新聞記者の雑記帳
新聞記者嵐山太郎がお贈りするプログです。社会、政治からマスコミまで取り上げます。
 



マスコミ入門第2回講義、今回のテーマは「新聞用語の基礎知識Part1」です。それでは早速、講義を始めたいと思います。
①整理部
実は私、以前に「整理部」に属していたことがありました。大学時代の友人に「いま整理にいるんだ」と話したところ、真顔で「お前、リストラされそうなんか」と言われたことがありました。いやになっちゃいますよね、絶対に誤解される名前です。この名前じゃあ、リストラ予備軍を押し込めておく窓際部署みたいですもんねえ。でも皆さん、勘違いしないでください。「整理部」というのは、リストラ予備軍ではありません。新聞社で、それなりに重要なセクションで、記事に見出しをつけたり、紙面のレイアウトをしたりする専門セクションのことです。
新聞というのは、政治部や社会部、文化部などの記者(この人たちを外勤記者といいます)が取材して記事を書きます。記者が書いた記事はまず、最前線のまとめ役である「キャップ」がチェックします。キャップがチェックした原稿は「デスク」と呼ばれる人たちがさらに「チェック」をします。この後、原稿は整理部に引き渡されます。整理部ではコンピューターとにらめっこしながら、紙面のレイアウトを考えたり、見出しを考えたりします。この整理部員のことを「整理記者」とか「内勤記者」と言います。
「整理部」の扱いは社によってまちまちで、朝日新聞のように本版(1面とか社会面のこと、地方版以外の紙面のことです)担当の整理記者がエリートコースだったり、某全国紙のように「外勤記者」としてはあまり優秀でない人とされた人たちが集まる部署だったり、さらには「外勤」と「内勤」のどちらも経験させるという方針の新聞社もあります。
えっ、校閲ですか。校閲部はもちろんあります。以前は、整理部に引き渡される前の段階で原稿を校閲し、紙面のレイアウトが完了した時点でもう一度チェックをかけるのが普通でした。「前校(まえこう)」「後校(あとこう)」なんて呼んだりします。でも、今はほとんどの新聞社で効率化のためにレイアウト前の校閲を廃止し、レイアウト終了後の校閲に一本化しているようです。そんなわけで、誤字脱字がそのまま紙面に載るケースが増えているような気がします。
②がん首
顔写真のことです。先日のJR福知山線脱線事故のような大事故があると、紙面には被害者の顔写真がずらずらと並びます。凶悪犯罪が起きた時も、犯人の顔写真を掲載します。そうした顔写真のことを「がん首」といいます。新聞社では、この「がん首」取りが記者の基本のように言われます。福知山線脱線事故でも、何人の「がん首」を紙面に並べられるかということが、さも紙面の質まで決めてしまうかのように言われました。
でも何の意味があるんでしょうか?加害者の顔写真を掲載するのは、さらし者にする以外の意味はないでしょう。じゃあ、被害者は?亡くなった人たちの顔写真を載せることに何の意味があるんでしょう。なんてことを考えると、それだけで新聞社では出世できません。
被害者の「がん首」を手に入れるために、新聞記者がどんなことをするかご存知でしょうか。深い悲しみに沈む家族のところに言って、「顔写真を貸してください」なんて言うわけです。はっきり言って鬼です。被害者の家族の中には、何も言わずに顔写真を貸してくれる人もいます。逆に怒り狂う人もいます。私も以前、胸倉をつかまれて殴られそうになったことがありました。でも、当然ですよね。私が子どもや妻を亡くした夫で、新聞記者がやってきて「顔写真を貸してくれ」なんて言われたら、やっぱり殴っちゃいます。当たり前です。でも皆さん、これくらいのことで驚いていちゃあだめです。
「がん首」を家族から手に入れられなくても、新聞記者はあきらめません。別に信念があってあきらめないわけじゃありません。「がん首」を手に入れないとキャップやデスクがうるさいからです。お年寄りが亡くなったのなら、ゲートボール仲間や老人クラブの会員の家を回って、記念写真がないか探します。子どもが亡くなったなら、友達を探し出し、通っていた学校に押しかけます。遠足の写真、卒業アルバム、年賀状…、当人が写っていれば、どんな写真でもかまいません。極めつけは「他の新聞社が来ても、写真はないと言ってください」なんてのたまう記者もいます。新聞社お得意の「人権感覚」なんてこれっぽっちもありません。
でっ、「がん首」掲載に何か意味があるんでしょうか。新人記者のころ、先輩記者に尋ねたことがあります。その先輩記者は「例えば、車にはねられて死んだ子どもなら、あどけない笑顔の写真を載せることで、『ああ、事故を起こさないようにしよう』と読者が思ってくれる。そして事故の撲滅につながればいい」と言いました。私は顎がはずれそうになりました。だってそうでしょう。そんなことで交通事故がなくなるなら、新聞は今まで数え切れないほどの「がん首」を載せてきたのですから、とっくの昔に交通事故がなくなっているはずです。
別の先輩記者はいいました。「がん首を手に入れることが目的じゃあない。がん首を手に入れようと走り回ることで、家族や友人、知人から被害者の人柄を知ることができる。事件の被害者なら、まだ知られていない真相が分かるかもしれない」。そして、その人柄とか事件の真相というやつを紙面に掲載するわけです。私はやっぱり顎がはずれそうになりました。だってそうでしょう。どう考えても「がん首」を手に入れることが目的になっています。何も被害者の人柄を知るのに、「がん首」を紙面に掲載して、さらし者にする必要はないんですから。事件の真相にしても同じです。話だけ聞けばいいでしょう。
この人たちは根本的に勘違いしています。大事故が起きた時に、新聞が何よりもしなくちゃならないことはなんでしょうか。事故の原因究明です。被害者が追いかけていた夢や人柄を紹介することではありません。「あの子はとってもいい子で、将来は学校の先生になりたがっていた」という人情話は確かに人の涙を誘うかもしれません。でも、それはほんの一瞬のことです。ほとんどの読者は次の日には忘れています。事故防止にはまったく役立ちません。断言します。原因を探り出し、対策を促すことだけが事故の防止につながります。
③サツ回り
警察取材、あるいは警察担当記者のことです。これまた「がん首」と同じく、新聞社では記者の基本とされていて、新人記者の多くがサツ回りからスタートします。関連用語で「夜回り」「朝駆け」というのがあります。「夜回り」は、警察官の帰宅時間を見計らって、警察官の自宅に押しかけることです。もちろん、こちらが狙った時間通りに警察官が帰ってくるわけじゃありません。その場合は、家の外でひたすら警察官の帰宅を待ったりします。うまくいけば、奥さんが家の中で待たせてくれることもあります。酒をお土産にして、雑談しながら特ダネを聞き出します。「朝駆け」のほうは、逆に警察官の出勤前に自宅に押しかけることです。
新聞社では、サツ回りができないとジャーナリストとして失格かのように言われます。でも、これまた変な話です。世の中にはサツ回りなんてしたことがないジャーナリストはいくらでもいます。むしろ、ほとんどのジャーナリストはサツ回りなんてしたことがないでしょう。
④特ダネ
まあ、特に説明はいらないでしょう。ただ、この特ダネにも2種類あります。一つは「○○議員、あす逮捕」というように、ちょっとばかり他紙に先駆けて書く特ダネです。すでに問題が表面化していて、他紙もいずれ逮捕、起訴されることは知っているけれども、いつなのかがわからないというケースや、他紙は知らないけれども、すでに警察、検察が動き出していて逮捕後には発表されるというケースです。特ダネと言ってもあまり意味があるようには思えません。最近は他紙に先に書かれるのを防ぐため、「○○議員、来週中にも起訴」なんていう具合に、随分先のことを書くケースも増えています。
そして、もう一つは、記者が頑張って探り出さないと、真相が隠されてしまうようなケースです。警察の不祥事のようなケースですね。これこそ「特ダネ」の中の「特ダネ」です。端緒は「タレこみ」がほとんどです。「タレ込み」というのは、関係者からの情報提供のことです。この「タレ込み」を生かすも殺すも、記者の粘り強さにかかっています。
⑤ベタ記事(ベタ)
新聞紙面は、ほぼ各社共通で1ページが15段からなっています。通常は下の0~7段程度が広告となっており、残りが記事スペースです。「残りが」なんて言うと、「広告が先で記事が後」というように新聞として本末転倒になっていると感じる読者も多いとは思います。「広告が先」というのは言いすぎにしても、当たらずとも遠からずというところです。面によって、例えば1面は3段、社会面は5段というように、だいたいの広告スペースは決まっています。よほどの大事件でもない限り、簡単には替えられません。特に正月は比較的広告が取りやすい時であり、広告スペースを増やすために紙面を増やすこともあります。
話がそれましたが、ベタ記事というのは、見出しが1段しかない記事のことです。記事の価値判断は各社まちまちで、ベタ記事は通常、重要度が低いと判断された記事です。ただ、ある新聞はベタ、別の新聞は4段の見出しというようなケースは珍しくありません。例えば、ある政治家と仲が良い新聞は、その政治家の失言を小さく扱うでしょうし、逆にその政治家と仲が悪い新聞なら大きく扱うでしょう。イラク戦争の際には、戦争反対の新聞は反戦パレードを大きく扱いました。逆に「戦争はやむを得ない」という論調の新聞は反戦パレードを小さく扱います。新聞ではありませんが、自民党の腰ぎんちゃくであるNHKは反戦パレードをまったくと言っていいほど取り上げませんでした。そんなわけで、こういうベタ記事に実は重要なことが書かれているケースもしばしばあります。
アリバイづくりのためベタ記事にして掲載するケースもあります。どういうことかというと、記事の内容に対してはっきりと価値判断がでず、もしかしたら後々、大きな話になるかもしれないという懸念があるケースです。「こんなのどうでもいいじゃない」と思っても、頭の片隅に「でも、もしかした大きな話になるかもなあ」と不安になるとベタで掲載しておいて、問題化した時も「わが社は最初からこの事件を注意していた」なんてことにします。重要な取材先や広告主が「どうしても載せてほしい」と頼み込んでくることも多く、あまり気がすすまない時はベタ記事にしてごまかします。


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