100年前の「明治の三陸」写真帖 明治の大津波から復興した三陸の姿を伝える

明治45年(1912年)に刊行された「写真帖」掲載の岩手県三陸沿岸の貴重な写真や資料を順次公開

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VOL78  明治の三陸の産業2 「宮古足踏製糸場」 (下閉伊郡宮古町)

2015-04-30 16:58:03 | 明治の下閉伊郡(現宮古市他)

「宮古足踏製糸場」下閉伊郡宮古町/現宮古市)

 

明治末期の三陸は「座繰足踏式製糸」が主流

「座繰」の製糸は、江戸後期に普及した製糸の方法で、釜で煮た繭から糸を手で繰り出していた「手繰り」に代わり、釜から繰り出した糸を歯車仕掛けの糸巻き枠に掛けてハンドルを回して巻き取る方法です。最初の頃は手で回していましたが、改良を重ねて、明治初期に、足踏みにより車を回転させて糸枠を動かし、両手が自由に使えて作業効率が格段に上がる「足踏み式座繰器」が考案され、器械式は高価なことから、昭和初期まで地方の小規模な工場などで活躍しました。

写真は、宮古町にあった製糸場の風景ですが、小規模とはいえざっと60人を超す女工さんが働いていたようです。場所は残念ながら特定できていません。

因みに当写真帖の付属資料によれば、明治44年当時下閉伊郡には、足踏式座繰の工場は20カ所あり、台数は475台、生産量は1200貫(1貫=3.75㎏)≒4,500㎏とあります。

 

 

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