羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

坐禅 ふたたび 九日目

2019年05月18日 09時24分50秒 | Weblog

こんなんでいいんだろうか。

今朝は、吐く息を数えながら、野口三千三のことを思っていた。

昭和19年、春、ふるさとを離れた駅は、前橋か それとも高崎か・

そして乗り込んだ汽車の中で、何を考え、何を後悔し、何に希望を見出し、どのような思いで東京の向かったのか。

 

11、12、13、14・・・・・吐く息を数える。

ここから戦後の「野口体操」が始まるのか。

終戦を前に、すでに野口体操の萌芽はこの汽車の中にあったのではなかったか?

 

17、18、19・・・・・25を過ぎる頃に、急に亡くなる一ヶ月前の出来事を思い出した。

真夜中のこと、ベッドの上に急に仁王立になってしまった。

膝を折ることができなくなった。

看護師さんと私が支えながら、座るようにと促すが、意識は宙をさまよっているようだ。

 

27、28、29、30・・・・・あの時、冷凍庫にチョコレートでコーティングされた一口チョコレートが入っていることを思い出したっけ。

37、38、39、40、41、42、43・・・・・・・。

 

私は先生の唇にアイスクリームを当てて、舌に乗せるように誘導した。

50、・・・・1、2、3、4、5・・・・・・50回を数えたら、1に戻ることにしている。

先生はかなりのスピーとでアイスクリームを噛んでくれた。

噛み始めたら、意識が徐々に地上に降り始める。

 

39、40・・・・・・

ようやく膝を折って、崩れるように座ってくれた。

 

42、43、44、45・・・・・・

静かに横になってもらったものの、しばらくすると痙攣が起こった。

 

46、47、48、49・・・・・・

医師が呼ばれて点滴が始まった。

50、これで100回である。

 

私はそこで脚をもどした。

坐禅の間、吐く息を数えながら、上京時へと想像力をめぐらせた。

するとどうした加減か、戦後を一気に飛び越えて、最期の先生を思い続けていた。

 

今、背骨は、坐禅をする前と全く違う。

今、すっきり立っているのである。

現実に戻ろう。

さぁー、朝日カルチャーレッスンのレジュメの印刷に取り掛かろう。。。。。。

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