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記者の目:船場吉兆前社長ら書類送検=久木田照子(大阪社会部)

2008-07-29 | 毎日新聞
記者の目:船場吉兆前社長ら書類送検=久木田照子(大阪社会部)
 ◇久木田(くきた)照子
 ◇崩れた「料亭文化」への思い--業界の信頼回復、難しい

 賞味・消費期限切れ商品の販売、牛肉の産地偽装……。日本料理を代表するブランドが本当にこんなにひどいのか。どうしても自分の目でそれを確かめたかった。今春、料亭「船場(せんば)吉兆」(大阪市中央区、破産手続き中)の偽装事件の担当になり、実際に客として、本店を訪ねた。そこには、料理の味、盛りつけの美しさ、店を大切に思う仲居さんや料理人の心意気があった。まさに日本の料理界で長年培われてきた料亭の文化。「やり直すことができるかもしれない」と思った。だがそんな淡い期待はもろくも崩れ去った。

 船場吉兆ではその後、料理の使い回しが発覚し、店は廃業、先月にはついに湯木(ゆき)正徳・前社長(74)と長男の喜久郎・前専務(45)が大阪府警から不正競争防止法違反容疑で書類送検された。もう船場吉兆がよみがえることはないだろう。そしてその行為は、ブランドの失墜や、客への裏切りだけでなく、多くの人たちが築き上げてきた日本料理の文化すら危うくしたのだ。

 船場吉兆は、1930年に創業した吉兆グループの一つ。創業者の故・湯木貞一(ていいち)氏は調理技術のほか、もてなしに心を尽くした。法事の弁当には、ふたを開けた時に湯気が立つ状態の炊きたてご飯を詰めた。夏場には利休箸(ばし)を水で湿らせ涼感を伝えた。吉兆が日本料理を代表するブランドになったのは何も料理の味だけではない。貞一氏が追求したきめ細かな心遣いがあったからだ。

 船場吉兆の数々の不祥事は、こうした伝統の対極にあるように思えた。「偽装は従業員の判断」などと姑息(こそく)な責任回避に終始した正徳前社長の対応も許せなかった。だからこそ、「吉兆はあこがれ。頑張ってほしい」といった常連客らの激励の声に違和感を覚えた。一方で「本当は、伝えられるほどいいかげんな店ではないかもしれない」といった気持ちも芽生えてきた。その疑問を解消したかったのが、客として行ってみようと思った理由だ。

 料金は1人3万円以上した。広い座敷。生け花や掛け軸の配置が美しい。貝殻に載ったタイの子、ほろっと崩れる一口大の焼きサケ。わんのふたを開けると、ハマグリとだし汁、木の芽の香りが立ち上る。一気に料理に引き込まれた。

 途中、女将(おかみ)の佐知子社長(71)があいさつに現れた。昨年12月の記者会見で、長男の喜久郎前専務に小声で受け答えの言葉を指示した「ささやき女将」だ。「あの有名な女将さんですね」と話しかけると、「お恥ずかしいことで。ありがとうございます」とほほ笑みながら切り返された。さらに女将は「帰りにお写真でも一緒に」と続けた。女将目当てのやじ馬的な問いにも、サービスで応じる。余裕のようなものを感じた。

 女将は「今日はお誕生日か何かで」と尋ねてきた。同行した友人が「30歳を迎えた記念に」と答えると、女将はいったん席をはずし、「料理長からです」と小さな器で赤飯を出してくれた。客の思いをさりげなく探り、大事な時間を盛り上げる心配りがうかがえた。

 料理は終盤に差し掛かり、すき焼きが運ばれた。仲居さんは「鹿児島産です」と言う。前社長らは「鹿児島産」の肉を「但馬(たじま)牛」など兵庫県産として販売したとする容疑で送検されたが、偽装しなくてもおいしい肉だった。「不祥事の料亭」という思いはもはや消え、言葉も出せずに食べていた。落ち着いた空間で美味を楽しみ、幸せな気分で帰っていく……。そんなぜいたくな時間を提供するのが料亭の文化なのだろう。

 大阪文化に詳しく、なじみの料亭もあるという直木賞作家の難波利三(なんばとしぞう)さん(71)は「料亭は、食い道楽の街・大阪の中でも、一番の料理を食べさせる誇りがある店。年月を経ただけでは生まれない『伝統』に見合う料理に信頼を寄せ、お客はお金を払っている」と話す。そんな場であるからこそ、その後の船場吉兆の対応には、「いちげん客」の私も「裏切られた」と感じた。店を支えてきた人たち、常連客にはなおさらだったろう。

 一方、吉兆グループの他の店は売り上げが減り、嫌がらせのファクスも届いた。日本料理店の業界団体は「『お前のところもしていないやろな』と言われた店もある。日本料理界への打撃は大きい」と憤る。一業者だけの信頼失墜で済まないのが食品偽装の特徴だ。

 長い時間をかけて築いた文化すらぐらつかせた船場吉兆の事件は、それが顕著に表れたケースだった。一度失った信頼を取り戻すことは簡単ではない。そして、しっぺ返しを受けるのは自分たちだけではない。偽装に手を染めた事業者はそのことを肝に銘じてほしい。

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毎日新聞 2008年7月29日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20080729ddm004070112000c.html