ナミダアメ／最後の日

そしてやって来た最後の日
午後から涙雨になった

♪辛い別れに泪雨
♪胸がしぐれて雨になる
♪胸がしぐれて雨になる



あと少し残っていた資料のファイルを
相方に譲る物の他は
すべて処分した
最後に処分したのは
日々付けていた覚え書きのファイルで
私の７年半が詰まっていた

昼休み
休憩室の小さなテーブルの上は
異動する人と退職する人が
持って来た菓子でいっぱいになった

最初は食べるものかと思った
静かなる暴君の持って来た菓子を
苦々しい気持ちで勢いよくかじると
意外においしくて笑ってしまった



夕方
時間が来て
首輪をはずされ
野に放たれた

今までこの職場から
何人もの人を送り出してきて
いざ自分が去る時には
送別会もなかった
やりましょうという声への回答は
できない だったらしい
静かなる暴君のイケズな計らいか
自分が采配を振って切ったんだから
できなくて当然か

静かなる暴君は
通常の異動の範囲外から
期間限定でやって来た人だった
本来は当たらないはずの人だった
不運だった

その人の下でなければ
その人が采配を振ったのでなければ
結果は違っていただろう
結果が同じだったとしても
もっと納得できただろう



あまりに寂しく無念な気持ちを
最後に文章にして
総務の人に送ってみたが
あたりさわりのない
さらりとした返答があっただけだった

所詮非正規なんて
最後は捨て犬同然
退職金もない
犬だって捨てられる時は
段ボールに餌を入れてもらうのに


（ワタシ鬼でもなければ犬でもありませんよ）

文章を送る前に
相方に読んでもらったら
相方はその文章が欲しいと言った
くじけそうになった時に読んで
私の分もがんばるからと



少しずつ持ち帰ったはずの私物が
最終日にもまだたくさん出て
相方の車で家まで送ってもらった

相方の家とは正反対の方向で
近くもないのに
忙しい時間を割いてくれたことが
もらったプレゼント以上にうれしかった

雨は降り続けていたけど
雨あがりに虹がかかったような
幸せな気持ちになれた

新年度から
初めて賞与が出るようになる予定だった
月単位で制限されていた出勤日数が
年単位での平均を取るようになり
待遇が改善される予定だった
その直前に
長年貢献してきた者を
無下に切り捨てた

この無念は
この後も何度もぶり返して
私を苦しめるだろう
そんな時は
今日のこの幸せな気持ちを思い出して
がんばろうと思う

イソヒヨドリ／最後から２番目の日

今朝も通勤途中に
青空のどこかで
イソヒヨドリの鳴くのを聞いた
昨日の朝も鳴いていた



イソヒヨドリは
よく響く澄んだ美しい声の持ち主
たいがい
ビルの上や何かの高い所で鳴いていて
声は聞こえど姿は見えず

これは珍しく地面にいた時に撮ったもの
（かなり拡大してるけど）
つい最近撮ったつもりが
昨年11月の写真だった

背中は青みがかった灰色で
腹は暗いオレンジ色
大きさはふつうのヒヨドリぐらいだけど
少しずんぐりした印象



今日は最後から２番目のだった

先週ぐらいから
挨拶をするべき人には
挨拶をしてきた
今日も１人 古くからの顔なじみの人に
退職することを伝えたら
「おめでとうございます」
だって



違うと言うとその人は
セクハラしてすみませんと
冗談めかしてあやまった

ああ言えばこう言うその人に
困らされたこともあったけど
付き合いが長くなるにつれ
ああこう言う心情も汲めるようになって
うまく付き合ってきた





それにしても私
まだ見えるんだな
寿退社するように

その言葉自体
すでに死語だと思うけど



ビルのトイレや廊下で顔を合わせる
他社の人に
うちで働かないかと声をかけられた
社交辞令かと思ったら
さらにグイときて電話番号を聞かれ
ありがたいですけどと
慌てて断わった



残ってた休みを使って用事を済ませて
職場のあるあたりに戻ってくると
相方とプリンさんが
仲良く出てくるのが見えた

こうして
私を弾き出した輪は閉じられて
回り続けていくんだなと思った



帰ると
そろそろかなと思ってた物が届いてた



やっとシルバーになったのに
行けるかどうか
すっかりあやしくなってしまったな

ツバキ／最後から３番目の日

とある会社の玄関に咲いて
出たり入ったりする社員やお客さんの様子を
じっと見守ってるツバキがあるという

その記事を読んで
３月のはじめに散歩道で撮って
お蔵入り予定だったツバキの写真を
引っぱり出してみた

こういう形で
こういう色だと
サザンカかなと思っちゃう



でも確かにツバキ
素敵なお名前



赤いのも



ん？
プレイズの間違いでは？



賞賛という意味の
プレイズ（praise）かと思えば
ブレイズ

＂ブレイズオブグローリー＂で検索したら
プーマのスニーカーの次に
ジョン・ボン・ジョヴィのアルバム
『Blaze Of Glory』が出てきて
さらに調べると
＂輝かしい栄光＂という意味だった
なるほど



雄しべのかんむりが突き出たこの花が
１番日本のツバキらしいなと思ったら



異人さんだった



某社のつぶやきツバキを思わせる
白混じりのこの方も



異人さん



話は変わるけど
中山可穂の小説のタイトル
『ゼロ・アワー』は
バンドネオン奏者であり作曲家
ピアソラのアルバムタイトルでもある



ピアソラの音楽ってどんなんだろうと
例によって昼休みにスマホで検索して
最初に出た曲が「リベルタンゴ」

この曲を作曲した人だったんだ

ついこの前
さだまさしの生番組でも
さだまさしのヴァイオリンと
荘村清志のギターで演奏された



そして
小説に登場する猫の名前＂アストル＂は
ピアソラのファーストネームだったんだ

小説では
そこは説明されてなかったと思う
タンゴにまつわる名前だとはわかったけど

ピアソラといえば
アストル・ピアソラに決まってるんだな
ピアソラという人を小説で初めて知った
恥ずかしながら



今日は最後から３番目の日だった

別の部署の
私と同じく退職する人が現れて
暴君上司に挨拶して行った

その人も不本意ながら辞めていくのか
暴君上司は
いたわりねぎらう言葉をかけていた

その小声の会話を聞きながら
前にもこういう人いたなあと思った
自分の好きな人に対するのと
嫌いな人に対するのとで
態度が豹変する人

嫌うと決めた相手は
徹底的に嫌うタイプ

たまにはそんな人もいるだろうけど
管理職がそんなだと
きつい

きつかった



最近よく
財布を落とすか置き忘れるかする夢を見る
見つかりはするんだけど
クレジットカードが全部抜かれていて
カード会社に紛失の連絡をしなければと思うのに
連絡先がわからない
誰かがカードを使って
請求が全部私に来たらおしまいだ
と思う夢

プシュキニア／最後から４番目の日

どんつきの庭のそのまた奥の
池のある庭には
目立たないけど魅力的な花が咲く

いつの間にか
新しい花が仕込まれていたりして
ひそやかに咲いた花を
見つけたときは
宝探しの宝物を見つけた気分



この花はプシュキニア



シラー・シベリカと似てるけど
シラーはヒアシンス科で
こちらはユリ科
と 花の事典にある



プシュキニアという名前の
その響きから



この絵が思い浮かんだ

キューピッドとプシュケー



神話を題材にした絵だ

愛の神キューピッドは
美しい人間の娘プシュケーに恋をする
神と人間が愛し合うことは
禁じられていて
プシュケーがキューピッドの顔を見ることは
許されず
２人は闇の中で愛し合う

この映画の中に
その絵と神話が象徴的に登場する



前にも書いたように
映画は冬にはじまって
ラストで雪解けの春を迎える

♪ハレルヤ ハレル〜ヤ



今日は最後の週の
最後から４番目の日だった
もうすぐ去る職場は
窓からの明るい光に満たされて
せつなくなった

しかも今日は
ノージョウシデーだった



総務に問い合わせて
雇用保険の扱いがどのようになるか
教えてもらった

そんなことは
もうすぐ手続きをすれば
わかることだと思われたろうが

職を失い
収入を断たれる恐ろしさは
あなたたちにはわかるまい



冒頭の場面が
映画『レオン』を思わせるなと
思いながら読みはじめた『ゼロ・アワー』は
舞台が香港に移った

映画『恋する惑星』で使われた
重慶マンションも登場して
ますますおもしろくなってきた

最後の週のはじまり

ついに最後の週が始まった

総務の人が来て
書類を書いた



ああ これだ
とうとう私もこれを書く日が来た
と思った

何年か前に一緒に働いてた人が
こんなものを書いたと言ってた



その人は
契約更新を希望せずに
自分から辞めたけど

その人も
正規の人からパワハラされてた

管理職からのパワハラではなかったけど
私や相方よりもずっとわかりやすい
明らかなパワハラだった



パワハラの起こりやすい
環境なんだと思う



パワハラを受けてる本人から
気軽に相談できるように
窓口を示すべきだと思う

いや
広い意味での窓口は示されてた
でも
そんなところに相談しても
無駄だろうと思った
自分にパワハラしてる相手に相談するも
同然かなと思った



パワハラにしろ
非正規雇用にしろ
灯台もと暗し



それに
相談して事を荒だてれば
余計にパワハラされるかもしれない

子供のイジメと同じだ