nekoyan日記

雑記帳・スケッチブック・メモ

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5月19日~20日 神納川・三田谷

2012-06-30 23:37:25 | 

朝自宅を出発し、時間がもったいないから南阪奈道路を使って葛城で降りたら大失敗。この日は葛城山の躑躅が見ごろを迎えた週末で道路は大渋滞の長い列だった。葛城山麓公園前の信号まできて我慢できなくなり、国道24号方面に逃げた。24号線は空いていて、はじめからこっちを走ればよかった。途中のオークワで食料を調達し、神納川の川沿いの広場に駐車。三田谷出合にかかる橋のたもとから谷に入った。

  

最初は広い川原だった。というか、水がまったく流れておらず、暑い中をせっせと歩いた。ようやく水が出てくるが、両岸には砂利が堆く積もっていた。これも昨年の大雨の痕跡だろうか?

 

2時間ほど歩いてガニオ谷出合の少し先で幕営。この日の夕食は念願のバーベキュー。というのも、これまで夕食にバーベキューを計画した2回の山行はいずれも雪のために避難小屋での食事を余儀なくされる結果に終わっていたからである。今回は天気よし、焚き火も万全の絶好のコンディションでバーベキューをすることができた。

  

あくる日はまずマツオ谷に出合を目指す。出合の先にもいいテン場があり、ここまでがんばってもよかった。それからしばらく歩くとゴルジュに入る。20Mの滝は左から巻くが、カオリがなかなか登ってこないので様子を見に降りる途中で石を落としてしまう。これがカオリの手に当たった。幸い、骨が折れるようなことはなかったが、しばらく痛そうにしていたのが気の毒。。ここは途中でロープを出して登るが、かなり緊張する登りだった。そのあとしばらくナメが続くが、またゴルジュとなり、18M滝は右岸を巻いて、次の滝は左岸を巻く。この巻きもザレ場をトラバースしたり、切れ落ちたところを渡ったりしてカオリの恐怖は頂点に達していた。この先もどんどん滝が出てきて直登したり巻いたりして進む。

  

最後は水がなくなり、岩の転がる薄暗い谷を詰めあがると小辺路の山道にかかる橋の袂に出てきた。やれやれと思いきや、ここから山道を伝って駐車地までの道のりが長くてかなりしんどかった。

 

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5月13日 播州・根宇川・滝ノ谷

2012-06-24 10:44:14 | 

朝自宅を出発し、途中の「たいこ弁当」でセカンド・ブレック・ファースト&昼食購入。グリーンエコー笠形のキャンプ場近くの駐車場に車を停めた。笠形山に登る中高年の団体を見送ってから、炊事場の脇を通り抜けてすぐに入渓。

最初は薄暗くて狭くてなんだかいなや感じの沢だ。沢を歩いていると、すぐに登山道が接近してきて親子連れが普通に歩いていたりする。

子育観音で一旦登山道に上がってからまた沢を歩くが、登山道はいつまでも並走していいて興ざめ。オウネンノ滝ではギャラリー注目の中、滝の右側を根をつかみながら登った。

カオリにはちょっと厳しいかなと思ったので登山道をあるくように指示。

扁妙ノ滝も水は少なめ。

ここは滝の右側のルンゼに取り付くが、落石が多くていやらしい登りだった。かなり上まで登ってから左のほうにトラバースして滝の落ち口に出る。

そこから先はナメが続き、登山道がまた接近してくる。登山道が沢を横切るところで遡行終了。そこから笠形山の頂上まで登山道をあるくが、これが以外と長くてだるかった。山頂は大勢の登山客でにぎわっていた。昼食をとり、登山道を下山。グリーンエコーの中にある温泉につかって帰宅した。

 

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らしくない??

2012-06-24 10:27:41 | Weblog

ネパールのチョーキ村のロッジでビールを飲んでいたときのこと。ロッジの娘さんがカオリのことを「シスター」と呼ぶので最初は僕らをキリスト教会関係の人間か何かと勘違いしているのかと思ったら、僕らを兄妹と思っていたらしい。(あるいは姉弟??)ポーターさんも最初はカオリを「シスター」と呼んでいた。僕らは夫婦に見えないのかも。ちなみにネパール最終日に寄ったカトマンズのショール店の店長は僕らを「ただの友達」と思っていたらしい。夫婦だといったら心底驚いた表情をしていた。

 

 

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ネパールのトイレについての考察

2012-06-18 00:31:57 | Weblog

まずはカトマンズのホテルのトイレ。
これはいわゆる洋式のトイレで日本にあるのとほとんど違わない。トイレットペーパーもちゃんと備えつけられている。しかしながらトイレットペーパーの巻き方が雑でゆるく、しかも二枚重ね(いわゆるダブル)なので、すぐになくなってしまう。最初の滞在中、予備のペーパーも使い果たしてロビーに電話して持ってきてもらったのだが、それも出発までにはほとんど使ってしまった。

2回目に泊まったスイートルームでは、トイレットペーパーもあるが、併設するバスにホースで伸ばせるちいさなシャワーも付いていた。体を洗う大きなシャワーは別にあり、これは天井近くに固定されているものなので、小さいほうはおそらくお尻を洗う目的のものかと思われる。日本で温水洗浄器付きトイレを使い慣れている僕としては、このシャワーを使うのはほとんど抵抗を感じなかった。


つぎにバサンタプルのロッジのトイレ。ここも一応洋式なのだが、まずトイレットペーパーがない。そしてトイレのそばにはバケツに汲み置いた水とひしゃく、それにちいさなシャワーも付いていた。(ただし出るのは冷水)ここはいわば和洋折衷ならぬネ洋折衷型のトイレというべきか。すなわち用は洋式に座って行い、後始末はネパール式に水で洗うという形式と思われる。しかしこのちいさなシャワーは水しか出ないので汚れを落とすのに苦労する。また使ったあとは便器が水浸しになってしまう。というか、便座はいつでもびしょぬれの状態で、座るのが気持ち悪かった。

  

 

その次は山間部のチョーキのロッジにあるトイレ。ここは完全にネパール式になっていて、用を済ませるのもいわゆる和式というか、しゃがんで行うタイプのもの。そばにはやはりバケツに汲み置いた水とひしゃく代わりの缶詰の空き缶が置いてある。

戸をあけると上の写真のようになっていて、そのまま前に向いてしゃがんでしまいそうなのだが、実は反転して顔をこちらに向けてしゃがむのが正解。そうしないと、バケツの水を汲みづらく、また便を流すのに大量の水を無駄に使わなければならないことになる。

さて後始末をどのように行うのかが問題で、紙で拭いてもいいのだが、使用済みの紙は流すことができない(処理設備が整っていないのですぐに詰まってしまうらしい)ので、「お持ち帰り」することになる。しかし汚れたものをポケットに入れたりザックにしまうのは、「ケガレ」と「キヨラ」を峻厳に区別する日本人の僕としてはできれば避けたいところ。ここはネパール式に挑戦すべきではないか?との思いが募るのだが、さてネパール人がどのように水だけで後始末しているのか、よくわからないのだ。まずはひしゃくに水をくみ、お尻のすじに沿って水が流れるように尾てい骨のあたりから水を垂らしてみるのだが、いたずらにお尻を濡らすばかりでちっともきれいにならず、結局紙を使って出るはめになる。お尻を上に高く突き上げてから水をたらすとお尻のすじにうまく水が流れることもあるのだが、汚れを完全に落とすことは難しい。水を流すやり方をするのであれば水ではなくてお湯を使わないと難しそうだし、第一お尻を突き上げる姿勢がかなり苦しく、ネパール人が普段こんなことをしているとは到底思えない。うーん、やはり後始末は水を流すだけではないのではないだろうか?ネパール式トイレの使い方はますます謎が深まるばかりだった。
そんな折にチョーキのロッジに学生さんの団体が来て、僕がトイレに行こうとすると中に学生が入っていたので待っていた。中からでてきた女子学生さんは、水をくみ上げて石鹸で入念に手を洗っていた。。。これはもしかすると、手を使っているのではないか?ネパール人は左手では決して食事をとらないという。これも左手を汚れたものを扱う手として認識しているためではないのだろうか?しかし両手とも「ケガレ」のないままにしておきたい日本人の僕としては、用を足したあと手を使うのはどうしてもできないことだった。ここにはネパール人と日本人の間の超えがたいギャップが横たわっているのを感じたのだった。


最後にデュラリ村のトイレ。言われないとトイレとはわからない、つぶれかけた掘っ立て小屋で、いちおう便器は付いているのだが、水さえもなく、後始末をどのようにしているのか、まったく想像することができない。ここにはネパールの神秘が横たわっているのを感じた。

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4月27日~5月6日 ネパール旅行 9日目

2012-06-17 23:48:46 | Weblog

ホテルでバイキングの朝食を済ませ、またお土産を買いにいった。

カオリがショールを買い、僕が別の店でカシミヤのショールを見たのだが、店のマスターがしきりにまとめ買いをすすめてくるので断るのにたいへんだった。値段もだんだん下げてきてどの値段が本当なのかまったくわからない。タメル地区でみやげ物を買うときは相当気合を入れてかからないとボラれる可能性が高いと思った。そのあと文房具屋でカレンダーなどを買うと、出発時刻が迫っていた。あわててホテルに戻り、チェックアウト。昨日飲んだお酒の代金は請求されなかったが、いいのだろうか??よくわからないままロビーに行くとビルさんが来てくれていた。ネパールの習慣で、最後に薄いショールを首にかけてくれてお別れの挨拶。最後にビルさんとカオリと僕とで記念撮影をして別れた。

空港までの間、スディールさんの超絶トークを聞きながら、カトマンズの町の風景を目に焼き付ける。

 

空港に到着してスディールさんともお別れ。タイ航空のカウンターでチェックインし、出国審査へ。

搭乗まで時間があったのでカオリがカフェラッテを飲みたいというのだが、もうネパールルピーはほとんど残っていない。そこで1000円札を出して使えるかどうかお店の人に聞いてみると、使えるというのでカフェラッテを注文。おつりはもちろんネパールルピーだった。飛行機でバンコクへ向かう。

ここでかなり時間があるのでお金をタイ・バーツに両替して土産物をたくさん買い込んだ。それにしても空港の土産物はどうしてあんなに高いのだろうか?お腹が空いたのでレストランに入って食事をとる。お茶もほしかったのでアイスティーを注文したらものすごく甘いのが出てきてびっくりした。バンコクから関空までは深夜フライトだったが、あまりよく眠れなかった。早朝に帰国。入国審査は空いていてすんなり空港から出れた。相変わらずお腹の調子がよくないので何度もトイレに行きながら帰宅。こうして10日間におよぶ旅行は幕を閉じたのだった。

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4月27日~5月6日 ネパール旅行 8日目

2012-06-17 12:48:52 | Weblog

朝起きると昨日の嵐がうそのような天気。朝食後、車でヒレを出発する。

   

九十九折の道をどんどん下ってタンマル谷の橋を渡り、また九十九折の道を登っていく。

 

どこまでも続く田園風景。日本ではめずらしくなった棚田の風景が当たり前のように広がっている。ベデタールの町で休憩。ミルクコーヒーを飲んだ。出発しようとすると車のエンジンがかからない。どうやらセルモーターが不調らしい。

みんなで車を押してエンジンをかけたらうまくいった。阪奈道路みたいな道路を降りて、ダーランの町を過ぎ、イタハリ(Itahari)という町で昼食をとる。

レストランの入り口には巨大な聖母子像(?)があったり、怪獣の像があったりするヘンテコなレストランだった。

 

注文を聞きにきたのでカオリはミックスフライ&ライス、僕はベジタブルカレーを頼んだのだが、出てきたのはネパールですっかりおなじみとなったダル・バート・タルカリだった。

しかも3人分でてきて、もう一人はどこだと言う。注文を間違えているような気がしたが、クレームを言うのも面倒なので2人分だけもらって食べ始めた。あとでビルさんがやってきて間違えていたと説明してくれた。(3人分のダル・バート・タルカリはビルさん、ポさん、ドライバーさんの分だったようだ。ビルさんたちはいつまでたっても料理が来ないのでクレームをつけたらしい。)ヘンテコなレストランを出て出発しようとするとまたエンジンがかからないので3回くらい車を押してエンジンをかけた。

夏空の下1時間ほどのドライブでビラトナガールに到着。ここでポさんとはお別れとなる。ポさんもカトマンズに帰るのだが、僕らとは別に夜行バスで行くらしい。ポさんには本当に親切にしてもらったので別れるのが名残惜しかった。

空港に入り、イエティ航空にチェックイン。

額を真っ赤に染めた人がいてケンカでもしたのかと思ったが、ネパール人の習慣で額に赤いしるしをつけるビンディというものらしい。プロペラ機に乗り込んでビラトナガールを後にした。

カトマンズに到着すると、空港でスディールさんが迎えにきてくれていた。車に乗り込む前にビルさんがここでお別れするというのでびっくりする。ホテルまで一緒に行ってくれるものを思っていたのでチップはそこで両替して渡せばいいと思っていたのだが、あわててあるだけのルピー紙幣を渡した。明日の出発前に予定があえばまたホテルまで来てくれるらしいので、そのときに改めてお礼をすることにした。スディールさんの超速トークを聞きながら車に乗ってホテルに到着。預けておいた荷物を受け取り、部屋に行こうとすると、スイートの部屋がよければそちらに変えることもできるというので変えてもらう。部屋に入るとテラスはあるわ、ソファのセットはあるわ、初日に入った部屋とは比べ物にならないくらい豪華だった。

 

休憩したいというカオリは置いて、僕一人でみやげ物を買いに町に出る。近くの店でTシャツを大量に買ったり、のみものを買って帰る。

初日に一度懲りているので8時までじっくり待ってからレストランに行った。しかし客は一人もおらず、店の奥のテーブルで三つ揃いをびしっと着た支配人みたいな太ったおっちゃんが食事をとっていて、「食事か?お入んなさい。」みたいなことを言うので恐る恐るテーブルにつく。ボーイがメニューを持ってきて注文を聞こうとするのだが、バイキング形式だとばかり思っていたので不安になり、カオリがバイキングのことを聞くと、あと5分待ってくれという。とりあえず飲み物だけを注文してバイキングの料理が準備できるのを待った。しかし5分まっても10分待っても準備はできず、コックが来たので準備ができたと思って料理をとりに行こうとするとあと5分待てという。。さっきもあと5分て言ったやん。やっと準備ができて料理をとりにいくと、やっぱりおなじみのダル・バート・タルカリだった。食事後、部屋に戻って帰りの準備をする。

 

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4月27日~5月6日 ネパール旅行 7日目

2012-06-17 11:35:05 | Weblog

トレッキングもこの日が最後。朝もやの中チョーキを出発する。

   

お昼までにはバサンタプルに行きたいというので少し急いでいた。グルビジェのロッジのトイレはこの日はきれいだった。

 

12時頃にバサンタプルに到着。

町の入り口で見覚えのあるおっちゃんが待っていてくれた。来るときにバサンタプルまで運転してくれたドライバーの方だった。ドライバーさんは迎えに来る日を間違えて前の日に来てしまったらしい。バサンタプルで1泊して僕らを待っていてくれたのだ。ロッジに入り昼食を食べる。ポーターさんはバサンタプルに住んでいるのでここでお別れとなる。少しだがチップを渡して「ダンニャバード」とネパール式のお礼を言った。ポーターさんはずっとサンダル履きで、二つ束ねたザックを紐で頭にかけて前かがみで歩いていたのだった。愛想がよくて「ビスターレ、ビスターレ」(ゆっくりゆっくり)というのが口癖だった。あんまりゆっくりすぎて、パンチポカリで昼食を食べて後から行くといって、チョーキのロッジになかなか来ないので心配したビルさんがラーム・ポカリまで見に行くようなこともあった。4日間見慣れた人とお別れするのはやはりちょっとさびしかった。
昼食を食べているとかわいい猫が足元を行ったりきたりするが、舌を鳴らしてもこっちには来てくれなかった。

昼食後車に乗り込んで出発。九十九折の道路を下って1時間ほどでヒレ(Hile)の町に到着。

 

派手なお寺の隣にあるロッジに入る。時間があるので町を散策することにする。ヒレは埃っぽい町だった。外国の観光客はあまりこないみたいで、店に売っているものは地元の人が使う日用品ばかりだった。町の人も物珍しげにこちらを不躾に見ることはあってもカトマンズのように客引きやみやげ物をしきりに勧めるようなことはまったくなかった。

特に買いたいものもみつからず、30分ほど歩いてロッジに引き返した。夕食の時間となり、1階の食堂に下りるが、なかなか料理が来ない。そのうち薄暗くなったと思ったらものすごい風が吹き始めて台風のような嵐となった。ビルさんが心配して部屋を見に行ってくれたら、窓は閉まっていたが、窓の隙間から吹き込んだ雨がベッドをびしょぬれにしてしまっているらしい。夕食後部屋に戻るときに廊下が真っ暗なのがちょっと怖かった。部屋に入ると、閉めた窓の隙間から水があぶくを立てながら吹き込んでいるのでびっくりした。外はしょっちゅう雷が鳴っているので僕が窓に近づくと危ないといって怒った。雨音を聞きながら眠りにつく。

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4月27日~5月6日 ネパール旅行 6日目

2012-06-16 22:04:28 | Weblog

日の出の景色はきれいだった。

カンチェンジュンガもよく見えた。

   

マカルーの山群の手前にもかなり高い雪山が見え、5000Mくらいの山脈らしいのだが、ビルさんの話ではこの程度の山には名前も付いていないらしい。この日も食欲なし。しかし出てきた朝食はいつもどおりのパンケーキとサラダだった。あれ?おかゆが出てくるのでは・・・?サラダを少し食べてしばらくすると、おかゆが出てきた。要するに、いつもの食事+おかゆという献立で、これではかえって食べるのがしんどいのだが、ビルさんたちをあまり心配させてはいけないのでおかゆだけをなんとか一杯食べて食事を終えた。

  

快晴の中、のんびりと歩く。お腹の調子はあまりよくない状態で、休憩時にネパールで初めての雉打ちをした。マンガルバレの手前で、前日マンガルバレで出会った半ズボンのおっちゃんに再会。この日はまじめに木を切る仕事をしていた。昼食はマンガル・バレでとった。お昼すぎにチョーキに到着。2日前と同じロッジに入った。

時間があるのでロッジの正面の尾根に登ってみたりするが、あまり眺望もよくなくてまたロッジに戻る。部屋で休んだりしてのんびり過ごす。

夕方になり、急に騒がしくなったと思ったら、麓のダーランの町から学生の団体客が来たらしい。学生達は格好といい、チャラい雰囲気といい、日本の学生とあまり変わらない感じがする。この夜はひょっとしたらうるさくて一晩中眠れないかもと思ったが、夜がふけるとすぐに静かになって意外と健全なんやなと思った。

 

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4月27日~5月6日 ネパール旅行 5日目

2012-06-13 23:18:50 | Weblog

4月27日~5月6日 ネパール旅行 5日目

朝食前に外に出ると遠くに奇妙な形をした白い山が見えた。それがマカルーだった。

カオリは最初それを雲と間違えて今日も山が見えないとぼやいていた。チョーキの村と平行して伸びる尾根に上って確かめたビルさんの話ではカンチェンジュンガは今日は見えないらしい。朝食後に出発。村の出口には警察署(派出所?)があって、警官に呼び止められる。ビルさんが中に入ってしばらく話をしていたが、書類をもって戻ってきた。サインしてほしいといわれたので名前を記入する。入山届みたいなものだろうか。。。。?

前方にマカルーとそれに連なる山なみを眺めながらゆっくり歩く。

 

やがてマンガルバレ(Mangal Bare)の村に到着し小休止。休憩していると、半ズボンをはいたおっちゃんが近づいてきてカオリが持っているストックに興味深深な様子。話かけてくるが何を言っているのかわからない。ビルさんに訊いても、おっちゃんの言葉はネパール語ではないらしく、しかも酔っ払っているからまったく理解できないそうな。そのうちカオリにストックを借りてうれしそうに歩き始めた。

おっちゃんに別れを告げて出発。ポーターさんはここでご飯を食べてから行くので置いていく。この先、今日の目的地グウパ・ポカリ(Gupha Pokhari)まで集落はないのだ。荷物を運ぶロバの群れが通り過ぎるのどかな風景の中、ゆっくりと歩く。

 

見晴らしのいいところに集落の標識がある。「Shreemane」と書かれているが、家は一軒もない。

ビルさんの話では、かつてここにも1軒茶屋があったのだが、盗賊にやられてなくなってしまったそうだ。そのあとまた集落跡が現れる。ここにもバルコップ(Balukop)という小さな集落があったそうだが、やはり盗賊にやられて村人が2人殺されて廃村になってしまったらしい。ネパールはのどかな国という印象があったのだが、やはり治安には問題が多いということだろうか。この日の昼食は街道沿いの原っぱでポさんが朝のうちに作ってくれたパンケーキとツナ缶を食べた。天気がよくてよかったと思った。

 

そのあとまた廃村が現れる。「長い湖」という意味のラーム・ポカリ(Lam Pokhari)という集落跡。地名の由来となった長い池だけが残っている。池の水位が下がってしまったのが人が住まなくなった原因だとビルさんが説明してくれた。

 

ラーム・ポカリを過ぎて、しばらく歩くと近くで猫のような鳴き声が聞こえてきた。ビルさんは、このあたりに棲む鳥の鳴き声だと教えてくれたのだが、鳴き声の方向を良く見ると、小さなヤギがカラスに襲われて鳴いているのが見えた。するとビルさんは仔ヤギに向かって走っていってカラスを追い払い、仔ヤギを抱いて戻ってきた。

 

幸い致命傷にはなっていなかったが、耳の後ろをカラスに突かれて血がにじんでいた。ビルさんは仔ヤギを抱いたまま歩き始める。ときどきすれ違う人に仔ヤギの持ち主を尋ねるのだが、皆知らないらしい。

やがてグウパ・ポカリに到着。

 

仔ヤギはなんと泊まる予定だったロッジのヤギであることが判明。皆やれやれとほっとした表情になる。

部屋に通され荷物を降ろしてから食堂でビールを注文してカオリと飲む。ビルさんが湯がいたジャガイモを持ってきてくれて一緒に食べた。ビルさんは几帳面にジャガイモの皮を剥いて食べるのがなんだかネパールらしくなくておかしかった。ビールを飲んだあと、体が冷えて寒気を覚える。カオリと地名の由来となった大きな池を見に行くのだが、なんだか寒くてしんどかった。

 

朝チョーキで見えていたマカルーはもう雲に隠れて見えなかった。ロッジに帰ってお腹の調子が悪くなり、布団に包まって横になる。今日食べたものがほとんど消化されずに胃袋に残っているような感じがするのだ。カオリに、少し体を起こしなさい、水を飲みなさい、薬はないの?といろいろ怒られて気持ちも凹んでくる。。。カオリが食堂からもらってきてくれたお湯を少しずつ飲みながら過ごしているうちにやがて夕食の時間になる。食欲はゼロ。ポさんには詫びてお腹の調子が悪いからあまり食べられないと説明した。ポさんは大変に親切な人で、いつも愛想がよくてカオリの荷物は必ず部屋まで運んでくれるような人なのだ。そんな人がニコニコしながら作ってくれる食事を残すのは申し訳ない気がするので今までは食欲がないときでも無理にでも食べていたのだが、この日ばかりはどうしようもなく残さざるをえなかった。ビルさんも心配してくれて、明日の朝はおかゆを作ってもらいましょうと言ってくれた。ロッジに棲んでいる猫ののどをなでてやると、よろこんで近づいてきて僕の膝の上に乗ってきた。

カオリが食事を取る間、僕はずっと猫をなでて過ごす。猫は役に立たないという人がいるが、決してそんなことはない。こうして人がつらいときにそっと寄り添って慰めてくれるのだ。カオリも食べ終わり、部屋に帰ろうとするのだが、猫を膝からおろしてもまたすぐに膝に乗ってくる。かわいくて僕もずっとそうしていたかったのだが、最後は猫を振り切るようにして部屋に戻ったのだった。この日は早く寝た。

 

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