去る九月七日、演出家・竹内敏晴さんが亡くなったことをサジさんから知らされた。
死亡欄はあまり読まないのはいけないと思った。
そういう年齢に差し掛かってきたということに一抹の寂しさを感じた。
享年八十四歳。
野口三千三先生とは、或る時期、深いかかわりをお持ちになった方だった、と伺っている。
頻繁に西巣鴨の先生宅をお訪ねになって学び、彼のメソッドのほとんどは野口体操なのである。
そして出世作となった『ことばが劈(ひら)かれるとき』は、「竹内さん、あなたが書きなさい」という野口先生の強い薦めによって書きあげられ出版されたと聞いている。
思えば平成の変革期に一時代が終わった感がある。
平成であっても、むしろ実感として昭和が終わった今このときを、しっかり見定めて旅立たれたような気がしてならない。
個人的な好き嫌いは別にして、彼の‘身体’へのまなざしには、長いこと闇のなかで閉ざされていた‘ことば’との親密な関係を解きほぐす視点が定まっていたのだろう。
それは野口三千三との出会いなくして、‘身体’と‘ことば’は解き放たれ新たなフォルムを与えられることなく、彼の内側でいつの間にか消滅する定めだったのではなかろうか、と私は思う。
繰り返すが、昭和が幕を閉じ新しい時代が幕をあけた。
竹内氏の死を悼みお悔やみを申し上げたい。
合掌。
死亡欄はあまり読まないのはいけないと思った。
そういう年齢に差し掛かってきたということに一抹の寂しさを感じた。
享年八十四歳。
野口三千三先生とは、或る時期、深いかかわりをお持ちになった方だった、と伺っている。
頻繁に西巣鴨の先生宅をお訪ねになって学び、彼のメソッドのほとんどは野口体操なのである。
そして出世作となった『ことばが劈(ひら)かれるとき』は、「竹内さん、あなたが書きなさい」という野口先生の強い薦めによって書きあげられ出版されたと聞いている。
思えば平成の変革期に一時代が終わった感がある。
平成であっても、むしろ実感として昭和が終わった今このときを、しっかり見定めて旅立たれたような気がしてならない。
個人的な好き嫌いは別にして、彼の‘身体’へのまなざしには、長いこと闇のなかで閉ざされていた‘ことば’との親密な関係を解きほぐす視点が定まっていたのだろう。
それは野口三千三との出会いなくして、‘身体’と‘ことば’は解き放たれ新たなフォルムを与えられることなく、彼の内側でいつの間にか消滅する定めだったのではなかろうか、と私は思う。
繰り返すが、昭和が幕を閉じ新しい時代が幕をあけた。
竹内氏の死を悼みお悔やみを申し上げたい。
合掌。
音叉がある音で反応するように、人の体(細胞)が反応(動き)を引き出すこと(あるいはその逆)を、ご自身と他者とのかかわりの体験から母音と子音に徹底的に追及なされたように私は思えてなりません。 合掌。
お元気ですか。
竹内さんとは交流がなかった私ですが、一つの時代が終わった感じがするのは、なぜでしょうね。