羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

坐禅 ふたたび 三十五日目

2019年06月16日 08時32分54秒 | Weblog

わすかな疲労を感じながら、今朝は坐った。

ふと思いついたイメーは、坐っている自分のからだで包めるくらいの大きさ、ちょっと乱暴にすると破裂していまいそうな薄さで透明な玉(例えば、シャボン玉)を抱えている。その状態を保ちながら、呼吸を繰り返す。

雑に呼吸すると玉は壊れる。そこで静かに丁寧な呼気と吸気で行う、というもの。

コツは、股関節・鼠蹊部を緩める感じを持つと良さそうだ。

腕も丸い玉を抱えるように開いている。

呼吸もからだも腕も、すべてが丸のイメージだ。

これはいい!

 

ところが時間の経過の中で、腕が固くなるのを感じ始めた。

力は入れてない筈だ。

重さに任せている筈だ。

ところが二の腕が血流不足を感じ始めて、申し訳ない!と腕を軽く動かしてみる。

腕の付け根、次第に大胆になって胸郭の中を液体をイメージしながら左右に小さく揺する。

なんと、これが気持ちがいいのであります。

ハッと気づいて、動きを止め、最後の20回を数えて終了。

少しの疲労でも、からだは部分的にかたまっているところがある、ことを実感した。

ただ、坐ればいいって、もんじゃない。

坐禅の前と後の体操は、念には念をいれて、行うこと。

本日、得た教訓であります。

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