nekoyan日記

雑記帳・スケッチブック・メモ

4月27日~5月6日 ネパール旅行 4日目

2012-05-27 17:41:30 | Weblog

いよいよトレッキングに出発である。ポサンが作ってくれたパンケーキを食べて準備。

 

大きなザックはポーターが背負い、僕らは小さなザックを背負って出発する。最初は道路を歩いて集落を抜け、軍の施設のそばから近道を歩く。途中、子供が二人手を合わせて「ナマステ!」と挨拶してくれるので挨拶を返すとうれしがって何度も「ナマステ!ナマステ!」と叫んでいた。ネパールの子供は皆出会うたびに挨拶してくれる。学校でそんな指導を受けているのだろうか?

1時間ほど歩いてデュラリ(Deurali)の村に到着。舗装道路があるのはここまでである。小さな売店でジュースを買い、値段を尋ねると「トッティ」という答え。トッティ??何やったっけ。旅行前に少しだけネパール語をかじって数字の数え方だけは覚えたつもりだったが、思い出せない。売店の娘さんが手で「三」「○」を示してくれたのでようやく「30ルピー」だとわかった。ビルさんにトイレの場所を聞くと、売店の裏手にあると教えてくれた。行ってみると、驚くほど粗末な小屋があって、扉を開けるとなるほど便器がすえつけられていた。

  

ここからは林道のような道を歩いていく。途中、見事なシャクナゲの林があり、花の時期には少し遅かったのだがそれでもたくさん花が咲いているのが眺められた。

ガイリ(Gairi)の村で小休止。ここは家が3軒ほど。

それからまたシャクナゲを見ながら歩いていくと、宮崎駿のアニメに出てきそうな牧歌的な風景が現れる。石を組んで作った家、緑の野原に荷物を運ぶロバの群れ、遠くには断崖絶壁のすばらしい景色。。これぞネパールといった雰囲気だった。

 

ここはグルビジェ(Ghurbise)。ビルさんの話では山の上のほうにお寺があるそうで、わりと人が多かった。一見小さな学校みたいに見えるロッジでミルクティーを飲みながら休憩をとる。ロッジの前の広場では、ギターを持った人の周りに人が集まって歌を歌っていた。

カオリがトイレを借りて戻ってきて、すごい状態になっていると言うので行ってみると、う○こが山盛りになっていた。。流すための水が切れているらしい。

グルビジェを出発し、少しずつ高度を上げながら歩く。この道は登山道というよりも地元の人の生活の道といった感じで、頻繁に荷物を運ぶ人に出会う。ヤギや牛に会うこともしょっちゅうである。

やがてパンチ・ポカリ(Panch Pokhari)という小さな村に到着。なんとかポカリという地名がやたらと多いのでビルさんに聞くと、ポカリというのは湖のことだとビルさんが教えてくれた。なるほど水のあるところに人は住むものなのだ。パンチ・ポカリでポサンがロッジの台所を借りて昼食を作ってくれた。

ポサンは名前なので、本来は「ポサンさん」と言うべきなのだろうが、「ポさん」のほうが言いやすいので、つい「ポさん」で旅行中ずっと通してしまったのだった。昼食後、またシャクナゲの中を歩いて行き、フェディ(Phedi)の集落を通り、この日の宿泊地チョーキ(Chauki)に到着。農家兼ロッジみたいなところがこの日の宿だった。

近くに村の共同水道みたいな施設があったので顔を洗いにいってみるが、水は出なかった。ビルさんの話では、朝と夕方の決まった時間しか水が出ないそうだ。このロッジにはシャワー設備もあるので行ってみたが、やはり蛇口からは水は出なかった。一休みしてからロッジのテラスみたいなところに行ってビールを買ってカオリと一緒に飲んだ。

 

前の道路には小ヤギがじゃれあっていたり、山の上から牛が降りてきておばさんに叱られたり。。なんとものんびりした雰囲気だった。ロッジのお娘さんがカオリを見てとてもかわいいと言ったのでカオリはうれしそうだった。部屋に戻ってくつろいで過ごし、夕食の時間となる。少し冷えるので、台所のテーブルに案内されてそこで食べた。台所ではポサンとロッジのもう一人の娘さん(お姉さん?)が料理を作っていた。このお姉さんはネパール風の衣装を着てテキパキと料理を作っているのがすごく格好いいと思った。

食べているうちに停電となり、ランタンをつけたりする。ネパールではとにかく電気が使えないことが多い。。夜は遅くまで強い風が吹いていた。

コメント

4月27日~5月6日 ネパール旅行 3日目

2012-05-26 16:54:53 | Weblog

朝食は昨晩食べ損ねたホテルのレストランでバイキング。そのあと部屋に戻ってホテルに預ける荷物をまとめて出発。ロビーでスディールさんとトレッキングガイドのビルさんが待っていた。挨拶もそこそこに早速車に乗り込んで出発。空港まで行く間、またもやスディールさんのネパール解説は途切れることはなかった。
空港でスディールさんと別れ、イエティ航空のチェックイン。続いて手荷物の検査、身体検査。カオリはザックにアーミーナイフを入れっぱなしにしていてひっかかった。これはビルさんが対応してくれた。飲み物に関しては結構チェックが緩いみたいで、ペットボトルを入れていても何も言われない。しばらくロビーで搭乗を待つ。田舎のバスターミナルの売店みたいな店でジュースを買って飲んだりした。

 

いよいよ搭乗開始。30人乗りくらいの小さなプロペラ機に乗り込む。中は3列シートで、どちらかというと高速バスみたいな雰囲気だった。座席は自由。いちおう、キャビンアテンダントも一人いて、出発前に飴と脱脂綿を配ってくれた。カオリは脱脂綿の意味がよくわからなかったらしいが、となりのおじさんが耳に詰めているのを見れば気圧対策であることがすぐにわかる。飛行機はエンジンがかかったと思うとすぐに猛スピードで空港内を走り出し、あっという間に離陸してしまった。出発予定時刻より少し早い。。本当に高速バスみたいだった。すぐにシートベルトのサインが消え、キャビンアテンダントがジュースやら新聞を配ってくれる。窓の外には大きな川が流れているのが見えた。やがて目的地に近づき、気流に注意する旨のアナウンスがしたかと思うと急に機体が激しく揺れ始めた。これはちょっと怖かった。無事ビラトナガール(Biratnagar)に到着。飛行時間はカトマンズから30分ほどだった。


ビラトナガールはネパール東南部の町。空港も小さくてこれもバスターミナルみたいな雰囲気だった。バゲッジクレームもコンベアはなく、係員が運んできた荷物を一つ一つ手渡しに受け取る方式だった。空港を出て、車に乗り込んで出発。ここでコックのポサンとドライバーと一緒になる。暑いので窓を開けて走ると、さわやかな風が入って気持ちがよかった。道はひたすら北に向かうが、道沿いにはずっと店が連なっていて、ダーラン(Dharan)を過ぎるまでは同じような風景が続いた。

道路には自転車、トラクター、家畜、歩行者、リクシャがあふれていて、強引な追い越しや、対向車が突進してきたりするのでかなりスリリングだった。ダーランの町を過ぎると、道は上り坂になり、九十九折の道をひたすら登っていく。やがてダーランの町を見下ろせるようになってくる。ちょうど阪奈道路みたいな雰囲気だった。

景色のいいところで小休止。それからまた出発すると、乗客を満載したマイクロバスがクラクションを鳴らしながら追い越していった。しかしスピードが続かず、今度は僕らの車が追い越す。しばらくするとまたマイクロバスがクラクションを鳴らしながら追い越す。。。これが何回も繰り返された。無理に追い越さなくてもバスの後をゆっくり走ればいいのにと思った。車は坂を上りきったところにあるベデタール(Bhedetar)の村に到着。

 

見晴らしのいい食堂で昼食をとった。今回はネパール式のダル・バート・タルカリ。ご飯と豆スープとおかずが付いた定番料理だ。伝統的な食べ方はスープやおかずをご飯にかけて手で混ぜて食べるのだ。僕らは手で食べるのが難しいのでスプーンを使う。スープとおかずがほとんど片付いたと思ったら、ボーイの少年がニコニコしながらやってきてまたおかずとスープを足してくれた。食事が終わるとまた車に乗り込んで出発。今度はひたすら坂を下りていく。段々畑の風景がきれいだった。

 

降りきったところに川が流れていて、警備員(?)がいる橋を渡ってまた坂道を登っていく。どこまで登っても段々畑の風景は続いていた。ネパールは日本と同じ山国ではあるが、どこまで山奥にいっても畑があり、村があり、人が住んでいる印象を受ける。

いくつか村をとおりぬけ、やがて宿泊地バサンタプル(Basantapur)に到着。「Yak Hotel」というロッジに入った。

 

ミルクティーを飲んで一休みして部屋に入る。一応、テレビがあったのでつけてみると、NHKワールドが映った。しかししばらくすると停電で消えてしまう。

6時頃夕食をとる。この日からポサンが食事を作ってくれることになる。日本人の嗜好に合わせて餃子やラーメンやパンケーキが中心のメニューだが、やはり味付けはネパール風というか、ちょっと他では味わえない料理だった。しかも量がかなり多く、餃子でも皮が厚くて一個一個が食べ応えがある感じだった。部屋に戻って休息。この日は団体客があるらしく、ロッジの中はかなり騒がしかったが、夜が更けると静かになった。

 

コメント

4月27日~5月6日 ネパール旅行 1日目・2日目

2012-05-24 00:05:04 | Weblog

夕方から大きなザックを背負って三ノ宮まで電車に乗る。快速電車の向かい合わせの席にザックをひとつずつ置かせてもらい、二人で独占。空いているから許してもらえるだろう。三ノ宮からはリムジンバスに乗って関空へ。渋滞もなく無事関空に到着した。まずは腹ごしらえするためにレストランに入る。しばらく和食は食べられないので和食の店に入った。それからちょっとした雑貨やカオリの折りたたみ傘を買ってからチェックイン。タイ航空のカウンタには長い列ができていた。そのあとお金を両替しようとするが、どの銀行もネパールルピーは取り扱っていないようだったのであきらめる。
出国審査を通り、あとは搭乗を待つだけ。免税店の時計を見たりしながら時間をつぶした。搭乗の時刻となり、いよいよ出発。深夜出発なので機内食は軽食のみだった。そのあとは毛布にくるまって眠る。窮屈でよく眠れず。


早朝、バンコクに到着。動く歩道のある長い通路を通って乗り換えゲートへ向かうが、西と東と二つあるゲートを間違えて引き返したりした。カトマンズ行きの便を待つ間、免税店で時間をつぶしたり、2000円だけバーツに両替して朝食をとったりして過ごす。本屋で立ち読みするカオリに声をかけてトイレに行き、戻ってくるとカオリの姿が見当たらない。。。隣の店やトイレの辺りを探すも見つからないのでそのうち戻ってくるだろうと思って、メールでどこにいるのか訊いてから近くの無料インターネットコーナーでmixiの書き込みを見たりしているとカオリから電話がかかってきた。カオリはずっと同じ本屋にいたらしい。。。おかしいな、店に行ったときに確かにカオリの姿が消えていたのだが。
そうこうしているうちに搭乗時刻になる。カトマンズ行きの便には僕ら以外にも何人かトレッキング客らしい人たちが乗り込んでいた。カトマンズに近づくにつれて、窓の外にヒマラヤが見えないか気になってくる。そのうち遠くに山並みのようなものが見えてきたので写真を撮るが、よく見ると雲だった。だが明らかに雲とは違う黒い塊が見え、機内アナウンスで世界でもっとも有名な山が見える云々といっていたのでひょっとするとあれがエベレスト??

やがて飛行機はカトマンズへ到着。それまでとはまるで別世界へきたような鄙びた空港だった。トイレは汚れているし、お店も少ない。バゲージクレームも、なかなか荷物が出てこないと思ったらしばらく止まったりした。

空港の出口に兵隊だか警官だか制服を着ている人が見張っているのもなんだかものものしい。タクシーの客引きの嵐をすり抜け、旅行会社のステッカーを見せながら出口の雑踏の中を探していると、「○○○○さん?!」という声が。迎えにきてくれたスディールさんだった。駐車場の車まで行くと、スディールさんが首に花輪をかけてくれた。

 

スディールさんは日本語が達者で、ホテルに着くまでのわずかな間に、聞き取るのが困難なほどの早口でネパールの歴史、地理、民族構成、観光スポット、みやげ物を買うときの注意点まで説明してくれた。ホテルに到着して受付を済ませたらスディールさんは引き上げた。部屋に通され、少し休んでからみやげ物を見に行く。ホテルの受付でまずは1万円を両替。9000ルピーになった。

ホテルはみやげ物屋が集中するタメル地区にあるので買い物には都合がいい。まずはホテルにの前にある本屋で地図を探す。僕らが歩く予定のルートが書かれた地図がなかなか見つからず、店主にバサンタプル近辺の地図はないか訊いてみると、どこかに電話して問い合わせてくれた。だが店主が出してくれた地図にはバサンタプルは書いておらず、途中からのルートが書かれていた。他に適当な地図はなさそうだったのでとりあえずその地図と、ネパールの広域地図を購入することに決定。カオリはアンナプルナの写真集を見つけてそれも合わせて買った。店主はしきりに『カーマ・スートラ』を勧めるのだが、それは断って店を出た。

雨が降りそうだったのでいったんホテルに戻って傘を持って再び外出。歩き始めるとトレッキングツアーの客引きがしきりに話しかけてきてずっと付いてくるので閉口した。それにしてもこのタメル地区は道が狭くて人が多いわりに車がひっきりなしに通って安心して歩けない。それに良く似た町並みが密集していて道に迷いそうになる。コンパスで方向を確かめながら雑貨屋の「アムリタ・クラフト」にようやくたどり着いた。ここはいろんな手作り品が豊富に置いてあってゆっくり選べるのがいい。ショールを何点か購入して店を出た。そのあとカオリがパシミヤのショールを買い、スーパーで水を買ってホテルに帰った。現金が少なくなったので、今度はホテルの前の両替屋で両替すると11000ルピーになった。これならホテルで両替するよりずっと得である。このあとペーパークラフトの店で姪のお土産を買ってホテルに帰った。

夕食まで少し時間があったのでテレビをつけるがネパール語はわからないので見ていても面白くない。7時になったので1階のレストランに行ってみるが、客は誰もおらず、ボーイがいろいろ説明してくれるが良くわからない。とりあえず8時にならないと準備ができないことがわかったのでまた部屋に戻った。ところがベッドでごろ寝しているといつの間にか眠ってしまい、気が付いたときには11時を回っていた。カオリがレストランの様子を見に行くが、もう終了しているらしい。どうやら食いそびれてしまったようだ。とりあえずシャワーを浴び、明日の準備をするが、お腹が空くのでルームサービスでナポリタンとボロネーゼを注文した。だが運ばれてきたのはボロネーゼ2皿だった。。クレームをつけるのも面倒なのでそのまま料金を払って食べた。さてこのスパゲッティ、最初はうまかったのだが、すぐに飽きてきて食べるのがしんどくなってくる。しかも量が半端ではなかった。最後はビールで流し込むように食べた。近くのカラオケ屋(?)の騒音を聞きつつネパールに来てまだ一度もネパール料理を食べてないなと思いながら眠りに落ちた。

コメント

4月21日 吉野山・花見

2012-05-12 15:51:12 | Weblog

蜻蛉の滝公園駐車場に車をとめて出発。公園の枝垂桜が見事だった。

林道を終点まで歩き、登山道に入る。

 

音無川沿いの道をゆるゆると登り、青根ヶ峰を目指す。頂上はあまり見晴らしがよくなかった。

そこからまずは奥千本へ。奥千本は伐採木が多く、桜も少ない感じがした。

それから上千本へ。吉野水分神社に立ち寄り、神韻たる雰囲気を味わう。

    

次は櫻本坊へ。特別公開で大峰絵図を展示しているというので、入場料を払って特別展にも入ってみる。役ノ行者像もあったりして、役ノ行者ファンのカオリは興奮していた。

 

それからまた降りていって蔵王堂へ。

この時期に特別公開している蔵王権現とご対面。すごい迫力だった。カオリは内陣まで進んで見ていたが、僕はきったないザックを背負っていたので遠慮してカオリを待っていた。蔵王堂を後にして吉野駅まで降り、電車で上市まで行った。そこからタクシーで駐車地まで乗る。思ったより料金がかかった。

 

コメント

4月15日 大和郡山・花見

2012-05-12 15:09:05 | Weblog

カオリ、カオリのお母さん、僕の3人で大和郡山のお城祭りに行った。桜は散りかけていたが、うららかな日和の下のんびりと歩いた。お昼は城跡の中にあるインド料理屋で食べた。

   

お母さんを車で送ってから沢仲間のNMRさんの結婚式二次会へ。外国人がたくさんきていたのでびっくりした。

 

コメント

4月7日~8日 大峰・弥山・八経ヶ岳・明星ヶ岳 その2

2012-05-12 14:59:45 | 

<2日目>

翌朝は快晴。まずは小屋の裏手から見え隠れしている板の階段を登る。

歩くたびに前の晩に振った粉雪がキュッキュッと鳴る。そのうち前方に鹿よけのネットが見えてくるが、扉を開けて通った。

その先はトレースもほとんどなく、方向を頼りに進むが、進みにくい道をほとんど藪漕ぎのような状態で上り詰めたところは弥山のかなり手前のピークだった。

大黒岩を探して少し下り、そこからまた迷いそうになりががら弥山に向かう。

また鹿よけネットが出てきたが、扉は開いていなかったのでよじ登って乗り越えた。

そこからしばらくして弥山頂上に到着。

 

少し降りたところには大きな弥山小屋。ただ避難小屋の中は真っ暗だった。

 

弥山から八経ヶ岳へ向かう。左側は崖になっているのであまり近づきすぎないようにしながら歩いた。

 

八経ヶ岳の次は明星ヶ岳へ向かう。登山道をそのまま歩き続けると前鬼方面に行ってしまうので、途中で道を外れて左手に少し登ると明星ヶ岳の頂上だった。

ここは他に人もなく静かだったので昼食休憩をとる。そこからまた高崎横手出合へ向かう。この頃には雪もすっかり緩んでべたつくようになっていた。

高崎横手出合を過ぎ、昨日通った道を歩く。熊渡へ降りる道の出合にはもう雪が残っておらず、昨日とは雰囲気が違っていた。

小雪が舞う中出発した駐車地に汗ばみながら下山。下山後は洞川温泉につかり、この方面に来たときは習慣になりつつあるカフェ「空」でチャイを飲んで帰った。

コメント

4月7日~8日 大峰・弥山・八経ヶ岳・明星ヶ岳 その1

2012-05-12 13:38:55 | 

<1日目>

熊渡に車を停めて歩き始めると雪がちらつき始めた。林道をしばらく歩くと上から降りてくる人がいる。カオリがどこから降りてきたのかと訊くと、途中まで登ったが、積雪が3cmくらいあるので降りてきたのだそうな。たしかに次第に道に雪が付き始めて、登山道に入った頃にはすっかり雪道になっていた。

登山道はところどころカオリの嫌いな斜面のトラバースがあるが、それほど問題はない。

栃尾辻から弥山に伸びる尾根に出ると先客が二人いて弥山方面にいけるところまでいくという。しばらく休憩して狼平へ向かう。

樹林帯の中を歩いていくといやらしいトラバース地点があったのでアイゼンを装着。そこから思ったより早く高崎横手出合に到着した。

だがそこから狼平へ降りるルートはトレースがなくラッセルとなる。

ときどき道に迷いそうになりながら弥山川の川原まで下りてしまう。そこからまた上に上がってしばらく歩くと橋が見えてその先に狼平の小屋があった。

この日の夕飯はバーベキュー。まずは薪を集め、カオリに買ってもらった超コンパクトバーベキュースタンドを組み立てて火をつける。だが熱量が少ないせいかなかなか火が続かず、そのうちまた雪も降り出してあきらめて小屋に入った。床に新聞紙を敷いてガスコンロをセットし、小型フライパンで肉を焼いて食べる。そのあとはピーマン、しいたけ、ソーセージを順番に焼いてはちびちび食べた。食べた後は寒いのでさっさと寝た。

コメント

4月1日 大峰・稲村ヶ岳

2012-05-11 00:34:52 | 

母公堂の駐車場は満杯だったので、少し先の道路脇に駐車した。

登山道に入り、最初はまったく雪がないが、次第に道に雪が付き始め、法力峠で2、3センチほどの積雪だった。

雪はだんだん深くなり、ところどころカオリの苦手なトラバースがあったりしながら歩いた。

稲村小屋のあたりでは風が強く、寒くて長い時間休憩できなかった。

  

大日山の少し手前でアイゼンをつけ、ストックもピッケルに持ち替えた。ここから数十メートルほどのトラバースであるが、左側が切れ落ちていて、明らかに誰かが滑落した跡もあったりしてかなり緊張した。

大日山を過ぎて右手へ上り詰めると稲村ヶ岳の頂上に到着した。展望台からの眺めは雲がかかってあまり見通しはよくなかったが、それでもときどき遠くの山を見ることができた。

帰りは来た道をそのまま引き返した。怖いトラバース箇所は慣れたせいか行きほど緊張はしなかった。稲村小屋で遅い昼食をとる。そこからの帰り道はずいぶん長いように感じられた。
下山後、洞川温泉に入り、カフェ「空」でチャイを飲んで帰った。

コメント