100年前の「明治の三陸」写真帖 明治の大津波から復興した三陸の姿を伝える

明治45年(1912年)に刊行された「写真帖」掲載の岩手県三陸沿岸の貴重な写真や資料を順次公開

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VOL69  明治の三陸名勝22 「龍甲巖(岩)島」 (下閉伊郡田野畑村小本村)

2015-02-09 16:09:57 | 明治の下閉伊郡(現宮古市他)

「龍甲巖(岩)島」 (下閉伊郡岩泉町小本)

 

 龍甲巖(岩)は、岩泉町尾本地区の小本川の河口にある、三角形の巨岩です。この珍しい名前の由来には、アイヌ語のタッコ(小高い丘)に、龍神の甲(かぶと)に似ているのをダブらせて龍甲(たっこう)を当てたという説があるそうです。三陸沿岸にはこの他にもアイヌ語に由来すると云われる地名が各地にあります。

 さて写真帖撮影の当時から、景勝の地として知られていたようですが、現在の龍甲岩は頂きに松が大きく育ち、更に趣きが増して小本川河口のシンボル的存在となっています。但し撮影当時と違い、前回の島越松島同様に、陸から島まで防波堤を伸ばして、河川港を造成したので今では陸続きとなっています。この一帯も東日本大震災の大津波で防潮堤が壊れるなど甚大な被害を蒙り、現在復興工事が盛んに行われています。

龍甲岩でネット検索していたら、「水彩画fromいわて」というブログでこの龍甲岩を描いた水彩画を見つけ、作者工藤哲郎様からご了解を頂きましたので下記に掲載します。

 

 また本ブログの明治の学校シリーズ「VOL41小川尋常高等小学校」に、工藤様のモミジの水彩画もアップしました。

 

「明治の三陸博覧会」記念写真帳とは?

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