Hi! It's KARA!
みなさんあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
さてさて、平成ももう終わりになってしまいます。
平成生まれの私としては、平成って、昭和の方々から馬鹿にされて終わった、、、というイメージです。
そしてここからが本題
本当にこのブログは気まぐれすぎる笑
私が書きたいときに好きなように書く
ただの日記です。
こんなのに足をわざわざ運んでくれた方々、ありがとうございます。
適当ワールドへようこそ。
こんな私ですが、いまさらながら、ブログをリニューアルしようと考えていたんですけど、
リニューアルするほど、ブログに力を入れているわけでもなく
力を入れているわけでもないんだけど、このブログは私の歴史なんです。
そこで、途中から来た人が少しでも私のことや今までのことがわかるように、
今日は自己紹介をしようと思います。
そして、しっかりと今までの記事などもカテゴリー化したいです。
(ほとんどが私の気持ちをつらつら書いている日記なのですが、)
私は留学している経験があるのと、国際恋愛継続中ですので、これから留学したい人や、国際恋愛を頑張っている方々のためになるブログに少しでもなればいいな、、、
と思い、今日から毎日(?)更新できるといいな。
はい、自己紹介!
名前:KARA
→ちなみにこれは、アメリカにいるときにアメリカの友達が私につけてくれたEnglish nameです。
生まれ:平成
職業:日本で大学院生(理系)
生まれ:岐阜
育ち:岐阜
趣味:モダンダンス、テニス、言語習得
自己紹介、これ以外に書くことが思いつかない・・・・
ということで、今までの私の経緯を書きましょう。
このブログを始めるきっかけになったのはアメリカ留学です。
このアメリカ留学の話をしだすと、高校生までさかのぼらなければ・・・
ーーーーーーーーーーーーさかのぼること高校入学ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今から思えば、私の人生はここから大きく変わりました。
行きたい高校のために、一生懸命頑張って点数をあげてぎりぎりで入った高校だった。
そこでの入学式の日に、渡された紙切れの中の一つに
「ホストファミリーをしてみませんか?」
という紙を見つけた。
どういうことか、私は「これだ!!!」と思った。
私は岐阜から出たくない引っ込み思案な奴だったのだけれど、
帰国子女でアメリカでの生活を経験している中学の後輩に憧れて、
自分もアメリカの生活を知りたいと思っていた時に、ホストファミリーの募集がかかったもんだから
「これだ!!!」と思ったのでしょう。
即座に「応募する!!!」と言った時のうちの母の顔は拍子抜けしてたな笑
だって、引っ込み思案で、誰とも話したくないような奴なのに
いきなりアメリカ人を受け入れるだって?!
そして、その間の世話はうちの母がしなければならないのに、、、、
うちの母は軽く反対しました。
それでも、私の熱意に負けて「女の子なら受け入れていいよ」と言ったのに
私が「性別はどちらでもいい」みたいな項目を〇したので、
なんと
アメリカ人の男の子がうちに来ました笑
お母さんの驚いた顔が忘れられません・・・・・
でも、この男の子がきっかけで私はどんどんアメリカにひかれていくのです。
私は岐阜から出たくない引っ込み事案な奴だったので、
他の世界を知らなかったんです。
でも、アメリカの男の子の話から、アメリカの教育がいかに自由で、日本のやり方と違うかが伝わりました。
本当にそうなの?
本当にそんな自由な国なの?
どんどん気になってしまい、男の子が帰ってからは、次は私がアメリカに行くことに決めました。
私の高校がアメリカの姉妹校へ行く派遣生を募っていたので
次はそれに応募することになります。
そして、見事、小論文と面接の試験に合格し、派遣生に選ばれたのでした。
選ばれたときは、本当に本当にうれしくて
飛び上がって喜びました。
そして、アメリカの高校に短期留学するのですが
これがまた、刺激的でした。
今から思えば、アメリカは高校から日本でいう大学のようなカリキュラムで
自分の専門が決まっていました。
高校生の時から大学の授業を早めにとって、いわゆる飛び級みたいなのを利用して
早めに自分の進路を決めている子もいれば、じっくり考えている子もいるし
個性的な子もいるけれど、それも認められる社会
高校生の私からはそういう風に見えて、魅力的に映りました。
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この短期留学がきっかけで私はアメリカ留学を志すようになるのです。
日本の大学に行くという選択が邪魔になるほどでした。
しかし、それまでは日本の大学に行く以外の選択肢を考えていなかった、ということと
母や先生の勧めで、とりあえず大学を1校だけ受けて、落ちたら留学に行くための専門学校に行くと決めました。
それ以外の道をその時の私は本当に知らなかったし、
正直、弱かったなーと思います。
だって、他にも道はあると思うんです。
奨学金を見つけてきて、大学から留学するとか
高校卒業してからフリーターになってでもお金をためていくとか
もちろん、両親の思いもあるし、私の人生は家族含めて自分の人生だとも思っているので
両親が進めてくれた道は正しかったと思います。
しかし、なんでも受け身体質で、自分で調べるという行為がこの時は足りてなかったと思います。
自分の足で訪ねて、自分で調べることはどこに行っても大切になりますよね。
さて、もともと、なんでこの話になったかというと
私がこのブログを始めるきっかけになった出来事の紹介からでしたね笑
それでは、明日は大学に入ってからの出来事を紹介したいです^^
Bye!
KARA
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