夫と死別した元乙女のブログ

突然の末期がんの宣告、なんの心の整理もつかぬ間に夫は旅立った 最後に着ていたシャツの汗の重み、痛みと無念を忘れない

夫から自立しよう と思う (そんつんさんへ)

2019-04-21 16:29:51 | 死別


夫が死んでからの2年数ヶ月、
私はすっかり、40代で夫を亡くした妻 になっている
私自身が夫を亡くした人、それが私のすべて
そう思って、それでいいと思い、
時にはあえてそれを強調さえしている

「夫が急に死んだので」

この言葉は時々、水戸黄門の印籠のように
ものすごい威力を発揮する

あまり親しくないご近所さんとの(仕方ない)立ち話
旦那さんや子供の愚痴文句を言い続ける人
役所とか金融機関、警察、病院など
事務的に(時に非常に冷たく)対応され
相談したくても出来ないような時

「夫が急に死んだので」

この一言で空気が良くも悪くももがらっと変わる

旦那さんの愚痴をたれまっくってた人は
一瞬ハッとして、「大変だったわね」と
一時的には同情し、周りにいた人は 旦那や病気の話題を
出さないようにって合図が一瞬で行き渡る
非常に事務的な役所や警察では
奥からベテランぽい人が来て、話を聞いてくれ
本当は〇〇だけど、△△の方がいいと思いますよ と
教えてくれたこともある
堂々と横入りもさせてくれた事さえある

この2年以上、私は「夫が死んだ」という印籠を
使いに使ったと思う

水戸のご老公のようにみんなが、ははーと地面におでこをすりつけることはないけど
きっとそれに近い、特別感、優越感(この言葉はかなり異常なのはわかる)
がきっとあった

これを見せたら、たいがいは同情し、嘘でも心配し
「夫に死なれた気の毒な奥さん席」という優先席に
最優先で案内される

そしてそれを私はある意味当然のように思っていると思う
この印籠を見せたらなんとかなる

だってそのくらい私は気の毒で、可哀想で、悲しい 人間だから

自分自身でそう思っているんだと思う

同情は嫌、可哀想と思われたくない、不幸なんかじゃない
と強く思ってるにもかかわらず
実は印籠を見せ続ける
なんてずるいのだろう
言ってる事とやってる事が違うじゃん

結局は今でも私は死んだ夫に依存してる
「私」ではなく「夫に死なれた妻である私」として生きている

これっていいの?
よくないんじゃない?
死んだ夫を忘れる事とは全く違う

物理的な世界では夫はもういない
なのにいつまでも夫から自立せず
いつまでも印籠頼りにずるく生きている


何かあれば私はすぐ夫からの合図を探す
場合によってはミディアムさんの力もかりた
実際、それで何度も心から救われた

でもそれを頼るだけだときっと私は自立できない

夫からの目に見えない合図やサポートを信頼して
でもそれ以上に自分自身を強く信じて
意志をもたなきゃと思う

もう印籠は捨てようと思う
もう夫から自立しよう

姿は見えないけど、夫はいつもそばにいるんだから
私の想いも夫にはずっと通じているはず


私は夫が死んだけど
可哀想でも、気の毒でも、不幸でもない
そう言い切るためには
夫が死んだ事実から、自立しなきゃいけないんだと思う
夫に死なれた妻 である私 から、
「私」として自立しなきゃいけないように思う

向こうで夫に逢った時、
本当によくやったね
そう言ってほめてもらいたいんだ




*そんつんさま

はじめまして。
ブログを読んでくださりありがとうございます。
「自立」という言葉がふさわしいのか本当は良くわかりません。
ただ夫がいてもいなくても、自分自身をしっかり持っていたい
と思うようになりました。
わかってくださる方がいて嬉しく思います。
どうぞ心の中の奥さまと一緒に、お身体を大事に
お過ごしくださいませ。 元乙女

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1 コメント

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Unknown (そんつん)
2019-04-22 07:44:30
おはようございます、はじめまして。
いつも拝見しております。

今日のブログを読ませていただき、
あまりにも自分の心情と同じで、
コメントせずにはいられませんでした。

妻が旅立ち、今日で2年10ヶ月、
わたしも妻から自立したいと思います。

ありがとうございました。