30人以上いる、挙句の果てには、フルトヴェングラーの演奏は、性行為を連想させるものだ、などという、考えられ無い事が、「液晶画面」上では、まことしやかに語られている始末なのである。
自分は、その様なフルトヴェングラーに関する事を述べた本は、ただの一冊も読んだ事が無い。
NHKのFM放送でも、その様な事を言う人など、聞いた事が無い。
だから、本当に、自分はインターネットやパソコンという、デジタルな、バーチャルな世界、が全くわから無いのだし、正直嫌いなのである。
以上、少々長くなってしまったが、ふと思った事を日記に書いておいた。
今はこの位にしておこう。
よく、自分は、インターネットやパソコンがわから無い自分が~云々、とこのブログというか日記に書くが、本当に自分は、デジタルな、バーチャルな世界、というものが嫌いで、ほとんど信用してい無いのである。
このブログというか日記もそうだが、これを書いて(?)いる自分は、あくまでも、デジタルな、バーチャルな世界、において、「液晶画面」に文字を書き連ねているに過ぎ無い。本当の自分では無い。
話が飛躍するが、こういうバーチャルなインターネットというものが急速に普及したのは、明らかに21世紀に入ってからである。
だから、インターネットという「液晶画面」を検索すると、つい昔では、想像も出来無かった様な話が、「液晶画面」上でまことしやかに語られているのである。
例えば、指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラ-だが、自分は中学生の頃からフルトヴェングラーのファンで、LPやCDを聴いていただけでは無く、フルトヴェングラーに関する本を本屋さんで購入し読んでいたし、図書館へ行っても本を読んでいた。
そんなフルトヴェングラーが、このインターネットというデジタルな、バーチャルな世界、においては、女性問題があった、フルトヴェングラーは女性を好んだ、隠し子が30人以上いる、挙句の果てには、フルトヴェングラーの演奏は、性行為を連想させるものだ、などという、考えられ無い事が、「液晶画面」上では、まことしやかに語られている始末なのである。
自分は、その様なフルトヴェングラーに関する事を述べた本は、ただの一冊も読んだ事が無い。
NHKのFM放送でも、その様な事を言う人など、聞いた事が無い。
だから、本当に、自分はインターネットやパソコンという、デジタルな、バーチャルな世界、が全くわから無いのだし、正直嫌いなのである。
以上、少々長くなってしまったが、ふと思った事を日記に書いておいた。
今はこの位にしておこう。








