羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

2007年06月23日 08時27分32秒 | Weblog
 入梅になったものの、しばらくの間、まとまった雨は降っていなかった。
 その日は、朝から雨模様だったが、昼過ぎには小降りになった。
 彼女は思い切って出かけることにし、雨対応の服装といつもより薄化粧で、めったにつかわないがお気に入りの傘を選んだ。
 JRから地下鉄に乗り換え、銀座駅についたのは2時少し前だった。
 A2出口を昇りかけてふと足を止めた。
「お香の匂いがするのね」
 湿度が高く、空気が皮膚や耳や目や鼻にまとわりつく。
 階段を昇りきると、そこは鳩居堂である。
 そのとき、グループ展を見る時間をはやめにきりあげて、立ち寄ることを決めた。日本画のグループ展は、2年おきにひらかれている。
 ギャラリーは、鳩居堂の隣のビルの6階なのだから。
 
 知人が描いた日本画は、お義理で眺めてそそくさとギャラリーをあとにした。
 雨はほとんど止んでいた。一瞬、視線がとらえられた。
 中年婦人が三人、連れ立って歩いてくる。そのうちの一人の姿に思わず笑いを堪えた。
「あの人、歩き方の練習をはじめたばっかりみたいだわ」
 道路に直線のイメージを描いて、つま先を外側に向けてその線上を歩く姿勢は、テレプシコーラでも読んでいるように見えたからだった。
 さすが銀座だ、服装に抜かりはない。
 ほんの何秒かの出来事だったが
「アラッ、職業意識が……」
 おかしみが胸の中心に小さなハート型を描くのを感じていた。
 
 時節柄ウインドウには、団扇や涼しげな小物が飾られている。
 鳩居堂のなかに一歩入ると、女性客で賑わっていてぶつかりそうになる。
 店内を一巡する。
 栞・便箋と封筒・はがき・ぽち袋や熨斗袋・扇子や団扇・いちばん奥には万年筆コーナーが設置されている。
 その前をまわり込むように階段が二階へと人を誘導する。一間ほどの広めの階段は、途中で踊り場があって、その正面には大きなガラスケースがある。見事な硯に筆が展示されている。

 さて、二階はお香の売り場だ。
 香炉・色紙・文鎮・筆・硯・篆刻用の玉類等々、ずっしりと重々しい歴史がそこには鎮座してる。
 一階の華やかさや軽さはない。
 女性客の年齢も一気に20年は高くなる。
 ここは、見るだけ。
 A2出口の階段で嗅いだ香の所在を、彼女は確かめにやってきたのだ。

「凄いものだわ、香が階段の中ほどまで漂ってくるなんて」
 彼女の脳裏に、街の匂いの記憶が次々に浮かんでは消えていく。
 たとえば御茶ノ水駅から駿河台を抜けて神保町まで、昼時の町の匂いはカレーだ。そこは学生街なのだ。
 町の色と町の音と町の匂いが混ざり合った「風の景色」のなかを歩くことが、彼女は好きなのである。

 鳩居堂をあとに、四丁目の交差点を渡り京橋方向へ、はじめての信号機を越すと、そこがApple Store,Ginza、お目当ての場所である。

 
コメント
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