羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

スヌーズレン(Snoezelen)・・・・

2019年06月01日 16時48分48秒 | Weblog

これまでブログで書くたびに間違ってしまっていた「スヌーズレン」という言葉。

ようやく本日、その部屋に入って実体験したことで、間違わずにかけるようになった。

スヌーズレンとは、オランダ語の「スヌッフレン(クンクン匂いを嗅ぐ)」と「ドゥースレン(うとうとする)」を組み合わせた造語である。

重度の知的障害者を魅了する感覚刺激空間を用いて彼らに最適なリラクゼーション活動を提供する実践。またそのプロセスを通して構築されてきた理念でもある、とWikiにあった。

空間にキラキラと輝く揺れる光であったり、天井や床や壁に映像を映し出したり、多彩な色が交錯する空間に、音楽を流す。

母が入所している高齢者施設は、障害者支援施設も併設されていて、毎月送られてくる冊子で、スヌーズレンの部屋があることを知った。

そこで本日、母と一緒にその部屋を体験させていただいた。

初めてその部屋に入るという職員の方と、部屋について詳しい方、二人が一緒にきてくださった。

置かれていた大きめのウォーターベッドは、人気だそうだ。

私も寝そべってみたが、からだが様々な形に変形して、水と戯れることができることを実感した。

自分で動いているという感覚より、水に動かされるという感じだった。

母は、暗闇の中で筒状の透明円柱に水のようなものが入っていて、キラキラ揺れる星屑に「綺麗だー」と声をあげていた。

それは品川アクアパークで、光が落とされた部屋の中で、照明が変化する円柱形の水槽の中でクラゲや魚が泳ぐ姿に魅了されていたのと同様の反応を示していた。私自身も飽きずに何度も水族館を訪ねたくなっていたのは、スヌーズレンを体験できたからかもしれない、と施設の部屋で思い至った。

心地よい揺れ感の中で、細かなものが水に浮かびながら浮遊し、光を放つ。

人は、水と光で、癒されていくのかもしれない。

その上、音楽あり、香りあり、映像あり、生き物を思わせる浮遊感あり、からだを水に浮かべてゆらゆらと揺れる、となると幸福感に満たされるに違いない。

 

さて、朝の光が斜めから入る薄明かり・物音もしない中、静かに坐る刻の体験が二日間続いた。

私の中で、野口体操に通じる何かが見え始めている。

ただ、それが何なのか、まだ明確になっていないもどかしさがある。

実は、そのもどかしさを味わい、楽んでいるようでもあるのだ。

とりとめなく、書いてしまった。

考え続けよう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/スヌーズレン

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坐禅 ふたたび 二十二日目

2019年06月01日 10時00分25秒 | Weblog

今朝も蔵前の板敷の上で坐った。

ここは、なかなかいいようだ。

長軸が崩れにくい。

さて、本日は、2003年夏に患った「突発性難聴」右耳から耳鳴りが聞こえてきた。

耳鳴りを忘れて、すでに十数年が経過している。

静かな朝。

呼吸だけを意識の中心に据えていた時のことだった。

何千キロも遠くで鳴っているような、極めて小さな音であった。

吐く息を数えることはそのままに、意識を少しずらして、耳鳴りに聞き耳をたてる。

患った当初から数年間は、耳鳴りに悩まされ、苦痛であった。特に狭い部屋や、反響のきつい部屋、高音が刺すような楽器音等々。

それが今朝は、そのまま耳鳴りを受け入れている自分に気づいた。

症状が軽くなったこともあるかもしれない。そうした自分の状態に慣れた賜物だと思う。

慣れによる事故や、不注意は確かに問題である。

が、突発性難聴の耳鳴りに対する慣れは、生活のQOL維持には、福音をもたらしてくれた。

というわけで、本日も心穏やかに座ることができた。

よき発見の刻と相成りました。

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