羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

坐禅 ふたたび 十五日目

2019年05月24日 09時10分38秒 | Weblog

体操をしてからだをほぐし、坐禅を始めた。

吐く息を数回ほど数えるうちに、胸の奥からこみ上げるものがあった。

数えながらも感情をそのままにしていた。

すると涙がポロポロと頬を伝うのを感じた。

思い出すことがあった。

・・・・・昨日、母を連れて施設近くの公園に出かけたときのこと。

公園に入って間もない時に、二人の中高年女性に出会った。

見ず知らずの方だったが、公園では自然に挨拶を交わす習慣ができている。

ひとしきり公園内をまわって、噴水のそばにさし掛かった時、若い女性が母のそばに寄ってきて、ひざまづきなら話しかけてくれた。

話すうちに、帝京平成大学・児童学科・小学校特別支援コースに学んでいる一年生であることがわかった。

「共生社会・・・インクルーシブな社会に、大切な学びを選ばれたのね・・」

「はいッ、頑張りまーす」

嬉しそうに見送ってくれた。

そこからほんの少し車椅子を押すと、最初にあった女性二人が、椅子代わりの石に腰掛けていて、話しかけてくれた。

母は耳が遠くて、私が通訳をする。

「お元気そうですね」

「はい、おかげさまで」

母ははっきり答える。

一人の女性が手を差し伸べて、母と手と手を合わせてくださった。

その瞬間、彼女の目から大粒の涙がこぼれてきた。

「どうしたの」

母が心配そうに言葉をかけた。

とっさに隣に腰掛けていたお友達がいう。

「最近、お母様を亡くされたの。思い出してしまった・・・・」

また、通訳をする。

彼女の感情がより高ぶってきたのを感じた私は、右手をとって、左手も添えて、両手で彼女の心を包み込んだ。

何も言葉はかけられなかった。

だって、私にも覚えがある感情のふくらみだったから。

木々の間を抜ける風すら、気遣ってくれているような吹き方だった。

しばらくしてたかぶった感情が元に戻るのが伝わった。

目と目で、挨拶をしてその場を離れた。・・・・・・・

 

30分にも満たない公園での時間。

二十歳になるかならないかの若い女性の優しい気持ちにふれ、母を亡くしたばかりの中高年女性の寂しさに触れた。

母は瞬間瞬間に反応するだけで、すぐ忘れてしまう。

それでも、俳句的感情の交流がもたらしてくれた、えも言われぬぬくもりの刻を、共に過ごせたことは忘れ難い出来事だった。

 

坐りながら、吐く息を数え続けていた。

母はまだ生きている!

「耳は遠くてもいいんです。お元気で生きてらっしゃるじゃない・・・」

彼女の言葉が耳の奥でこだました。

出会った女性の涙の意味をもう一度、私は確かめた。

100回を数え終わっても、やめる気にはならなかった。

吐く息を数えないまま、しばらく坐り続けた。

坐禅 ふたたび 15日目の朝であった。

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