鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

謝謝! 広瀬川 再見!

2019-09-15 16:54:13 | 広瀬川

 

                       (午後の撮影  雲が全くありません)

 きのうきょうと大崎八幡宮の例大祭でした。お神輿渡御はきょうでした。でもその時間帯は広瀬川に入っていました。

 

 きのう入ろうかなとも思ったのですが、天気がパッとしないし、きょうなら暑くもなるとかだったので、きょうこそ広瀬川に入ろう、今年最後のつもりで竿を出そうと思いました。けじめにしよう、という悲壮感も漂う?かのような思いでオトリ鮎を購入に行きました。

 井筒屋には今日の朝の時点で10余匹のオトリ鮎が大きな水槽の中を泳いでいました。だから、あした広瀬川に入ろうと思えばオトリ鮎はなんとかOKとなると思います。

 竿を出したのは9時から11時半頃まで。途中の移動も含みます。 馬鹿の一つ覚えの典型と言っていいのでしょうか、最初に竿を出したのは”倒木”の上流から正面です。 9時から9時半頃までやってみましたが、まったく反応なし。上流域を見てもガラガケの人も友釣りも釣り人の姿は全くなし。見えたのは白と青のサギだけ。

 三連休の真ん中というのに、しかも最高のコンディションの日というのに釣り人はだあれもいません。何ともさみしい、あまりに悲しい、空しい広瀬川の現実ではないですか。もうすっかり広瀬川は釣り人から見放されているということでしょう。

 でもそういう気持ちは分かります。何と言っても肝心の鮎が居ない、居ても少ない、少ない鮎もなかなか追わないという状況では仕方のないことです。だから私自身今日やっても掛らないだろうと覚悟していました。

 釣れなければ釣れなくても構わない、今年の鮎釣りのけじめをつけるための最後の広瀬川釣行と思っていました。だから9時にオトリ鮎を送り出しても掛らないだろうなとは思っていました。そして現実はその通りでした。”倒木”付近は30分で切り上げました。

 

           

 

 上流を目指して水中を、川底の石の状況を見ながら上流へ向かいました。広瀬川は9月に入って初めての竿出しということになります。川底の石はほとんどが垢ぐされでした。8月の下旬は新しい大きいなハミ跡が結構見られたとおもうのですが、ハッとさせられるようなハミ跡は全くありませんでした。

 

 これでは掛かるはずもない。もう鮎は下ってしまったのかも。鮎は居ない!残念ながら。そう思いながら上流を目指しました。上流と言っても牛越橋のすぐ下というわけではなく、2,3百メートル下流の瀬が目的です。

 

 ここで9時45分から竿を出し、少しずつ釣り下ります。まったく当たりはありません。釣れる気配は全くなく、釣れるわけがないという気持ちだけが強くなっていきます。それなのに竿を出し続けるこの男は一体何なのだ!と自虐的になりながら釣り下りました。

 

         

 

 10時35分頃ですか、急瀬の右岸側のへチ付近を泳がせていたら強くない当たりがありました。居た!掛かった!居るじゃないか!歓喜雀躍? 慎重に左岸に寄せて引き抜きました。22センチクラスの雌でした。鮎を握ってみてすぐ分かりました、これは抱卵しているなと。

 

 

 早速オトリを交換して、少し上からまた右岸側を狙います。 そしたら10時45分頃です、小さい当たりが伝わってきました。 口掛かりの養殖オトリサイズの鮎でした。まだこういうのも居るのか?

 

 

 現金なもので、鮎が掛かりはじめれば気分も明るくなりますし、そうすると不思議と鮎も掛ったりするのです。 3匹目は11時5分頃です。 これはなかなか上がって来なかった。抜こう抜こうとしても近寄ってくるだけで水面を切ってくれません。

 

             

 この鮎はでかかったんです。しかも尻尾の方に掛っていました。これもメスで、握ると抱卵しているのが分かります。嬉しさも最高です。だあれもいない広瀬川、牛越下の瀬でひとり鮎釣りを楽しんでいる。

 

 この大きな鮎はそのまま曳舟行き、前に使った大き目のオトリの再登場です。約5分後にまたしても掛りました。

 

           

 これで4匹目。でもこの後は続かなかったです。それどころか右岸側での根掛かりが2回もありました。2回とも覚悟?して曳舟とタモを左岸に置いて少しでも浅いところから根掛かり外しに向かい始めたところで、嬉しいことに水中糸に対する流れの抵抗が変化したためか2回とも外れたのです。こういうこともあるのですねえ。

 そういうこともあって、これにて納竿、これにて今夏の鮎釣りはお仕舞いということにしたわけです。いい思い出で終わりたい。終わった方がいいですからね。何しろ出だし(解禁日)は最悪でしたから。せめて終わりは最高のもので終わりたい。今の時期4匹も掛ればOKOKOKOKでしょう、広瀬川で。有終の美を飾れました。

 最後は記念撮影。オトリ2匹込です。

 

              

 養殖オトリ2匹と小さい鮎は放流しました。無事産卵できるか分かりませんが・・・。

 帰宅してからの撮影です。

  24.5センチが最高でした。

 

 今は亡き、鮎が大好きだった義父の家に持って行きました。嬉しいことに孫が鮎が大好きなのです。

  

  大カマキリ  

 川の中の大石に止まっていましたので、草むらへ逃がしました。よく飛んできたものです。


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長月も約半分経過し、

2019-09-14 16:11:40 | 思いつくまま

 

       

 上記の2枚の写真はきのうのR13号線沿いにある「道の駅村山」で撮ったものです。田んぼの稲穂はまだ垂直に伸びています。そんなに高くない山が西側にあるのですが、それよりも低い雲が一面に立ち込めています。何とも不思議に思うのです、私は。

 それにしても電線と鉄塔のなんと多いことでしょうか。

 

           

 

 以上の3枚は義経大橋の下流の急瀬です。ここが今年最後の最上小国川での釣行の地となりました。7月30日に釣り友と入った時はそれなりに掛ったのですがねえ~。なんでも過去は、昔はよかった?

 最後の小国川の鮎。 

 購入したオトリ鮎です。生きています。放流してきました。

 

 きのうは小国川での最後の釣行、きょうは広瀬川での最後の鮎釣りとするかという気持ちが少しありましたので、オトリ店に聞いてみました。そしたらまだあるとのことです。向かいの大崎八幡宮のお祭りが終わるまではオトリ鮎を確保していると言っていました。

 でもその後の天気が気持ちを萎えさせましたので、結局きょうは川には入りません。あしたは未定です。

 

 きのう山形の帰りに果物をどっさり買ってきましたので、きのうのお月見・中秋の名月は豪華な?ものとなりました。 モモ・リンゴ・ブドウのほかにサツマイモ、枝豆、団子も備えました。

この時月はなかった。 

 アップ!

  上から撮影

            

 

 以下はきょうの写真です。

  貫録満点です。

 

 「なつぞら」見ましたか? いよいよテレビアニメに名前が出たせいか、なつ の妹千遥の娘が登場しました。それがなんと娘時代を演じた なつ だったのでびっくりです。可愛い子役ですが、演技はしっかりしていましたね。

       

 なつ と 千遥 がとうとう再会しました。来週はどういう展開になっていくのでしょうか。

 

 なつ はもうハッピーエンドに向かって一直線ですから何もしないで見て楽しむだけで済みますが、それで済まないのは「おしん」です。 

        

 いやあ、今週のおしんは見ているのが辛かった。もうすっかり感情移入しているのか、見終わった後は血圧が上がっていました。 何という夫の実家佐賀の仕打ちでしょうか。

 

 それに耐えに耐えるおしんですが、臨月が近くなってくると同じ家で子どもが2人生まれるのは縁起が悪い、どちらかが死ぬとかいう迷信があり、姑から外に出されてしまい・・・・。

       

 実の娘の出産は初産ということで周りの人間は振り回され、おしんの夫が雨の中医者を呼びに出かける始末。その時おしんは臨月を迎え、夫を呼ぼうと小屋から外に出たものの、そこで力尽きて倒れてしまいます。

 とうとう2番目の子ども 愛 は死産。精神的にも不安定になり、・・・・・・・

 見るも涙、語るも涙です。なんでここまで痛めつけられ、追い込まれなければなければならないのか、あまりの理不尽、夫の不甲斐なさ歯ぎしり、・・・・、その後に見るドラマが「なつぞら」なのでそのあまりの違いなさに戸惑うことしばし。

      

 でも意識を回復したおしんは、このままでは自分がダメになってしまう、自分が自分で亡くなってしまうということで、はっきりと義理の両親に言いました。

  『今夜限りお暇を戴きます』と。         ・・・以下来週に続きます。

 

 


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謝謝! 小国川 再見!

2019-09-13 16:37:39 | 小国川

 いやあ今朝はよく冷えましたね。 最低気温は午前3時50分に記録した15.7度ですが、最高気温は午後1時の24.5度のようです。 ついに午前5時の気温も10度台となり、16.3度でした。 いよいよ秋本番ですね。

 

  堤防のコスモスです  

             

 

          (午後3時半頃)

        

 秋と言えばきょうは中秋の名月ですか。満月はあしたとか言っていました(我妻)が、今夜はお月様は見られそうにありません。きのうはお月様がきれいでした。夜夫婦で出かけたのですが、運転は我妻でしたので、こちらは十分にお月様を見ることができました。

 

     

 満月にはちょっと欠けてはいましたが、やや縦長のお月様も悪くなかったです。ただ丸く浮かんでいるだけではなく、時々雲がお月様を隠すのです。それもお月様の中ほどを隠したり、全体を薄く隠したりなかなか風情のある光景でした。今夜見れなくても、まあいいかという気持ちです。

 

      

 

 

 馬鹿は承知の上で、けじめをつけるために、自分を納得させるために行ってきました、小国川。 いつものオトリ屋さんに行ったらもうほとんどないとか。いよいよ小国川もおしまいか。何とかオトリ鮎を確保して向かったのはこれまたいつもの「義経大橋」下流です。

 

 後ろに見える瀬です、入ったのは。

        

                                

 下流の急瀬ですね。ほんと馬鹿ですね、馬鹿だと思います。もっといろんな場所に行ってみろよと自分でも突っ込みたくなります。

 

 もう産卵のために下りはじめるというのに、こんな急瀬を狙って掛かるとおもうのでしょうか。オトリ屋さんがいうには、もう鮎は色が変わりつつありますと。

 

 竿を出したのは9時10分から10時10分くらいの1時間。竿は8.1メートルのがまかつの引抜荒瀬。広瀬川で何回も使用している竿で、仕掛けも広瀬川バージョンです。

 この急瀬は水量がちょっとありすぎました。ましてやオトリ鮎が小さくていかにも頼りなさそうな鮎でした(もうそういうのしか残っていないということでもあります。)ので、背バリでは無理だな、おもりをかましても入るかどうか?と思いつつも最初は背針仕掛けです。

 流芯には入りません。瀬脇を泳がせますが掛りません。釣り下って瀬尻を泳がせるもさっぱり。それならダメもとでと、おもりを咬ませて流芯へ。それでもなかなか入ってくれません。これじゃあ掛るはずもない。そんなこんなで1時間もしないで諦めがついたという次第です。

 この瀬尻から下流の方に少し遅れて3人が竿を出しました。でも私が見た限りでは(私は一番上流側です)、だれも竿を曲げてはいませんでした。 2回竿が曲がったようでしたが、結果は”海老”でした。

 川底の石も黒々とはしていなくて、水温は寒くはなかったですが、鮎も居そうには感じられませんでした。瀬頭にはハミ跡は少しありました。居ないことはないのですが、追うかどうか、追う鮎が居るかどうか、居るとしたらどこに居るかですね。

 そんなわけで早上がりです。むかし昔のがまかつの大会では、予選ですが、早掛け10匹上がりでしたね。ただ時間内に釣ればいいというものではなく、いかに早く規定数を確保するか、そして帰着するかでした。懐かしいですね、今となっては。

 今年はどういうわけか右ひじの調子がよろしくなく、右手だけで長い竿を持ち上げるのは容易なことではなくなりました。原因は不明です。右ひざの調子もいつ、どうして不調になったのか分からないのですが、右ひじの調子もいつどうしておかしくなったのか不明です。

 長い竿を持ち続けることができなくなったので、昔かってほとんど使っていなかったがまかつの8.1メートルの竿の出番となった次第です。助かります。なるべく竿は軽いもの、短いもの、そして時間はせいぜい2時間(長くても3時間)くらいということで今年はやってきました。

 どういうことなのでしょうねえ?やはり加齢に伴うものですか。けっして四十肩ではないですね。じわじわと着実に体は弱っているということになるのでしょうかねえ。さみしいです。

 ということで購入したオトリ鮎は3匹とも放流してきました。何とか生き残って、うまく?無事?産卵もしてほしいです。

 そういうわけで、小国川での今年の鮎釣りは終了いたしました。小国川に感謝です。

 帰りは東根の「よってけポポラ」で果物をいっぱい買ってきました。中秋の名月ということもあり、かぞくへの感謝でもあります。といっても安くて美味いものという条件です。高くて美味いものは買いません。当たり前ですから。

  500円

 550円 

  550円

 300円 

 傷があったり、見た目が悪かったりという果物です。美味いのにねえ~。リンゴは別の農園で買いました。


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きのうとは逆の展開へ、

2019-09-12 13:54:36 | 思いつくまま

 

 きのうは時間の経過とともに気温は下っていきましたが、今日はその逆で、いわばふうに戻ったというか時間の経過とともに気温は上がっています。

         

 (上はきのうの午後4時頃、下は今日の午前9時頃の分流の上流域の様子です。)

 

 朝の気温は涼しさを感じる以上に涼しかったです。朝の5時で20.6度、7時は21.3度でした。お昼には24.1度で午後1時は25.8度まで上がっています。外はもう眩しいです。暖かい日差しが差してきます。とっても明るいです。やはりまだ当分はこういう天気であってほしいです。

 

      

 しかしまあ台風15号による千葉県を中心とした被害、一体どうなっているんでしょうか。成田空港も停電で大変だったようですし、館山市では学校の窓ガラスもかなり破れたようです。横浜港も大きな被害を出しています。 一番の大本は停電ですか。

 

 (今中洲の除草作業中で、このススキたちもかられてしまうでしょう。)

 

 今までのいろんな被害では、被害の中でもいち早く復旧するのは”電気”でした。でも今回はその電気がさっぱり復旧しない。送電線の被害が大変だったようですが、また電柱が至る所で倒れたというのも復旧に手間取る一因でしょうか。

 

       

 今回のことでやはり改めて日本という国の後進性というものが露呈したという気がします。昔から言われてきたのに、さっぱり全国的には普及していないからです。 それは電線の地中化工事です。かなり前から経済の先進国からはある意味日本は羨ましがられていました。なぜか、電線の地中化という巨大な公共工事・公共事業がまだ残っているからです。

 

 至る所に電柱が林立し、しかも電線の数は数え切れないほどつながっている。朝の立哨のときに電柱を見上げてその支える電線の多さに圧倒されたことがあります。余りに多くてこんなに多くて大丈夫なのかと不安にさえ感じられます。

       

 みなさんも改めて近くの電柱や電線を見上げてみてください。電話や電気のほかにもいろいろあるようです。よくよくみるとコンクリート製の電柱はまっすぐよりは少し傾いているということはないですか?家のすぐそばの電柱は緩やかにカーブしています。時々これで大丈夫なのかと心配になります。

 至る所にある電柱・電線、これは都市景観上興ざめする最たるものじゃないですか。もっとすっきりしたいじゃないですか。日本経済はもしかして”最後の公共事業”として電柱を残しているのかもしれませんね。最後のカンフル剤みたいに。

 どうしてもっと大きな声にならないのでしょうね。おかしくないですか。これでいいのでしょうか。南海トラフの地震や津波が起きたら、台風15号の比ではないですよ。日本の屋台骨が揺らぐのです。経済は大混乱するのです。

 内閣を入れ替えして憲法改悪に突き進む暇なんかないはずですが、権力者は国民の希望願い何か全く関係ないようで、国民の生活向上よりも3代にわたって続く悲願憲法改悪を何としても成し遂げたいと血眼になっているようです。こんな政党、政治家を選んだのは他ならぬ日本国民ですから一蓮托生、破滅してもいいのでしょうね。

 まあ私は今は前期高齢者、生きていればもうすぐ後期高齢者へ、そして晩期高齢者になり、最後は末期高齢者(池澤夏樹さん)へと、生産効率も下がる一方の身ですからもうどうなってもいいという気がしないでもないのですが、周りの子どもたちのことを考えればそんな無責任なことばかりは言えません。

 末期高齢者の後は何がいいでしょうか? 迷惑高齢者? 塵芥(じんかい)高齢者?ですか。最後の最後は肥料高齢者となって、土に撒いてもらいましょうか?

 

 東京ヤクルトスワローズ、今年は低迷もいいところですが、我が家の2階のベランダ?に植木鉢に敷かれている新聞紙が毎日嫌でも目に入るのです。 その内容が今のヤクルトとは真逆の現象です。

 

 

 日付は、2015年・平成27年10月3日土曜日です。セリーグはヤクルトの優勝です。

 

 我が東北楽天ゴールデンイーグルスも田中将大投手が居たときは、パリーグで優勝し、日本シリーズでは読売巨人を破って日本一になったことがありますね。たった一度だけですが。あのときは雨の仙台は盛り上がりました~。

 なんとかCSに出て下剋上を果たし、パリーグ代表となり、セリーグの覇者と戦ってほしいものです。

 


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あの日から、8年6か月

2019-09-11 14:49:20 | 思いつくまま

 

 135億年前の銀河だそうです。宇宙観測史上最古の銀河とか。そういわれても全くピンときません。)

 

        

 いやあ、参ってしまいますね、この天気の変わりよう。 気温の変動の激しさ。今午後2時50分頃ですが、今までの最高気温は朝の7時41分に記録した 25.3度 となっています。時間の経過とともに気温は低下して、お昼は22.9度、午後2時は20.5度となっています。

 

     

 きのうのお昼は32.8度、午後2時は32.4度もあったのです。10度から12度近くまで低くなっているじゃないですか。半袖では膚寒いくらいで、お昼寝するにしてもしっかりと掛けないと風邪を引いてしまいます。

 

 さっきのラジオでは気象予報士が今日のこの涼しさは”夏との訣別”の涼しさとか言っていました。いよいよ夏ともお別れのようです。 きょうは9月の11日、9月長月も中旬に入ったというのに、まだ1回も川に入っていない、鮎釣りをしていないのです。広瀬川の鮎釣りは、もうすぐお仕舞いというのにです。

       

 

 広瀬川に入ろうとしても水量を見ると竿を出す気になれませんし、日程等を調整して小国川に行こうかなと思っても、向こうの天気の状態も良くないようですし、、、なんかこのまま終わってしまうのかな…と悲観的になってきますが、かなり現実味を帯びています。 いっそのこともう仕掛け等を仕舞ってしまおうかななんてやけくそにもなってしまいます。

      

 それにしても午後からの雷雨は凄かったですね。大粒の雨が降ってではなく落ちてきて、そしたらしばらくして雷まで鳴りはじめたり、鳴るのは虫の音でいいですよね。上流域では洪水注意報まで出ているようですし。どうなるのでしょうね。

 

 例によって前置きが長くなりました。この頃朝日新聞朝刊連載小説「ひこばえ」からいろいろ引用させていただいています。原作者は重松 清さんです。 この新聞小説を読み始めてからこの作家が好きになりました。 心理描写というか、心の機微を実にうまく表現してくれます。

 変な話しですが、なぜかこの作家は山形県出身者とばかり思っていました。勝手に先入観を持ってたようなのですが、実際は岡山県出身です。失礼しました。

 だから本屋に行っても彼の名前が目につくようになってきました。先週ですかこういう文庫本が目に入ってきました。ある意味向こうから飛び込んできたと言ってもいいかな。本屋に行ってそういう経験をしたことはないですか。陳列されている、または平積されている本から自分に向かってオーラみたいなものが出ていて、買ってくれ!と言っているようなことが。

 この本は久しぶりにそういう本でした。だからすぐに読み始めました。題名は『希望の地図』です。

    

                

 まさに「被災地への徹底取材により紡がれた渾身のドキュメントノベル」と言っていい作品です。 これはじっさいの取材に基づいての作品です。

            

 まさにドキュメント作品で、これと対照的なのが何回か紹介していますが いとうせいこうさんの「想像ラジオ」ですね。 題名からしてまさに想像の作品ですが、秋の夜長にしみじみと一人で静かに読み進めていく作品ではないかと思っています。

 「希望の地図」は不登校の高校生を引き連れたライターによる、あの日から半年後の岩手県・宮城県・福島県3県の被災地をめぐる旅で、いろんなところへ行き、いろんな人と会い、いろんなことを経験していく中で少年も変わっていきます。

 悲惨極まりない被災地でも希望を失わない人々を訪ね、話しを聞き、一緒に悩み、沈黙し、共感していく中で、共鳴するものを少しずつ獲得し少年も変化していくさまが丁寧に書かれていますね。 さすが作家は凄い、組合せがうまいです。

 『報道を通じて「知っている」というレベルを「この目で見た」に変えることで、地元の人々との距離が縮まったのだ。』

 『希望というのは、未来があるから使える言葉なんだよ。』

 『「被災地」とはいったいどういう土地のことを言うんだろうな。・・・。  津波は確かに去った。けれど、土地の負った傷はまだ癒えてはいない。傷口はいまもなおズキズキとうずき、血が流れつづけている。   石巻は(気仙沼でも南三陸でも釜石でも宮古でも、もちろん福島でも飯館村でも双葉町でもいい)2012年1月8日の今日も「被災」している。明日も、このままだときっと「被災」しているだろう。あさっても、悔しいけれど、おそらく……。    人々の悲しみや苦しみは、あの日からずっと、途切れることなくつづいている。「被災」とは、過去の出来事を語る言葉ではなく、今の状態を示す言葉なのだ。   だからこそ、あらためて思う。   僕はこれからも、機会さえ与えられれば、「被災地」のレポートをつづけるだろう。2012年の「被災」の様子を伝えることで、まだ終わってないんだぞ、東日本大震災を歴史年表の一項目に収めるのはまだ早いんだぞ、とうったえつづけるだろう。』

 『町が消えた風景は、「震災前」の時代の終わりではない。「震災後」の時代の始まりの風景なのだ。』

  

 自宅の小さい花、名前を度忘れしています。 テッセンですか!

                       

 


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最後の抵抗?

2019-09-10 16:45:47 | 思いつくまま

 

              (午前9時頃)

   

                (午前11時頃)

       

                  (午後4時頃)

 

 いやあ、参りました、今日の気温に。 午前7時にはもう26.1度となり、10時には29.9度、お昼には32.8度まで上がりました。 そして午後4時過ぎでは 33.9度 が今日の最高気温となっています。 天晴れ! お見事! と感嘆、称賛するしかありません。ここまでくれば、上がれ上がれもっともっと上がれ上がって上がって天まで届け!!!

 

 (見てください、この痛々しい蝶の羽を。ずたずたじゃないですか。逞しいですね。)

 今ラジオを聞いてますが、CMで冬用タイヤのCMをやっていました。それで思い出したのですが、9月2日の夜のCMを見ていた時、”スタッドレスタイヤ”のCMをやっていたのを見て、え~ウッソウ、もう冬タイヤのCMか?!といささか(軽い)ショックを受けたものでした。(ノートにメモしていました)

 

 そうなんですね、少しも早いことはないのです。あと3か月と20日くらいで年が変わるのですから。11月の下旬(ちょっと早いかな)にはタイヤ交換をしなければなりませんから。 今日の最高気温は33.9度 それが徐々に気温は下りはじめ、11月に入ると体が寒さに慣れていないためにとっても寒く感じるものです。あと2か月後のことなのです。すごいことじゃないですか?!

 日本の四季、冬・春・夏・秋、一年ということから言えば春夏秋冬よりは冬春夏秋と言うべきかなと思いますが、そこは日本はうまいことに年度という概念を採用していますので、春夏秋冬と一致しています。 仙台で言えば一年で零下4度くらいから摂氏35度くらいまで経験するわけで、それに体がついて行っているわけで、すごいことだなあと改めて思う次第です。

  

 近くの広瀬川の除草作業もかなり進展しています。きのうまでですと、分流の脇を歩くのは大変だったのです。身長よりも伸びている草(ススキが多いか)をかきわけながら進むわけです。まあこれが張れていればまだいいのです。蜘蛛の巣だけにきお付けて進めばいいですから。

 

 でも雨となると普段の格好では無理です。靴から肩まで濡れてしまいます。だから当然長靴を履くし、レインコートも着用します。それも下着だけではなく上着のレインコートも着ます。おまけに傘まで差したりもしています。馬鹿かと自分でも思うくらいです。

 

 雨が降って居なくても、前日降ったりしていれば草は濡れていますので、長靴はもちろん、上下のレインコートも欠かせないわけです。そういう涙ぐましい努力をして毎日定点観測?定点撮影しているわけです。

 

 今日の除草作業のおかげで当分は楽ができそうです。見晴らしはいいし、歩き易くなったし、気分転換にもなるし。でも昆虫たちにとっては迷惑行為でしょうね。それを思うと可哀そうで、喜んでばかりはいられません。

 

 分流の張り出した木の枝に隠れているカモたちはどうしたでしょうか。うるさい音に閉口したことでしょうし、普段見慣れない人たちが10人近くも歩き回ったりしたら不審に?思うことでしょう。昆虫やカモたちは心配ですが、蛇も気になりますね。うまく逃げて隠れていればいいのですが。

 

 分流の川べりは機械では刈れません。残っています。

 

        

 

        

 

 それにしても広瀬川の渇水状況、いつまで続くのでしょうか。 この分では今年もサケの遡上は期待できないことになりそうです。残念です。

 

 このところずーと思っていますが、暑くて雨が欲しいときは、人工的に雨を降らせることはできないのでしょうか。むかし昔は降雨実験なんかしていたような記憶がありますが。全国的に猛暑酷暑が続いたならば、人工降雨により雨を降らせて涼しくするとか、やる気になればできないことはないでしょう。自然の摂理に手を加えることは神をも畏れぬ行為ということでやらないわけではないでしょう。やはり、経済的な採算があわないからですか。そういう声は上がってきていないようですし、一体どういうことなのでしょうか。 人工降雨ができれば、来年夏の東京五輪だってなんとかできるかもしれないのに・・・・。何があるのでしょうか?????(馬鹿な考えですか?)

 


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大した雨風はなくて、

2019-09-09 16:42:54 | 思いつくまま

 午後夫婦で外出して帰宅。玄関先からふと上を見上げたら何となんとナントアゲハチョウが2羽、番(つがい)でしょうか、恋人(蝶)なのか、どちらかが言い寄っているのか、とにかく2羽のアゲハチョウがつかず離れずで、あっち行ったりこっち来たり、上昇したり下降したり、それはまあ激しい動きでした。

     

 上空10~15メートルくらいの高さでしょうか。モンシロチョウでは2羽がくっついたり離れたりしているのは何度も見ていますが、アゲハチョウでは初めてのことです。感動ものでしたね。カメラを構えましたが、ファインダーではなかなかつかまりません。でもようやくボケてはいますが、動きが分かる社sンが撮れました。一安心!

 

                

 千葉県に上陸した台風も宮城県には大した影響もなく、過ぎ去ったかのようです。 宮城県は雨も風もまったく大したこともなく過ぎ去ったようです。 被害に遭われたみなさまにはこころよりお見舞い申し上げます。

  下水口からも勢いよく!

                

 今思うのは、おとといきのうで定禅寺通りジャズフェスティバルが無事終了してよかったです。暑かったけど最高の条件下で演奏ができたのではないかと思います。

 

                

 私も午後4時頃に自転車で出かけてみました。やはりこのブログの記事にしないと、記事にして少しでも多くのみなさんに知ってほしいと思います。やはり仙台人なのですね。一番多感な頃は仙台にいませんでしたが、その後もう何十年も経過しています。

 

         

 まあ私にとっては広瀬川がある限りやはり仙台人、仙台をこよなく愛する人間ということかな、自分でいうのも恥ずかしいけど。 川の主人公は”魚”、魚のいない川は川ではない!が持論ですが、そういうことからいっても今年の広瀬川の鮎釣りは残念無念、悲しいことこの上もないです。

 

              

 ということできのうの午後からのジャズフェスの様子をご覧いただきます。

     

 まあすごい人出で、定禅寺通りを中心にいろんなところから音楽が聞こえてきます。それもみんな異なる音源ですので聞いていても飽きないのですね。

 

             

 人ヒトひとで賑わう中を歩くのはいいですね。自分もそういう中の一人だと感じながら歩き、聞くのはとっても愉しかったです。

 

 ただひとつだけできなかったこと、いいなあと思いつつできなかったこと、それは生ビールです。至る所に店はあり、ビールがとっても美味しそうだし、ビールの美味さを際立出せる焼き鳥等の店も一杯ありました。 ビールをググッ―と飲み干したらさぞかし美味いだろうなあと思いながら我慢しました。

            

             (折角きれいに新しくしたのに・・・)

 マイカー(自転車ですが)できているし、二口、三口くらいならいいかもしれませんが、ひるからビールを飲み干したら、その後が怖いです。    なまじビールの美味さを過去に味わっているから、なおのこと辛いですね。

  

 

 

 

 

 

 

 この中南米の音楽グループの演奏、面白かったです。「コンドルが飛んで行く」とかも演奏しましたが、あの独特な音と演奏がいいです。太鼓と笛の音、これが中南米の雰囲気を醸し出しています。

        

 最後に西公園から西側の空を見た風景です。

 

 

 


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暑い! アツい!

2019-09-08 14:10:01 | 思いつくまま

 

          

 いやあ、どうしたというのでしょう、この暑さ。 台風一過後のフェーン現象でもないでしょうし。12時3分に 31.8度 を記録しています。 これは8月18日の33.6度以来の高い気温です。 

 

       

 こんなに暑いんであれば、当然川に入りたいのですが、極端に水量が無い広瀬川、それでなくとも数が少ないのに掛るはずがないと最初から諦めてしまうという悲しい現実。もう残り日数はきわめて少ないというのに・・・・。うまくいかないものです。 今後もこういうことの繰り返しでしょうか、もしかして。もうまともな天気、気候は期待できないのでしょうから。

 

     

 

 きのうから定禅寺通りストリートジャズフェスティバルが開催されています。きのうから風に乗って軽快な音楽が、メロディが聞こえます。きょう涼しくなったら行ってみようかなと思っています。新聞によると何でもジャズフェスではじめて神楽が舞われたとかいっていました。

 

 登米市の南部神楽ということです。岩手県南から宮城県北部の農村部に根付いた伝統芸の舞と調べが披露されたようです。きのうも暑かったのに大変ですね。でも芸に集中していると汗もかかないとかだれか言っていませんでしたか?ベテラン俳優の言だったでしょうか?

 

 きのうというと昨夜のNHK「LIFE~人生に捧げるコント~」始めて見たのかなあ、とっても面白かったです。さすが内村っ!!自分が全く笑わないで、人を笑わせる芸は素晴らしいの一言に尽きます。内村のツッコミがすごいです。

 

 役になり切ってしまう内村の強さ、恐れ入りました。プロ中のプロだな。広瀬鈴田中川なんか笑いっぱなしではないですか。お笑い芸人とはいっても、ただただうるさいだけの、何を言っているのか分からないような芸なんかとてもじゃないけど芸の内には入らないですね。

 

 コント55号とか横山やすし・西川きよしの漫才とかはもう神業的なお笑いであったと思います。

 

 きれいな写真が続いたので、自然界のきれいな生き物を紹介させていただきます。その前に一枚だけ可愛らしい写真を。

 これぞ正真正銘のおんぶバッタ。

 おんぶバッタはたびたび見かけてはいたのですが、親と子どもが別々というのがほとんどでした。今朝方ようやくこういう写真が撮れました。可愛いし、健気ですよね。

 

            

 

     

 以上4枚は同じアゲハチョウです。9月1日撮影です。別の蝶も。

 

                     

 

                        

 蝶の写真でここまできれいに撮れたのは初めてです。帰園すべき写真です、私には。

 広瀬川本流です。

 

 


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惜しい!もうちょっと、

2019-09-07 16:39:44 | 思いつくまま

  小さいですけど美味いです。

                        

 でももう朝市や八百屋等ではイチジクは販売されています。甘露煮用としての方が多いかな。でもイチジクは結構値段が張る高い果物なのです。 我が家のイチジクは一杯実を付けてくれたのですが、カナブンの攻撃を受けて樹液を吸われたからなのか、大きくなりません。カナブンも数十匹は逮捕・死刑にしました。 気づくのが遅かったかも。

 

              

 きのうの最高気温は30.3度。9月1日以来の30度超えでした。きょうも予報では超えそうだったのですが、風がそれなりにあったからか、仙台の最高気温は何となんとナント 29.9度 でした。 記録した時間はお昼5分前でした。午前11時55分です。

 

           

 早朝はきのうよりも今日の方が高かったのですが。その後お昼頃にかけての気温の上昇はきのうを下回りました。大型の台風が近づいてきているようで、気温もですが、今後の降雨量も気になります。それによって今夏の、今期の鮎釣りは終了となるかもしれません。

 

        

 まあそうなったらそうなったで仕方がありません。ちっぽけなニンゲンが何を勝手なことをほざくのかと自然の神様に笑われそうです。 雨は降って欲しいけど多く降りすぎても困るし、降雨に伴って涼しくなり過ぎても困ってしまう訳で、本当に我ながらどうしようもないです。

 

         

 

 前にも紹介していますが、新聞連載小説「ひこばえ」(重松 清)が佳境に入っています。今のところに主題は「親と子」ではなくて「親父と息子」です。 私にも二人の息子がいるので身に染みて頷いて納得です。

  (スイッチョンが逃げて分流の中へ)

 間接的に責められているような気がしないでもないし、少なくとも過去の親子の関係を強烈に反省させられています。我が家の親子の関係はこれでよかったのかどうか、反省、後悔することばかりです。

   (死んだようですが大丈夫です)   

 でもまだ全員が健在なうちにこの小説を読み、自分のこととして問題意識を持って振り返り、何とか少しでもいい方向に持って行ければいいなあと思いながら毎朝読んでいます。「ひこばえ」の展開は毎回いつも私の想像を超えて進んでいきます。さすが作家だなあと感心することしきりです。

   (無事上陸)

 きょうで連載449回かな、あしたで450回になります。この長さだけでもすごいことなのに、その内容もいろんな問題等を抱えていながら展開していくのです。奥が深い。親子関係について誰しも振り返させられる小説となっていますね。

   (もう大丈夫) 

 単行本になったら売れるのではないかなあ~。吉田何某の「悪人」みたいに。売れて欲しいなあとも思います。単行本化されたら買うかと聞かれたら、多分買いません。毎日赤線を引きながらじっくり読んでいますから。もう残り時間も少ないし、いろいろと”ダンシャリ”もしなければなりませんし。

       

 一部の紹介です。

 『 悲しさには、はっきりした理由やきっかけがあります。病気で言えば、急性のものです。でも、寂しさは慢性なんです。ふと気づくと、胸にぽっかり穴が空いていて、いつの間にかそれが当たり前になって、じわじわ、じわじわ悪化していって・・・・   病気に譬えるなら、自覚症状のない寂しさもある。   潜伏期間だってある。 』

 『 親は、子どもががんばったtきには褒めてやらなきゃいけないんだ。いくつになっても・・・・・。   親孝行だと思って、褒めさせてくれ。息子を褒めることができる親は幸せなんだから。 』

 

 除草作業の様子です。

 

           

 

 (これは刈り取った草を集めているのですね。集めて運びやすいようにしています。)

            

             (草刈の後にはカラスが、落穂ひろい?ですか)

 


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猛暑日か!?

2019-09-06 16:00:28 | 思いつくまま

 

       

        (水が見えますか?)

 いやあ何でしょうねえ、この気温、暑さは。 きのうの最高気温は25.4度でした。 天気予報では31度とか言っていましたが、感覚的にはもっと気温が上がり、35度くらいにもなったのではないか、猛暑日となったのではないかと思ったのですが、実際はそうではなったようです。涼しさにに体が慣れてきているということもあるでしょうね。

 

       

 でも気象台の発表は緑にかこまれた百葉箱での計測でしょうから、街中での気温としてはもっと上がっていても不思議はないですよね。かえってその方が実態に見合っているといえますよね。だからゆうに30度は超えていると堂々と?いってもいいかもしれません。

 

        

 気象台発表では、仙台の最高気温は30.3度で午前10時59分に記録しています。 まあ何にしても暑い一日でした。でも午前7時頃まではきのうとそんなに変わることはない気温でした。朝の河原の散歩の時にすでに猛暑の予感がしました。

 

       

        (きょうもガラガケの人はいなかったようです。)

 

 なんにしても一時的にせよ夏が戻ってきました。   ということで珍しい写真を二つ。

  川に迷い込んだ?クロマグロ

 青森県の八戸市の川での出来事です。まあ当然川がすぐ近いということもあるのでしょうが、1メートルもの丸々と太ったマグロが川を泳いでいたらびっくりしますよね。 この後どうなったのかは分かりません。 次は京都です。何だと思いますか?

 

 説明文では、京都を走る京福電気鉄道の車両で、沿線にある仁和寺の修復工事が終わり、普段見られなものが特別公開されるのに合わせて、沢山の千手観音の黄金の腕がぶら下がっている観音電車とのことです。 驚くというよりも一瞬ぎょっとしますよね。少しの不安や恐怖の入り混じった驚きというべきかも。 でもいいですね、こういうの。大好きです。

 

 前の気温に戻って、このくらい暑い日が続くとやはり川に入りたくなります。竿を出したくなりますが、きょうあたりから何かと忙しくなってきました。 きょうは午後から役員会、あしたは高校生たちとの交流会、来週は定例会・・・・、何よりも今月末の町内のお祭りの準備や実施が待っています。  今まで楽した分忙しくなってきます、ということです。

  この蝶は結構大きいのです。

                           

 

 でもなあ暑い日が続けば何とかして川に入りたいと思いますし、産卵を間近にした大鮎を何とかして釣りたいと切に思います。 思うのですが、広瀬川はますます渇水気味となっています。もういつもの分流なんか、上流域は水なし状態に近くなっています。

 

                            

   

 (河原バッタはとっても多くなりました。3枚目の写真のバッタは7センチありますか?)

 天気は川に入り鮎と戯れるのに最高ではあっても、肝心の川の状況が渇水気味ということでは、釣れるかもしれない数少ない貴重な鮎も釣れなくなってしまいそうです。 居たとしてもオトリ鮎を追ってくれるかどうか。 ものごとはうまくいかないものです。

 

                     

 広瀬川がダメなら最後の頼みは山形の小国川ですか。あと一回、最低でもあと一回は釣行したいです。 そうすると5回通ったことになり、元が取れるということになります。何という計算高いことか。小国川の年券が9000円で、日釣り券が1800円ですから、5回で丁度元がとれます。(笑)

 実を言えば寒河江川にも行きたいのです。寒河江川で1時間くらい竿を出して、その後「ゆ~チェリー」付近の最上川に行ってみたいです。様子を見てみたいです。もしかしてバスにも負けずに少しでも鮎が復活していたりして・・・なんて甘い考えを持ったりもしています。馬鹿だと思います。笑ってください。

 この前大会で一緒になった寒河江川が本拠地の釣り師に言われました。最上川で竿を出すのであれば、まず第一の目標は「ゆ~チェリー」の3つだったかな温泉に浸かること、第2は付近の農産物直売所で野菜や果物を買うこと、第3に鮎釣りをしてみること、と言われました。そのくらいの覚悟を持って最上川に入れば、落胆はしないだろうということですね。

    

 これからどういうラッパを吹くべきか?! もう止めろ(退却)、進め(進軍・攻撃)、様子見(日和見)・・・・・・・・・・。


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今日も曇り空で、心も、

2019-09-05 14:27:21 | 思いつくまま

 

 あ~あ、もう終わりですね。    鮎釣りではなくて、東北楽天GEです。 天王山を迎えここでこそ踏んばらなければならないのに、今までの努力が水の泡と消えてしまうというのに、ここぞという肝心なところでベテラン勢が凡打の繰り返し。さっぱり進化していない。勉強していない。

          

 東北楽天ゴールデンイーグルスVS福岡ソフトバンクホークス(これが正しいのでしょうか?)との3連戦。待ちに待った3連戦で、この3連戦を2勝1敗、できたら3連勝で乗り切ったらもう先は光明に満ちたものになっていたことでしょう。

 

       

 しかしながら、しかるに、現実は不甲斐ないベテラン勢、としか言いようがないです。残念です。悲しい限り。さみしいものです、途中でテレビ中継を止める、見るのを諦める、または他のチャンネルにするということがずーと応援してきた者にとって如何に残酷なことであるか・・・・・。

 

 今まで家族の中で一番最後まで野球中継を楽しみにしていた息子まで途中で立つようになりました。 最初が岸投手、例によって打たれるんだなホームラン。それに引き替え味方打線は沈黙。去年もでしたが岸が投げると打線は湿りがちになってしまうのはなぜでしょうか?

        

 2戦目は満を持して?の則本投手。去年までの雄姿は全く影を潜めてしまいました。奪三振王の威容はまったくありません。いとも簡単にホームランを打たれてしまいます。まあ調子が本調子には程遠いということかもしれませんが、それでもベテランであればコントロールで何とかかわすことができるのではないでしょうか?無理な願いか。

 

 そして沈黙の打線というか肝心なところで一発が出ない打線。浅村やブラッシュの三振はもう見たくなですねえ。打席に立っている姿を見てると、あっこれは三振だなと分かってしまいます。ソフトバンクの中村選手のような何でもいいから粘りに粘る、微妙なところにきたらファウルで逃げるという選手が楽天には居ないのは残念。諦めが早すぎる。ボール球を振りすぎる。

  

 今日の先発投手は美馬、ここでも負けたらもうこんシーズンはお仕舞ですね。 CSにも出られないくらいガタガタになってしまうことでしょう。いつしか長年慣れ親しんだ定位置に落ち着いていたなんてことになるのではないか、思いたくない、ゾッとしますが、・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 (今朝はガラガケの人の姿は見当たりませんでした。)

 ようやく河原の除草作業開始です。 

 

 きょうは5の日ですので、朝の見守りとして交差点に立ちました。今週は2回目となりますか。この時期は暑くも寒くもなく、交差点に立つのも苦にはなりません。何と言っても小学1年生から高校生まで、大人の人も、顔見知りとなった人たちの姿を見てあいさつをするというのは嬉しいものです。 小学校低学年の子どもたちはどうみても可愛いものです。

 

    糸トンボの交尾 

 今朝の地元の河北新報ネット版で見ました。見出しは、「重すぎる通学かばん12キロ 中学生い『つらい』 ロッカー狭く置き勉困難」 というものです。私が常々問題にしていたことを大きく取り上げてくれました。

   

 中学生の子どもを持つお母さんからのメールが新聞社に行ったようです。 それによると、12歳の娘のカバンのなかには教科書やノート等がぎっしり25冊も入っており、その重量は12キロにもなったとか。娘は他に部活の道具も持って、片道1.6キロを約20分かけて徒歩登校してるそうです。

                 

 やはり重い荷物は成長期の子どもに悪影響ではという心配があります。 それで国や教委もそっかーへの置き勉を認める方向にはきているものの、ロッカーが狭くて不十分のようです。

  

 私も重い荷物を背負って前かがみに歩く姿は決して見ていていい光景ではないし、背骨に悪景況が出るのではないかとそれが一番心配だったのですが、新聞で紹介している整形外科医の言うことには、「重い荷物で背骨が変形し姿勢が悪くなることはないが、腰痛や肩凝りの原因になる恐れがある」とのことです。

 背骨に悪影響が出ないのであれば少しホッとしますが、でも中学一年生の中には小さい子もいて見ている方が辛いくらいにもうこともあります。 そういうことで朝の見守りの中で3人ほどの中学生に聞いてみました。

 今日の地元の新聞を見てきましたか?と聞きましたが誰も新聞を見る余裕はないようです。そういえば、自分の中学時代でも朝から新聞を見るなんてことはなかったですね。朝の新聞は親が見ること、先に見るものという観念でした。いまは何かと忙しいでしょうからそういう時間も持てないだろうし。

 カバン(私としてはイメージとしてどうしてもカバンというよりはリュックサックなのですね。カバンというと手に持つか肩から交差するようにかけるかするものという思いです。)が重いかと聞いたら重いと答えた人がふたりかな、ひとりは大丈夫ですとの返事。 重さが12キロもあるんだと言ったらびっくりしていました。自分で計ったりしたことはないでしょうからね。

 一人の女の子は毎日これで鍛えていますからとかうようなことも言っていました。 でも小学生の延長線上にあるような小さな中学生には厳しすぎるように感じます。気の毒です。置き勉がしやすいように何とかすべきです。

 

 それとも旧陸軍の背嚢を背負わせるための訓練としてやらせ続けたりして、ですか。昔の日本人の平均身長体重は今より小さかったはずです。それでも陸軍の正式な?背嚢(すべてを詰めて背負った場合)の重さはひとりの人間くらいの重さがあったというじゃないですか。40から50キロの重さです。


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午後から、夏に!

2019-09-04 13:48:27 | 思いつくまま

  

          

 今朝ですか、とうとう今夏初の?最低気温が20度を切りました。午前6時に19.1度を記録したようです。でも午前5時では20.0度でした。 たしかに今朝方はもうすっかり秋の気配でした。寒いとまでは言えませんが、空気の涼しいこと、否が応でも夏が終わった、秋が来た、と思わせます。

 

       

         

 実はその時私の心の中で何を思ったと思いますか? ああ、もう鮎釣りはお仕舞だ、と。もう鮎釣りをやめようか、鮎釣りの道具や仕掛け等を仕舞ってしまおうか、と。

      

 でもお昼過ぎには外は明るく、眩しく夏の気配が漂い、陽射しも暑く感じるようになりました。まだ早い!鮎釣りを止めるのは!と考え直した次第です。どこまで愚かなニンゲンなのか。だからニンゲンなのか。それニンゲンなのだ?

 

      

 

 (きのうと同じ釣り人のようです。ガラガケで掛かるのでしょうか?)

               

 でも朝方の河原の様子はすっかり変わっています。ここ3日間ほとんどセミの鳴き声は聞こえません。対岸の崖の上の大木からも聞こえません。 より正直に言えば、きのう散歩の帰り道でクルミの木で力無く鳴くミンミンゼミが1匹いました。最後の雌を呼ぶ鳴き声なのか。

  

   

 しかし、きょうの午前家の居間にいるとき、近くの木で何となんとナントツクツクホーシが鳴き始めました。 いやあ嬉しかったですね。しかもワンセットだけではなく、一回鳴き止んでからもまた鳴いてくれました。ツーセットのツクツクの鳴き声を聞きました。まだ居たんだ、もう少し長生きしてくれ!と祈りたい気持ちで聞きました。

 

 午後からの夏を思わせる天気、気温でセミたちは元気を取り戻すかもしれません。そうあってほしいですね。

               

 

 少し前に、塚本晋也監督作品「野火」を紹介しましたが、彼をしてこの作品を完成させた原動力は、もう実際に戦争にいった人たち、戦争を経験した兵士たちが居なくなってしまうという危機感でした。彼らが少しでも生きている間に話しを聞いて書き留めておこう、という気持ちでそれを作品に昇華させたわけです。

 

                 

 以下は朝日新聞の「声欄」から引用させていただきます。

   

 岩手県の戸蒔さん(83歳)の投書から。『 80歳を過ぎ、「生きていても、だれの役にも立っていないなあ」と思うことが増えた。91歳で逝った夫の新盆を済ませてからは、なお、そう思った。 でもこの8月、幾たびかの黙禱を重ね、木がついた。戦争を体験した者が子どもや孫に、戦争を知らない人たちに、戦争は二度と繰り返してはいけないと伝える役目がある、ということに。 』(八月三十一日)

  

 東京都の石井さん(84歳)は連歌で訴えています。『 八月の今年も来たり十五日  屍の山三百幾万           密林にいまだ白骨野ざらしに  お国のためと兵士は哀れ  神国が戦に敗れそのあとに  なんにもせずにハイ民主主義  』という連歌のあとに、『最も大事なことは、政府・日本軍のどの部署のだれにどんな責任があったのか、徹底的に解明することだった。・・・。いわば他人任せ(極東国際軍事裁判のこと)であいまいにしたまま、戦後を過ごしてきた。。その連続の上に、今日の日本がある。』(八月三十一日)

 

 9月3日の神奈川県の横山さん(66歳)の投書です。『 戦争を持ち込んでくるのはいつも政府だ。この日(8月15日のこと)は、政治家こそが不戦を誓う日ではないのか。・・・。戦争をする政府に税金を払いたくはない。だが納税者が、政府に徴兵された時代があった。本来は納税者が雇用者であり、政治家は被雇用者なのだ。税金は平和のために使われるべきであり、政治家には戦争を回避し、平和構築に努める責任がある。 』

 

 河原はセミの時代が終わり、虫の、昆虫の時代となっています。

 


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パッとしない、夏ではない!

2019-09-03 14:41:06 | 思いつくまま

 

       

 いやあ、参りましたね、何でここで死んでもらう必要があったのか??「なつぞら」の天陽です。退院前の一時帰宅。徹夜しての巨大な馬の絵を描きあげ、本人はとっても満足そう。でも明らかに体力を使い果たしてしまった。死相さえ見える顔つきではなかったか??それなのに、畑を見に行くという。妻もついて行こうと言うものの、大丈夫ひとりで行くといわれそのまま行かせる。あの場面でそんなことはありですか??どうみても不自然ではないですか。死を予感させる場面ではないですか??   このところ「なつぞら」は前ほど面白くなくなりました。はっきり言って少々つまらなくなっています。それでも見るのはもう習慣となっているからです。朝の7時15分から「おしん」を見て30分から「なつぞら」を見るのが習慣となっています。(その後「グレートトラバース3」を見ています。日本の山々の素晴らしさが伝わってきます。)「なつぞら」はオームドラマだという位置づけですが、アニメの方が順調に行ってからは、出産育児ということがあっても盛り上がらなかったですね、私の中では。何というか”平和ボケ”みたいな感じです。今月いっぱいの放送ですか。多分このまま見続けることでしょうが、やはり「おしん」と比べると深み重みが違います。重厚感が薄い。迫って来ない。お前も考えろと迫って来ない、問題提起がない。そうか全体い社会性が薄くなってるということかも。

 

         

 

 きょうの天気はきのうとほとんど同じですね。もうすぐ午後3時ですが、最高気温はきのうの24.7度に対しきょうは24.6度となっています。外は時たま雨粒が落ちてくる程度です。きのうの方が雨らしい雨降りでしたが。 でも週末にかけてまた気温は上がってくるそうです。その時が鮎釣りには丁度いいかも。川に入るのに相応しい気温天気、もしかして今シーズンの最後となったりして・・・・。まあそれはまだ少し早いか。

 

 今夜からプロ野球のパリーグはいよいよ天王山を迎えます。きょうから東北楽天ゴールデンイーグルスはソフトバンクと西武との連戦です。ここで勝ち越せば楽天は2位か、もしかして1位になったりして、とうことも全くの夢とは限りません。

          

 

 ここで楽天の二人のエース、岸と則本が完投するとまでは言いませんが、2,3点で抑えて7回くらいまでもって欲しいものです。1,2点か。いよいよ東北楽天の運命はこの岸と則本の二人にかかっているといえます。男なら、今こそびしっと決めて欲しいですね。これがエースの投球なのだと、弓削や石橋に見せてやってほしいです。

       

 

 

 いつもの散歩コースで面白いものを見つけました。なんだと思いますか?

 

                    

  蜘蛛の赤ちゃん! 

 この縞模様を見ると、もしかしてジョロウグモか? すごい数ですが、このうち何%が生き残っていくのでしょうか。

 


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見ましたか、映画「野火」

2019-09-02 16:55:41 | 思いつくまま

           

 

        

 夜中から雨降り。 日中も降ったり止んだり。 梅雨そのものという感じでした。 最高気温も24.7度のようで、それは深夜の午前0時31分に記録したものです。 昼でも23.5度までしか上がりません。 きのうの最高気温は31.3度ですから、8度前後も低くなっています。

 

     

 きのうは降伏文書を紹介させていただきました。1945年9月2日に署名したものですが、降伏文書の”日時”の部分を書き写しておきます。

 

 『千九百四十五年九月二日午前九時四分、日本国東京湾上に於て署名す』 となっていて、その後「重光葵、梅津美次郎」の署名があります。 9月2日の午前9時4分に米戦艦ミズーリで署名したことになります。

 

      

 

 9月2日降伏文書に署名した日だからということではないのですが、この前大岡昇平原作の映画「野火」見てきました。仙台フォーラムでの最終日に何とか見ることができました。8月29日ですか。 新しい「野火」の監督は 塚本晋也 です。主人公としても出ています。

    

 「野火」というと、どうしても思い出す映画は市川崑監督の映画ですね。後で調べたら1959年の製作となっていました。でも字際に映画を見たのはテレビからです。日本映画専門チャンネル(552CH)で放送した映画だと思います。

 主人公は誰だったかは忘れたものの、中でも強烈な印象を持ったのはミッキーカーチスですね。なぜか結局彼が極限状態で行ったこと、人肉食の兵隊だったからです。(あとで分かりましたが主人公は船越英二でした。) 敗残兵をサルと称して、鉄砲で狙い撃ち、人肉を干してサルの肉として食していたわけです。

 あのハイカラな風貌のミッキーカーチスの人肉食の兵隊を演じている姿、逆にそれだからこそ印象が強烈だったのかもしれません。当時の映画は当然白黒映画です。今回の映画はカラーです。 (カラーの出初めのむかしは「総天然色」映画と言っていましたね。 70ミリ映画・総天然色映画というと「ベンハー」ですね。)

 

 カラーで見る腐敗した兵隊、腐った吹き飛ばされた腕、それに群がる蛆虫、それを見て思わず食べたくなって手を出したくなる場面なんか強烈でした。 そこまで現地の兵隊を追いつめた戦争という現実。戦争は決して美化できるようなものではないのです。

                  

 銃弾や砲弾に吹き飛ばされた死体は醜悪そのもの、見るに堪えないものであり、”玉砕”何て言って決して美化できるものではありません。靖国神社に祭られる?ふざけるなといいたいです。兵隊として出征し、戦地に赴いたのに、満足な武器弾薬もなく、戦うことよりも山間地帯、ジャングルを逃げ回り、食料も無くなり、病気になり、動けなくなり、遂には餓死してしまう。

 

 兵隊としてそれなりに十分な武器弾薬で敵と戦って死ぬとかいうのでしたらまだしも納得いくでしょう。 兵隊なのに逃げ惑い、ついには病死、餓死する、こんな理不尽なことがありますか。 それと満足な護衛船もないままに南方に送られ、途中で潜水艦の標的となって海の藻くずとなって消えてしまった兵隊、病死、餓死、溺死した兵隊たちに申し訳が立ちますか。

                

 ちょっとした想像力を働かせればいかにひどいことか、酷すぎることか、分かるはずです。大本営の作戦参謀たちの無理難題無知な作戦の数々。今でももっともっと責任を問われてもいいのではないですか。

 

 それなのに丸山何某は、北方領土だけでは懲りずに、竹島についても戦争で奪い取れとかいうようなことを言っているようです。全く呆れてあきれてこれが国会議員何だと思うともう絶望するよりほかはないですね。エリート官僚から政治家への転身組ですよね。頭はいいのかもしれませんが、想像力の無さはまさに絶望です。

                

 最後に、監督の塚本晋也のチラシの言葉を掲載させていただきます。

 『 戦後70年で公開しました「野火」。 そのときすでに戦争にいかれた方々はほぼいらっしゃらなくなり、戦場での恐ろしいできごとが忘却の彼方に消し去られようとしていました。

 それから丸4年。記憶はさらに遠くなり、戦争で起こったことはさらに遠くへ押しやられ、戦争の痛みを想像することができずにその道に突き進んでしまうことへの不安を感じます。さまざまな考え方がありますが、まずは「野火」を見ていただき、戦争の実際の恐ろしさを体で知っていただくーー。その必要を感じています。

 常に考えていなければいけないことではありますが、せめて1年に一度、戦争で起こったことを想像していただく機会にしていただけたら、と思います。そこには絶対近づかないようにするためにーー。

 ぜひ、劇場の大きなスクリーンと音響で、体感してくださいませ。   塚田信也  』

 

 


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きょうも 30度 超え!

2019-09-01 13:38:01 | 思いつくまま

 

 

 いよいよ9月ですね。 9月長月。 ついに9月。 もう泣いても笑っても約半月の勝負。 お笑いになるかもしれませんが、今広瀬川での鮎釣りで狙っているのは ”尺鮎” です。数がきわめて少ないから、もしかしてどこかに隠れているのではないか?なんて勝手に想像して、せめてもの期待を抱いているという次第です。(笑)

 

        

 

 午後1時40分に31.3度を記録しています。意外と風がないですね。だからよけい蒸し暑く感じます。

 

       

 

 またありましたね、もう毎度毎度おなじみの米国での銃乱射、無差別殺人事件。 テキサス州で30代の白人による銃乱射事件があり、5人死亡21人負傷とか。 なんでも郵便配達用のトラックを盗んで走りながら発砲を繰り返したとか。

 

 やりますねえ~。さすがアメリカ。いたるところで活発に銃撃の実弾練習、銃殺練習訓練を自主的に繰り返しているようです。 この際ですからもっともっとやったらどうですか。 どこかとっても広いところで、実弾で撃ち合いをしたい人たちを公募して、思う存分実戦経験をやらせてみてはどうですかね。

       

 もちろん参加者は死んでも文句は言わない。家族等も含めて了解したうえでの実弾実戦経験です。もしかして、意外と集まるのではないですか。

 (澱橋下流)

 

 いやあどうしたというのでしょうね、ベガルタ仙台。 一時はJ2降格争いのところまで成績は落ちてもはやこれまで!と思わせる事態まで進みましたが、その後何とか息を吹き返してよほどのことがない限りJ2降格争いからは脱却したと思っていました。

 ① 

 (きのうの午後からの広瀬川の鮎です。こんなチビ鮎に襲い掛かる?のですからねえ。見てください、この大きさの違い!)

                

 しかしきのうも逆転負けを喫し、もはや堂々の”降格争い”に加わってしまったと宣言してもいいくらいのところまで落ちてきました。 シュートは多く放つのですが、実のところメクラ滅法に打っているだけで、後半になるともう試合にならないくらいのひどい攻守の繰り返しということを繰り返していたようです。

 ② 

 (これはようやく掛った2匹目です。でも根掛かりですぐに失いました。毎度毎度のことです。)

                 

 一時調子のよかったJ2の「山形」は、この頃はすっかり5位か6位くらいに低迷しています。一時はもしかして「山形」がJ1に復帰して、仙台がJ2へ降格するかもしれないとさえ思っていたのですが、この分では両者ともJ2での戦いになるかもという状況です。

  (きのうの場所)

 

 下名は茲に、日本帝国大本営並に何れの位置に在るを問はず一切の日本国軍隊及日本国の支配下に在る一切の軍隊の聯合国に対する無条件降伏を布告す。

 下名は茲に、日本帝国大本営が何れの位置に在るを問はず一切の日本国軍隊及日本国の支配下に在る一切の軍隊指揮官に対し、自身及其の支配下に在る一切の軍隊が無条件に降伏すべき旨の命令を直に発することを命ず。

 以上は1945年9月2日に署名された「降伏文書」の一部です。 日本語では「下名は茲に」という出だしから始まる文章が7つあります。そのうちの二つを掲載しました。(今朝の新聞にあした9月2日は降伏文書調印の日だと書いてあったので、手元の岩波文庫34-033-1「日本国憲法」を開いてみたものです。)

 ここで言う「下名」とは、以下の二人のこと。

 ・大日本帝国天皇陛下日本国政府の命に依り且其の名に於て  重 光  葵

 ・日本帝国大本営の命に依り且の其の名に於て             梅津美治郎

 大日本帝国天皇陛下、日本国政府、日本帝国大本営、と使い分けていますね。

 因みに「聯合国」とは、合衆国 ・中華民国 ・グレート、ブリテン ・ソヴィエト社会主義共和国聯邦の4国をいいます。でも、最後の署名では、「グレート、ブリテン」は「聯合王国」となっています。

 最後の署名は、「日本国と戦争状態に在る他の聯合諸国家」も入っています。参考までに羅列します。

 聯合国最高司令官・・・ダグラス、マックアーサー

 合衆国代表者・・・シー、ダブリュー、ニミッツ

 中華民国代表者・・・徐永昌

 聯合王国代表者・・・ブルース、フレーザー

 「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦代表者・・・クズマ、エヌ、ヂェレヴィヤンコ

 「オーストラリア」聯邦代表者・・・ティー、ユー、ブレーミー

 「カナダ」代表者・・・エル、コスグレーヴ

 「フランス」国代表者・・・ジャック、ルクレルク

 「オランダ」国代表者・・・シェルフ、ヘルフリッヒ

 「ニュー、ジーランド」代表者・・・エス、エム、イシット


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