羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

師走に、人の命の行方を思う・・・

2018年12月03日 19時52分20秒 | Weblog

12月9日に父の十七回忌法要をするために、早々と9月から始めた。準備はほぼ終わっている。

あとは、当日の段取りを最終的に詰めるために、明日は寺に打ち合わせに行くことになった。

寺は車椅子も可能なので、施主である母を連れて行く手はずも整えた。

そこで普段からご無沙汰の従姉妹に第一報を入れたのは、9月末のことだった。

その時、電話を取ったのが彼女の連れ合いの方だ。

正式なお知らせ手紙を出して、3日後に確認電話を入れたところ、お連れ合いの方が亡くなったのだと聞いた。

膵臓癌を患っていて、私が話をして2ヶ月ほどだったという。

最後に話を交わした時の元気さからは全く想像もつかない。

80歳を過ぎているのだが、しっかりした受け答えで、ただ驚くばかりである。

ごく内輪で葬儀をすませたとのこと。

そしてもう一人。

母の仲良し三人組の一人から6月に電話をもらった。

隣街に住んでいて、散歩がてら我が家を訪ねたけれど留守だったという。

ところが11月になった先日、喪中の手紙が届いた。

電話をもらって一ヶ月後の7月に亡くなったのだという。

すぐさま電話をすると、一人娘さんが出て「ピンピンコロリだったんです」とおっしゃる。

夕方、帰宅してお母さんが亡くなっているのを発見したのだという。

これといった病気はなく、買い物から帰ってきて、部屋に入って息を引き取ったらしい。

結局、直接の死因はわからなかったらしい。

その後、10月には三人組のもう一人のお友達も亡くなった、と聞いた。

同級生だから二人とも93歳の大往生である。

一人はこちらから、もう一人は先方からの電話で話をした二人が、会話して間もなく亡くなるとは、信じられない思いである。

母には、まだ話していない。

なかなか話し出せないのである。

「二人とも元気だったのに」という思いと、亡くなる二ヶ月前と一ヶ月前に、母に代わって私が話をする巡り合わせの不思議さをいまだに受け止められずにいる。

今回の法事では、父の回向だけでなく、母にとっては姪っ子の連れ合いの方、仲のよかったお友達二人、三人のご冥福を祈ってこようと思っている。

狐につままれたような気分でもあるけれど、十三回忌ができすに過ぎて、今年になって父の十七回忌法要をおもいたったのも何かの縁に違いない。

先月からこのかた、灌仏会の日に生まれた私には前世からの何らかのお役目があるのかもしれない・・・・と思っているうちに師走を迎えてしまった。

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