昨日、7時29分発JR中央線東京行きに乗り、新宿駅で乗り換え。湘南新宿ラインで大宮駅で、金沢行き新幹線に乗り換えて高崎駅へ向かい、そこで吾妻線・渋川行きに乗り換えて「群馬総社駅」下車。
凡そ1時間半で到着。
そこからぶらぶらと歩いて、野口三千三先生のご実家を探し、20分ほどで無事に到着。
そこまでの道のりで写真を撮りながら、さらに散策した。
庚申さまがあったり、小さな古墳の上に個人の墓が二基建っていたり、道祖神が思わぬところにあったり、と町は現代なのに片隅には時間を遡った遺物が残っている。
ご実家の周辺の家々には、立派な蔵があった。
引き返しながらの道で、犬と散歩をしている60代後半の男性にようやく出会った。とにかく車は通っていても人は歩いていない町だ。駅の周辺でも商店はないのだから当然かもしれない。
やっと出会った男性に「絹の里」の地図を見せて、行き方を教えていただく。
「群馬総社駅に戻ってタクシーで15分くらいですよ」
なるほど前橋まで行かずに西北に行った方がはやかった。
そのあたりは少だけ畑らしきものも残っているが、ぼちぼち住宅が建ち始まっている。
先生の実家より、少し榛名山に近い距離だろうか。
こじんまりとした館内に足を踏み入れた。
15、6名の団体の先客があった。その方々に紛れ込んで、養蚕の歴史について解説員の方の説明を聞きながら展示物を見て回った。
一通り見終えると10時45分に、そろそろなろうかという時刻だった。
受付の女性にバスの時間を確かめた。
「11時23分にありますから、もう一度、館内をご覧になったらいかがですか」
すると先ほど説明をしていた解説員の男性が、違った角度から説明をしてくださった。
それからバス停で時刻表を見て、びっくり!
「なるほど」
なんと前橋駅行きバスは2時間に1本しかない。
タクシーの運転手さんが呼び出し携帯番号を書いた名刺を渡してくれた意味に合点がいった。
待つこと数分で、ほぼ時間通りに「前橋駅行き」がやってきた。
30数分ほど揺られただろうか。群馬県庁で降車した。
立派な現代建築物の傍に昭和館を残している。
「絹の里」周辺には食事するような店は一軒もなく、県庁に行けば食事ができるという算段は正解だった。
昭和館の一階にあるレトロなレストランでランチをすませ、二階でやっている「NHK花燃ゆ展」を見た。
その中に野口先生が通った「群馬師範学校」の建物写真を見つけて写真を撮りたかったが断念した。
「師範学校の写真に出会えただけでもよかった」
展示を見終わって、出てくると「ご案内します」と書かれた看板を見つけた。
その後ろに男性と女性が椅子に腰をかけて待機していた。
迎賓館として建てられた「臨江閣」をボランティアの方が案内をしてくれる。ちょっと時間のことが気にかかったが、せっかくだからということでおねがいした。
話し振りから60代かと思しき女性が、道々説明を加えながら、前橋城のことや公園にある碑文について話しながら、館内へと向かった。
「今日は風もなくって、よかったですね。11時過ぎから吹きはじめて、夜中もすごいですよ」
「空っ風も体験したかったんですが、穏やかですね」
館内を一巡りして、前橋駅までの道順を教えてもらった。
途中に「煥乎堂(かんこどう)」という屋号の店で「上毛カルタ」が買えることを教えてくれた。
ここは文具・書籍・楽譜・楽器・ヤマハ音楽教室がある老舗のようだった。
ここで「上毛カルタ」を購入し、前橋駅に向かった。
2時56分発に乗って高崎へ。
自宅に帰り着いたのは、4時30分だった。
野口先生のご実家周辺のことは改めて書くとして、期待していった群馬の空っ風は吹かず、穏やかな日和のなか小さな旅を楽しんだ。
今回は、「富岡製糸場」には多くの人が見学に出かけるそのコースとはまったく異なって、かつて“養蚕農家”があった場所を中心に人里離れたところまで足を伸ばし、野口先生の生きた時代に思いを馳せた。
地元のタクシーの運転手さんとの会話。
「絹の里」での解説員の方の話。
「臨江閣」を紹介してくれたボランティアの地元の方の話。
群馬の養蚕を中心とした歴史や、幕末、明治から現在の有り様など、第一段階としては短時間に収穫が大きい一日だった。
これだけ迷わずにスムーズに回れたのは、きっと野口先生が見えない道を先導してくださっていたのに違いない。
帰宅してすぐに、母に報告した。
「野口先生はそんな田舎で育って、一所懸命に勉強して、東京でも苦労されて、偉かったわね~。聞くも涙の話だわ!」
90歳の母のことだ、いろいろな思いが浮かんでくるのだろう。ほぼ同じ時代を生きているわけだから、私よりも想像が具体的で、泣かせるような内容ではなかったのに、目を真っ赤にして聞いてくれた。
確かに、先生の努力は生半のことではなかった、と母の涙で一層はっきりと見えてきた。
「野口体操」、ほんとにほんとにご苦労なことでした。
おかげさまで101年目の締めくくりに、よき時間をいただいた。
いよいよ師走、この一ヶ月を大事に過ごしたい。
凡そ1時間半で到着。
そこからぶらぶらと歩いて、野口三千三先生のご実家を探し、20分ほどで無事に到着。
そこまでの道のりで写真を撮りながら、さらに散策した。
庚申さまがあったり、小さな古墳の上に個人の墓が二基建っていたり、道祖神が思わぬところにあったり、と町は現代なのに片隅には時間を遡った遺物が残っている。
ご実家の周辺の家々には、立派な蔵があった。
引き返しながらの道で、犬と散歩をしている60代後半の男性にようやく出会った。とにかく車は通っていても人は歩いていない町だ。駅の周辺でも商店はないのだから当然かもしれない。
やっと出会った男性に「絹の里」の地図を見せて、行き方を教えていただく。
「群馬総社駅に戻ってタクシーで15分くらいですよ」
なるほど前橋まで行かずに西北に行った方がはやかった。
そのあたりは少だけ畑らしきものも残っているが、ぼちぼち住宅が建ち始まっている。
先生の実家より、少し榛名山に近い距離だろうか。
こじんまりとした館内に足を踏み入れた。
15、6名の団体の先客があった。その方々に紛れ込んで、養蚕の歴史について解説員の方の説明を聞きながら展示物を見て回った。
一通り見終えると10時45分に、そろそろなろうかという時刻だった。
受付の女性にバスの時間を確かめた。
「11時23分にありますから、もう一度、館内をご覧になったらいかがですか」
すると先ほど説明をしていた解説員の男性が、違った角度から説明をしてくださった。
それからバス停で時刻表を見て、びっくり!
「なるほど」
なんと前橋駅行きバスは2時間に1本しかない。
タクシーの運転手さんが呼び出し携帯番号を書いた名刺を渡してくれた意味に合点がいった。
待つこと数分で、ほぼ時間通りに「前橋駅行き」がやってきた。
30数分ほど揺られただろうか。群馬県庁で降車した。
立派な現代建築物の傍に昭和館を残している。
「絹の里」周辺には食事するような店は一軒もなく、県庁に行けば食事ができるという算段は正解だった。
昭和館の一階にあるレトロなレストランでランチをすませ、二階でやっている「NHK花燃ゆ展」を見た。
その中に野口先生が通った「群馬師範学校」の建物写真を見つけて写真を撮りたかったが断念した。
「師範学校の写真に出会えただけでもよかった」
展示を見終わって、出てくると「ご案内します」と書かれた看板を見つけた。
その後ろに男性と女性が椅子に腰をかけて待機していた。
迎賓館として建てられた「臨江閣」をボランティアの方が案内をしてくれる。ちょっと時間のことが気にかかったが、せっかくだからということでおねがいした。
話し振りから60代かと思しき女性が、道々説明を加えながら、前橋城のことや公園にある碑文について話しながら、館内へと向かった。
「今日は風もなくって、よかったですね。11時過ぎから吹きはじめて、夜中もすごいですよ」
「空っ風も体験したかったんですが、穏やかですね」
館内を一巡りして、前橋駅までの道順を教えてもらった。
途中に「煥乎堂(かんこどう)」という屋号の店で「上毛カルタ」が買えることを教えてくれた。
ここは文具・書籍・楽譜・楽器・ヤマハ音楽教室がある老舗のようだった。
ここで「上毛カルタ」を購入し、前橋駅に向かった。
2時56分発に乗って高崎へ。
自宅に帰り着いたのは、4時30分だった。
野口先生のご実家周辺のことは改めて書くとして、期待していった群馬の空っ風は吹かず、穏やかな日和のなか小さな旅を楽しんだ。
今回は、「富岡製糸場」には多くの人が見学に出かけるそのコースとはまったく異なって、かつて“養蚕農家”があった場所を中心に人里離れたところまで足を伸ばし、野口先生の生きた時代に思いを馳せた。
地元のタクシーの運転手さんとの会話。
「絹の里」での解説員の方の話。
「臨江閣」を紹介してくれたボランティアの地元の方の話。
群馬の養蚕を中心とした歴史や、幕末、明治から現在の有り様など、第一段階としては短時間に収穫が大きい一日だった。
これだけ迷わずにスムーズに回れたのは、きっと野口先生が見えない道を先導してくださっていたのに違いない。
帰宅してすぐに、母に報告した。
「野口先生はそんな田舎で育って、一所懸命に勉強して、東京でも苦労されて、偉かったわね~。聞くも涙の話だわ!」
90歳の母のことだ、いろいろな思いが浮かんでくるのだろう。ほぼ同じ時代を生きているわけだから、私よりも想像が具体的で、泣かせるような内容ではなかったのに、目を真っ赤にして聞いてくれた。
確かに、先生の努力は生半のことではなかった、と母の涙で一層はっきりと見えてきた。
「野口体操」、ほんとにほんとにご苦労なことでした。
おかげさまで101年目の締めくくりに、よき時間をいただいた。
いよいよ師走、この一ヶ月を大事に過ごしたい。
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