nekoyan日記

雑記帳・スケッチブック・メモ

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2017年4月30日 四国・西種子川

2017-04-30 23:59:59 | 

行った人:ikkoさん、僕

 前夜、瀬戸大橋を渡って高松道に入り、入野PAで前夜泊した。明石大橋ルートで来たikkoさんは、四国に入ってからしばらく対面通行区間があるので走りづらかったとのこと。入野PAはコンビニもあり、トイレもきれいなので前夜泊にはちょうどいいかもしれない。ikkoさんとプチ宴会ののち就寝。翌朝新居浜インターで降りて、西種子川沿いの林道に入る。途中荒れたところがあったが、なんとか魔戸の滝駐車場に到着した。早速準備して出発。最初は遊歩道を登っていく。途中、魔戸の滝の展望台のような場所があって、雄大な滝の全貌を見ることができる。

さらに登っていくがなかなか沢への下降地点が現れず、もしかしたら行き過ぎたのかもと思い始めたときにようやくポイントとなる標識が現れた。

ここからゆるゆると降りて沢に降り立った。

ナメ滝や小滝をやり過ごし、ミニゴルジュを抜けると右から支谷が入るところにアケボノツツジが咲いていた。そのあとも滝が次々と出てくる。

       

20M滝ではロープを出して左岸から巻いて登った。骸骨岩は右岸を大巻きした。

夏なら泳いで取りついたりすると面白いかもしれない淵や滝が沢山あったが、今回はほとんど巻いて登った。

 

1260m地点の二又で遡行終了。

小屋跡を見ながら左岸側を歩くとしっかりした石段がでてきてそこから仕事道をたどるが、すぐに不明瞭になる。ところどころ赤いテープがあるのが目印だが、真新しいピンクのテープもあって、それをたどるとまた谷に逆戻りしてしまうことが2回もあった。今回の核心はこの下山のルートファインディングにあったという印象が残っている。下山後、パナスという日帰り温泉に立ち寄る。南国風の建物で、いろいろな風呂があって楽しめる。料金も良心的だが、シャンプー・石鹸は持ち込みだった。

 

<コースタイム>

7:30 魔戸の滝駐車場 → 8:10 沢への降り口 → 14:20 小屋跡 → 17:15 駐車場

 

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2017年4月23日 南紀・和田川・鳴谷

2017-04-23 10:39:14 | 

行った人:T崎さん、K谷さん、ikkoさん、N村さん、僕

南紀の沢は遠い。道の駅ほんぐうに到着すると、肌寒い風の中T崎さんとK谷さんが宴たけなわだった。翌朝ikkoさんも合流し、和田川方面に向かう。落石の多い道をそろそろ走って鳴谷出合の橋に到着。付近に車を止めて入渓した。

いくつかナメ滝を登り、連瀑帯となる。ここはロープを出して巻いたが、落石が多くて緊張した。

 

続いて暗い廊下となり、腰まで水に浸かって進んだ。

 

15Mの美瀑は右岸のルンゼから大巻きする。

この後も滝、ナメ、廊下が沢山出てくる。

    

20Mの大滝は右岸ルンゼから巻き、続く10M滝も大巻きとなるが、これがこの谷一番の難所だった。

 

ここは岸壁に絡みつく木の根をN村さんが果敢に掴んで見事に登り切った。

登り切ったところからは上流の70Mの大滝が望めた。

この日の遡行はこの70M滝の下までで打ち切りとなった。

下山は左岸の仕事道をたどるが、不明瞭な地点が多数あり、ルートファインディングに苦労した。

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2017年4月16日 吉野山~井氷鹿の足跡をたずねて

2017-04-16 21:38:01 | Weblog

古事記に登場する井氷鹿は神武天皇東征のおり、井戸の中から出てくる土酋の名前である。「其地よりいでませば、尾ある人、井より出で来たりき。その井に光ありき。ここに汝は誰ぞと問ひたまへば、吾は国つ神、名は井氷鹿(いひか)と謂ふ。と答へ曰しき。こは吉野首達の祖なり」古事記にはただこれだけの記述しかないのだが、吉野、川上近辺には井氷鹿にまつわる遺構がいくつか残されている。今年の花見は吉野にある井氷鹿の足跡を訪ねることをテーマにすることにした。

下市の安い駐車場に車を止めて吉野行きの電車に乗ると、あたかも通勤電車のように花見客で寿司詰めの状態だった。吉野駅で降りて大勢の花見客と一緒にぞろぞろと歩いていく。吉水神社を過ぎて少し歩くと旅館街を離れて右にそれる道があり、入ると観光客の喧噪が急に消えて静かな住宅街になる。その突き当りには大きな別荘があり、その玄関脇のようなところに小さな祠があって、それが井光神社だった。

古びてはいたが、きれいに掃き清められていて手入れが行き届いているところを見ると、地元の方の信仰が今でも続いていることがわかる。いったん旅館街に戻り、もう一つの井光神社を探す。中千本のバス停で道は二又に分かれ、右手の道に入る。井光神社を探しながら坂を上っていくと、善福寺の標識が見えた。多すぎる車と雑踏に気を取られてどうやら井光神社は通り過ぎてしまったらしい。とりあえず先に善福寺の井光の井戸を見に行くことにした。このお寺の正式名は「井光山善福寺」。ここも井光ゆかりの場所である。

お寺でお茶をごちそうになり、お寺の方に井光の井戸を見たいとお願いすると、渡り廊下のハネ板を上げて裏庭に通じる道へ通してくれた。急な坂を下りると井光の井戸はあった。井戸といっても小さな石垣の遺構しかなく、水はなかった。

この井戸から人が出てくるとは正直思えなかったが、井戸の伝承が後の時代の付会であっても元々この土地が井氷鹿と深く関わりがあるという意識が古くからあったことは確かであろう。お寺に引き返し、お寺の方にカオリがもう一つの井光神社(八幡神社)のことを訊いてみるが、ピンとこない様子である。実は「やはたじんじゃ」ではなく「はちまんぐう」というのが正しいらしい。ようやく場所がわかったので少し引き返してみると観光客がひっきりなしにとおる道筋に井光神社八幡宮があった。ここもさっきの井光神社とおなじく小さな祠だけの質素な社である。

この日はこのあと水分神社まで歩いた。今回は吉野にある井氷鹿の遺構を訪ねたが、今度は川上村の井氷鹿の遺構を訪ねてみたいと思っている。

 

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2017年4月9日 十津川・橋の谷下部ゴルジュ

2017-04-09 13:08:52 | 

行った人:M内さん、N村さん、S藤さん、S野さん、僕

国道168号線は猿谷トンネル手前で時間通行制限があり、22時を過ぎると2時間毎に15分だけ通行できる。土曜日仕事場からかえって出発したが当然22時には間に合わず、24時からの通行時間を狙うこともできたが疲れていたので大塔の道の駅で車中泊した。翌朝早朝に出発し、集合地の風屋ダムサイトに6時過ぎに到着すると東屋には酒瓶やら食べ物が散乱していてシートで風よけしたベンチには二つの寝袋が。。前夜はかなり盛り上がったようだ。

やがて皆むくむくと起きだして挨拶を済ませ、3台の車で国道をさらに南下。十二滝谷では人が集まっていた。その先すぐで国道が右側にわかれて旧国道に入り、橋を渡るところが橋の谷である。いったん国道に戻って駐車スペースで着替え、M内さんの車で橋の袂に行った。

橋の脇から仕事道が伸びているのでそこから入っていくが、いきなりのゴルジュで直登が難しそうな水量の多い滝が連続している。

なかなか沢に降りられず、そのまま急な仕事道をたどってやっと登れそうなところが出てきたので沢に降りた。前方には4Mほどの滝。早速S藤さんは豪快に水流を浴びながら見事に直登した。

寒そうなので他の人はまた仕事道に戻った。沢に戻ってしばらく行くとまた滝が現れる。

最初右岸から巻こうとしたが、N村さんもM内さんも行き詰まり、S野さんが左岸側から登れるんじゃないのというので見に行くと確かに踏み跡がある。S野さんは巻き道を見つけるのがうまいのだった。踏み跡には梯子の残骸なんかもあったが、かなり急斜面で緊張した。次の5Mほどの滝はN村さんがトップで登って上からお助けロープを垂らしてもらった。

その上には6MほどのV字樋のような滝。上部にはチョックストーンや垂れた枝があってなんとか登れるかもしれない。で最初はS藤さんが挑戦するが、滑りやすいのであきらめる。右岸からの巻きにかかるが、その間M内さんが直登に挑戦する。垂れた枝に手が届いたが、不安定らしく別の支点を探しにいこうとした瞬間に滑り落ちた。

大丈夫かと訊くとちょっと休むと言って、なんとか立てたのでほっとする。だが右岸の巻きでM内さんはやっぱり登るのは難しいと言う。片足に力が入らないらしい。ということで今回の遡行はここで終了となった。

懸垂で降りるときにM内さんはオンブしてくれというが、すげなく断った。痛がりながらもM内さんはなんとか無事に国道まで降りたのでほっとした。着替えて滝の湯で汗を流し、五条で飯を食おうとしたがミンミンもトンチンカンも営業時間を過ぎていて仕方なくM内さんが御所のカイシンゲンに電話して店を開けておいてもらってそこで定食を食べて解散となった。

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