笛吹奮闘記

遠州に春を告げる「三熊野神社大祭」。祭りを彩るお囃子は、静岡県無形文化財「三社祭礼囃子」。四十を過ぎた男の笛吹挑戦記!

お祭り総括vol.3

2006年10月16日 19時25分12秒 | Weblog
 笛をはじめて1129日。
昨夜は、自宅のファクスが壊れてしまったので、買いに出掛けました。ついでに、食事をして、少し足を延ばして菊川の祭りを見学して帰って来ました。毎年、妻の実家に出掛けているので、菊川中心部での祭りをここ数年見ていなかったのですが、区画整理が行われていて、祭りの様子も少し様変わりしていました。JCの後輩や、参議院議員のS君等とも会うことができて、楽しい一時でありました。

 お祭り総括Vol.3です。
まずは、昨日の写真の説明から。土曜日の朝8時半から、防災センター(いわゆる公会堂)の広場にて、会所開き式が行われます。一通りの挨拶のあと、役太鼓が披露されますが、今年は「天孤の舞」の初披露と言うこともあり、祢里の上で踊るのではなく、下にゴザを敷いてのお披露目となりました。後方の祢里は、一番ふるい祢里で、今中学生が曳いていますが、昭和8年に遠州横須賀の中本町から譲りうけた祢里で、すでに100年以上経っている、大変貴重な祢里ではあります。しかしながら、保存状態は決して良い物ではありませんので、老朽化が激しいのです。すでに本体の保存は難しいので、彫り物と彫金だけは何とか新しい祢里に付ける等して残していきたいものです。

 そして、本日の写真は、我がOB会が曳く「ちい祢里」であります。だしは「高砂」、何と今年は、人形の位置が入れ替わったしまいました。組み立てをしているときに、誰も知る者がいなかったと言うことで、「雛人形や結婚式の高砂は、男が右だから」と言うことで、この様になってしまいました。実は、昔は「左が男」だったようで、そのことを何とか言うと、遠州横須賀の「め組の角つなぎ」さんに教えて頂いたのですが、ど忘れしてしまいましたので、また聞いて報告します。しかも、着物を着せるときも、女性の合わせを逆に着せていたり、いくら知らないとはいえ、少々情けなく思ってしまいました。着物の合わせ位は誰だった知っていると思ったのに・・・・。

 写真でもお解りの用に、「ちい祢里」ですから確かに小さいです。小太鼓が大人で叩くと巾は一杯です。大太鼓と笛吹が乗れば、大人4人で少々窮屈になってしまいます。それでも、車軸と下台の間に、木をかって少し高さを上げたりして、大人が曳きやすい用に工夫もしてあります。小型ですから、曳き回しも楽ですし、狭いところでも入っていけます。にも関わらず、最終日の夜は、大勢いたのに、良く枠が上がって、上に乗っている人はひっくり返りそうになるなんて場面がちょくちょくありました。人は大勢いても、しっかりと祢里も持って曳いている人が少なく、曳き方が本当になっていません。

 宵宮は、夜7時から9時まで行いました。土曜日は、8時半の会所開き式に出席したあと、OB会は毎年全員で記念撮影をします。最初の年は、注文を取ったのですが、半年以上取りに来なかった人がいたらしく写真屋さんも困ったと言うことで、二年目から会費で全員分を買うことにしました。従って、3千円の会費を払っても、会費で写真代の千円まで負担してくれるのです。
 昼食は、各自一端家に帰ってとなると、午後から誰も出てこなくなるのではという心配から、会長の奥様はじめ数名の奥様が協力してくれて、おにぎりを支度してくれます。今年は50食分、おにぎりの具が色々合ったり、赤飯のおにぎりも合ったり、唐揚げや漬け物までつけて下さり、大変おいしく頂きます。しかも、土曜日と日曜日もと二日間作ってくれるのです。わずかな報酬しか差し上げられ無いのですが、それでも楽しく作っているから苦にならないと言ってくれますので、本当に有り難い事です。

 祭りで一番お金が掛かるのが食事代です。私の地区では、昔から青年、中老会は、毎度毎度食事があります。夕食は、だいたいが丼だったり、ちょっと贅沢です。それも、町内にその様な業者がありますので、いきなりお金が掛かるから今年からカットと言うわけにはいかないようです。しかしながら、祭りの時だから事、奥さん連中が出てきて、みんなで炊き出しをして食事の支度を摺るというのも、悪く無いと思います。その様にやっているところは、数多くあります。

 その前に、私から言わせると、食事に家に帰ってまた出て来ないと言うのもおかしい話です。年に一度の祭りだから、出来るだけ長く祢里を曳いていたいと思います。ですから私など、祭りの時は朝一度家を出れば、夜終わるまでよっぽどの用事がない限り家に帰りません。ご飯だって、一食くらい食べなくたっていいし、途中で何でも買って食べようと思えば食べられます。それがごく普通の事だと思うのですが、どうも私の地元では普通で無いと言う人が多いの本当に残念です。
 まだまだ、「ねりきち」の養成をしていかなくてはいけませんね。

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1 コメント

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「天孤の舞」 (勿忘草)
2006-10-17 10:13:20
以前、この舞のことおっしゃってましたね。

この日が初披露だったのですか。

そしてこの「ちい禰里」もこじんまりしていますが、可愛らしくていいですね。



若い方は、着物の合わせかたも男女が違うと思っているのでしょうね。



浅草界隈でも様々な行事があり、若い人の浴衣姿を見る機会がありますが、時々左前に着ている人を見かけますよ。



お祭りも、多くの人たちの協力で成り立っているのがよく分かります。
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