Riang,Liang

Riangはマレー語で「陽気な」、Liangは中国語で「明るい」という意味!マレーシアから陽気で明るい話をお伝えします。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

多言語社会のマレーシア

2010-07-09 17:46:03 | マレーシアについて

皆様、ご無沙汰しています!

こちらは毎日慌しく、二人の腕白息子と大騒ぎで生活しています。
5月で2歳になった次男が幼稚園(保育園付き)に行き始めました。以前、長男が行っていた英語系の幼稚園で、どうなるかな?と思っていたのですが、
次男は一週間ですんなり慣れ、なんとまあ、私から幼稚園バックを奪い取り、「ママ、バイバイ!」もせず、ケッロッとした様子。
先生曰く、「泣いてる男の子の世話までしているわよ。」と。
英語も全然わかっていないのに、やっぱり2番目はそんなもんなんでしょうね。

 

長男は8月で4歳。1月(こちらの新学期)から中国語系の幼稚園に通い始めました。中国語系と言っても、英語、マレー語も勉強しています。日本の幼稚園は3、4歳でひらがななんて、まだやらないでしょうが、こちらは何と言っても言語多しのマレーシア。3,4歳にして宿題まであります。(また簡単ですが)こんなに小さくてストレスにならないかな?と思っていましたが、勉強のやる気というより、友達がいて楽しいようで、毎日、元気に通っています。

 

         


中国語系の幼稚園ですが、マレー人、インド人、韓国人まで通っているんですよ。マレー人、インド人の子供達はマレー語、英語にプラス中国語が勉強できるという理由で通わせているようです。長男のクラスメイトのインド人の男の子は英語、マレー語、タミール語をすでに話していているという話。彼のお母さんと話したところ、英語は両親と、タミール語はおばあさんと、マレー語はテレビのアニメで習得したそうです。彼の1歳年上のお兄ちゃんは同じ幼稚園に通い、中国語を話し始めているそうです。

 

最近、クアラルンプールに多いのが韓国人。長男のクラスにもいるのですが、子供達をマレーシアの学校に入れる人が大勢いるんです。その理由はアメリカ、イギリス、オーストラリアなどの英語圏の国に較べて、低価格で英語を勉強できるという理由。インターナショナルの学校に入れる人もいるのですが、英語と中国語が学べるという理由で中国語系の学校に入れる人が増えてきているようです。マレーシアで英語ができるようになれば、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの大学にも入りやすいですし、それにプラス中国語ができれば、ビジネスで成功できる!という理由なんでしょうね。
パパは韓国で仕事をし、ママと子供達はマレーシアで生活するというケースも多いんですよ。

 

ですから、日本語と英語と中国語とマレー語、いっぱいあって大変かな?なんて思う必要はないようです。子供は子供なりにそういうものだ!と思って成長しているみたいです。私も最近、長男と一緒にマレー語を勉強中。木を見て「Duri(とげ)があるから気をつけて!」なんて言ってます。     

 

                  

                   5月14日、次男の誕生日。お兄ちゃんに吹かれないように、

           早く、早く!!

   

       

 

 

コメント (5)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3歳、幼稚園に行くぞ!

2009-08-20 19:25:57 | 私事

長男が8月10日で3歳になりました。
なっといっても男3歳、わんぱく盛り。お昼寝もしたくない、遊び盛り。
午前中だけ、幼稚園に通わせることになりました。

 

長男が行っているのは英語系の幼稚園。メインは英語を使い、マレー語、中国語も子供に応じて使っています。
園長先生はオーストラリアとイギリスで幼児教育を勉強した中国系の女性。幼稚園の中もきれいに掃除されていること、先生たちが私よりも年上で子育て経験のあるお母さん達が多いこと、少し大きくなると、課外活動で老人ホームや孤児たちの養護施設を訪問するとのこと、それと、我が家から車で5分という近さで選びました。ちなみにお値段は12時までで、1ヶ月RM270(約8500円ぐらい)。

            

             

           

 

長男、行き始めは毎日大泣き。私が帰ろうとすると、服にすがりつき、幼稚園響き渡る泣き声が・・・・・。3日ぐらいは私も一緒に幼稚園の中で過ごしたり、ミルク持参で次男を連れて行ったり(1歳の赤ちゃんを連れて行っても寛容なのがマレーシアのいいところ)しましたが、私がちょっと離れると、大泣きに。

 

これではいかんと、すがりつかれる前に先生にバトンタッチ。毎日、大泣き、大暴れで、園長先生に「言葉がわからないのかもしれないわね。日本語を少し教えて。」と言われ、担任の先生に日本語を伝授。

 

マレー人の先生が「大丈夫!先生がここにいるよ。」と片言の日本語で長男に話しかけ。2週間で大泣きもストップ。先生方、ご苦労様でした。

 

最近は幼稚園に行く前は「いやいや」言っているのですが、行けば、楽しくやっているようです。
きらきら星の歌も英語で歌えるようになって、「Very,very」なんて使い始めました。少しは英語も進歩しているらしいです。

 

ここでお知らせですが、9月6日から1ヶ月帰国することになりました。冬に向かってインフルエンザがひどくなることを予測して、少し涼しくなった9月なら・・・・と思い、チケットを予約しました。腕白息子二人連れての帰国、飛行機の中、周りの人に毎回迷惑かけっぱなしで申し訳ないのですが・・・・・。

 

それでは9月、日本で会えるのを楽しみにしています!

 

           

          3歳の誕生日、「ハッピバースディ」が歌えるようになりました。

コメント (5)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1歳を迎えて

2009-06-07 22:11:54 | 私事

5月14日、次男の初誕生日。私はひいばあのお通夜、お葬式の為、日本に帰国することになってしまいました。初1歳の誕生日をお祝いできないのは心が痛みましたが、ひいばああって私、そして息子達。夫のWも「来年も再来年もお祝いできるんだから、大丈夫。」と。

 

私がいない間の一週間、毎日朝、夜の電話。義理の母とメイドさん(マレーシアは安くメイドさんが雇えます。)が二人の世話をしてくれました。夜はWパパが次男にミルクを。私がいなくて、皆へとへとだったようですが、何とかなったようです。

 

5月14日、Wもシンガポールに出張することに。13日に前祝いになりました。仲良くしてるおばさんがケーキを買って来てくれました。長男は覚えたての「ハッピーバースデー」の歌を披露。私は電話越しに「ハッピーバースデー」を一緒に。

 

17日、マレーシアに戻って来た私。もう一度ケーキを買ってお祝いになりました。そして、長男の「ハッピーバースデー」の歌。
久しぶりの家族団らんになりました。

私がいない間に次男は断乳をし、長男は夜泣きがあったようですが、少し、我慢を覚えたようです。見ない間に大人になった二人でした。

プレゼントのバイキンマンと。

                             頑張ってケーキを切るぞ!

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよなら、ひいばあ4

2009-06-07 20:38:23 | 私事

祖母の入院中、親戚達、地元の人達、私の友人達が毎日のように代わる代わるお見舞いに来てくれました。

私の小・中の友達やお母さん達までも、祖母のむくんだ足をマッサージしてくれたり、足湯をしてくれたりしました。看護士の友達は休みの日にも祖母の病院に足を運んでくれました。

 

そして、お通夜、お葬式は二日合わせて200人ぐらいの人が来てくれました。皆様が書いてくれたメッセージは祖母の棺に入れさせて頂きました。

皆様、本当にありがとうございました。祖母は本当に幸せだったと思います。

きっと天国で皆のことを温かく見守ってくれていると思います。

 

 

祖母の遺骨と髪の毛を少しばかり、マレーシアに持って来ました。

写真たての中に写真と一緒に入れています。

今朝、長男Yが「ひいばあ、お水どうぞ。」と自分の水をあげていました。「どうも、ありがとう。いい子だね。」そんな声が聞こえてきそうです。

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよなら、ひいばあ3

2009-06-07 20:36:03 | 私事

祖母は若い頃から、お世話好きで、困った人を見たら、助けずにはいられない人でした。

昔、うちの近所のお米屋さんの若女将がお姑さんにいじめられていると、その家に飛んで行き、近所の子が「高校の手続きをするのを忘れてしまったよ、おばさん、どうしよう。」という話を聞くと、その高校まで足を運んだり。

晩年は私の友人と話をするのが大好き。仕事のこと、恋愛のこと、結婚のこと、我が家は相談所でした。私がマレーシアにいる間にも、私の地元の友人は家に泊まり、私が日本に電話すると、「昨日、おばあちゃんが泊まっていけ、って言うから泊まったよ。」と。他には、私が台湾にいる間にも台湾人の友人は一週間、我が家に泊まって行きました。もちろん、日本語は少しできるだけで、ジェスチャーありでの会話だったようです。

とにかく、何でもありのおばあちゃんでした。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよなら、ひいばあ2

2009-06-07 20:33:42 | 私事

その後、マレーシアに戻って来て、父の携帯を通して、話ができたのは1回だけ。

 

良くなったり、悪くなったりが続き、58日、姉が病院に行きました。その日は具合もよく、姉と家に来てくれていたヘルパーさんとで、「いつ、庭にさくらんぼの木を植えたんだっけ?」と話していたところ「去年よ。」とおばあちゃん。その日、退院する方が隣のベットにいたようで、「あの人、足元がふらついて危ないから、よく見ていてあげて。」と姉に一言。かなり意識はしっかりしていたそうです。その後、「少し、疲れたから、もう帰っていいよ。」と言って、眠ったようです。そして、10日の日までそのままの状態で、意識を引き取りました。

 

私は510日の夜便で日本に戻りました。緊急だった為、Wと息子達は戻ることができませんでした。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよなら、ひいばあ1

2009-06-07 20:24:10 | 私事

510日、ひいばあこと私の祖母が他界しました。91歳。去年の冬頃から入退院を繰り返し、最後は脳梗塞でした。

 

3月21日から4月19日までWと息子二人を連れて日本に帰国し(W5日間)家族そろって病院に足を運びました。意識があまりない日でも、二人の息子達を連れて行くと、「かわいいねえ。」と話し始めたり、涙を流したり、歌を歌ったり、子供達が与える生きるエネルギーは本当に強いこと。

 

 

4月16日、祖母とゆっくり話ができたのはその日が最後、父と息子は病院の駐車場で待機。「おばあちゃん、もうすぐ私、マレーシアに帰るよ。おばあちゃん、早く良くなって、黒豆の煮方とか教えてくれないと。」「二人、駐車場にいるけど、連れてこようか。」「そうだね、ちょっと会いたいねえ。」と。

「最近、Y(長男)がもったいない、という言葉を覚えたんだよ。」「そうなの、生意気ねえ。」と、そんな会話が続きました

20日の日、私は1人で病院に。「おばあちゃん、明日、帰るよ。目を開けて。」その日は朝からあまり調子が良くない様子。祖母は「うんうん」とうなずくのが精一杯でした。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新年快楽・ライオンと鬼

2009-02-11 18:35:15 | 私事

新年快楽。明けましておめでとうございます。

 

マレーシアは旧正月、チャイニーズニューイヤーが終わったところです。二人の息子の子育てでなかなかゆっくりブログがかけず、年も明け、2月も過ぎてしまいました。

 

旧正月はクアラルンプールの親戚の家を回ったり、友達の家に行ったり、二人はたくさんの紅包(お年玉)を頂きました。


長男は2歳半、魔の2歳児、進行中。大好きな獅子をかぶり、踊る踊る。

 

             

 

やぱっり、大きくなったら、ライオンダンサーでアルバイトかな。


そして、次男、9ヶ月になるところ。ちょうど、ジャスコに買い物に行った時、節分のお面を発見。「鬼は外、福は内」をやりながら、家中、まめだらけ。
長男は「鬼、こわいこわい。」と対象に、にこにこ。
パパ鬼と一緒に写真をぱちり。

              

 

長男には「弟弟(ティティ)をいじめると、夜、怖い鬼が出てくるぞーーー」とお面を使って、おしおきしてます。

 

さてさて、来年のチャイニーズニューイヤー、二人はどのぐらい成長しているでしょうかね。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャラン・ジャラン

2008-11-15 14:54:49 | 私事

皆さん、本当にご無沙汰です。

今、息子二人は昼寝中、やっとブログが書ける時間が持てました。

 

次男が生まれて6か月が経ちました。9月には次男初帰国をし、長男、次男とも風邪をひき、ゆっくり日本を味あう前に3週間でマレーシアに戻ってきました。ですから、日本の皆さんにもあまり連絡をできませんでした。ごめんなさい。
実は今回の帰国は義理の母も一緒でした。義理の母も初日本でしたが、日本がとっても気に入ってくれたようです。「日本人はあんなきれいな格好をして自転車に乗るのねえ。」「日本人は歩くのが早いわ・・・・。」「おじいちゃん、おばあちゃんが皆、とっても健康ね。」などなど新鮮なコメントを聞きました。食べ物も秋の味覚を味わってもらって、何を食べても「おいしい!!」でした。「マレーシアに帰りたくなくなちゃった・・・・。」というコメントまで頂きました。

 

             

               次男、ジャラン ジャラン(マレー語 散歩)してます。
               頭はモスリムのマレー人女性のベール風?

 

14日で次男が6が月。母乳1本で生活していた彼も離乳食が始まり、長男が食べていると、「僕も僕も」と言わんばかり。日本から戻ってきて、5ヶ月をちょっと過ぎた頃、はいはいが始まり、今は、家中をめぐりめぐってます。
長男は弟ができて嬉しい気持ちも、嫉妬もあるようで、まだまだ複雑な気持ちを抱え日々生活中。Wパパが出張で一週間いない時など、かまってもらえないストレスで、私や次男をがじがじがじ・・・・・・と噛んだり、次男の上に乗っかったり、2歳ちょっとじゃ、手加減もわからないようで、仕方がないですね。最近は二人でおもちゃで遊んでいる時間も増えてきて、こちらは影から「けんかするなよーーー。」と覗いている状態です。

 

2歳の長男の自我が芽生えて、危険なこと大好き、いやいや病の魔の2歳児中なのでその分、6か月の次男のお世話は楽ちん。お腹が空いたとき、眠い時、つまらない時にちょっと泣くだけで、一人で30分ぐらい遊んでいても大丈夫。彼の性格なのか、魔の2歳児長男との比較の問題なのか、次男だからなのかはわからないのですが、皆が皆、「本当に手がかからないわねえ。」と。

 

とにかく、二人の世話で忙しく毎日を送っているので、次男が生まれて半年経ったのもあっという間でした。


今年も残りあと少し、寒い日本の生活を送っている皆さん、お体に気をつけて。また、ブログを見てくださいね。

              

                 ブロック遊びが大好き兄弟です。

コメント (3)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

満月

2008-06-19 16:44:18 | 私事

次男Yも6月14日で1ヶ月、マレーシアの華人は満月をお祝いします。兄Yの時と同様、親戚、友人にケーキ、赤い卵などを配り、夜は親戚だけでレストランでお祝いしました。

 

レストランで弟Yはグーグー寝ていたので、久しぶりの外での食事がゆっくりできました。主役はお休みタイムで楽しめたのか疑問ですが・・・?

 

満月まではベービーのお世話で来てくれていたJさんの薬膳料理を食べ、夜もJさんが添い寝をし、私は母乳をあげる時以外ゆっくり休みます。1ヶ月は体を休め、将来、婦人病にならないよう気をつけるのが華人の慣習です。満月を終え、Jさんは帰って行きました。Jさん、本当にどうも有難うございました。おかげですっかり元気になりました。

 

兄Yは1歳10ヶ月、弟の頭をなでなでしたり、うちわであおごうとしたり、おもちゃをあげたり、彼なりにお世話をしています。時には嫉妬もして、彼なりにお兄ちゃんの第1歩の始まりになりました。兄弟2人どう成長していくかが楽しみです。

 

            

             僕達、兄弟、これから宜しくお願いします!!

 

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする