nekoyan日記

雑記帳・スケッチブック・メモ

Yさん

2007-08-28 02:20:19 | Weblog
日曜日、kmdさん、tkdさん、kjtnさんと白川又川に沢登りに行った帰りに立ち寄った食堂で注文の品を待っていると、kjtnさんの携帯電話にYさんが滑落事故で亡くなったとの第一報が入った。kjtnさんが電話で我々の沢の会の代表に確認すると、詳細は不明だがちょうど現地に向かっているところだという。同じ沢の会のメンバーの予期せぬ訃報にみんな言葉を失った。

Yさんとは一昨年に一度だけ沢登りで一緒になったことがある。前夜泊の車中宴会で宝焼酎の小瓶を直飲みしていたのが印象的だった。かっこええなと思って私もたまに真似をするのだ。沢登りでは11月の寒い時期で最初は水に入りたがらなかったのに滝の直登で火がついたようにシャワークライミングをしていた。最後の詰めや下山ではけっこう足が速くて私はついていけなかった。帰り、Yさんを車から降ろした後に同行のkmdさんに「よくしゃべる人ですね」と訊いたら、「いや、普段はそんなにしゃべるひとやないんやけどね。気ィ使こてくれはったんちゃう?」と言われて会話の不得手な私のせいで気まづい思いをさせてしまったのではないかと心配したものだった...その後私は正式に沢の会の会員となり、Yさんと会う機会も増えたのだが、結局もう一度一緒に沢に行くことがなく終わってしまった。いろいろ教えてもらえることもあったと思うのだが、私のようなレベルの低い人間とは沢登りに付き合ってくれないのではないかと恐れて自分から言い出せずにいたのだ。今となっては何もかも間に合わない。
コメント

8月17日N-19日 蓮川・奥の平谷

2007-08-23 01:56:30 | 
海運会社に就職が決まり、しばらく沢登りができないtkd氏との最後の沢登り

19時半に自宅を出発するが、阪神高速神戸線は名谷から芦屋まで渋滞中。そこで北神戸線経由で神戸山手線に入ってみた。神戸山手線を通るのは今回が初めて。あっというまに長田に出てきた。下道を通って柳原から神戸線に乗ったが、時間的にはあまり変わらなかったかもしれない。京橋でまた降りてハーバーハイウェイ経由で湾岸線に乗った。ここは空いていて気持ちよく走れる。三宝で降り、地図で場所を確かめながらtkd氏の自宅に向かう。着いたら約束の時間より15分遅刻していた。tkd氏を拾い、近所のスーパーで買い物をしてから出発し、西名阪経由で名阪国道の針ICから現地に向かう。途中で道に迷いそうになりながらなんとか蓮川の林道終点に到着した。早速寝床を確保する。tkd氏は今回モンベルの新しいツェルトを持ってきていたが、組み立てるのに苦労していた。その後ささやかな宴会。空は満天の星空である。天の川もくっきり見えた。tkd氏はめずらしくビールを持ってきていた。家に置いてあったのを飲みきるためだそうで、私も1本ご馳走になった。1時頃就寝。
5時半に起床。天気は最高。朝食後雉打ちに行くが、谷だと降りるときに見られそうなので林道の脇にしておいた。着替えてから7:50に出発。久しぶりの谷中泊なので荷物が重く感じられる。
最初に左側の大きな岩の隙間をぬけてあがった滝。これが地形図にも記載がある仙人滝か?やがてゴルジュに入る。淵を泳ぐtkd氏は楽しそうだ。ほら貝の滝の手前の斜瀑ではまずtkd氏が淵を泳いで取り付いて滝を直登した。続いてロープで引っ張ってもらい私が続く。なんとか淵を渡って滝を登るが、tkd氏があまりに強く引っ張るので体が振られてしまい、そのままロープをつかんで攀じ登る。その後ほら貝の滝、鎌滝、15M滝、サスケ滝と順調に越えていく。サスケ滝では滝の右側を2/3だけ直登し、右側のルンゼに逃げた。どこかの滝で、巻いているときに木の根をつかんでよじ登ろうとしてバランスを崩して落ちそうになる。その後も滝やら淵やらが出てくる。黒滝谷の出合いは巻いたルンゼがひどいガレ場だった。赤倉谷との出合いを過ぎてようやく癒し渓の趣となる。1箇所少し傾いたスペースに目をつけて置いてその後もしばらく遡行したが結局いいテン場がなかったので引き返して最初に見つけたスペースをテン場とした。新兵器その1:二人用ツェルト。2本の木にシュリンゲをつけてツェルトの両端をつなげてツェルト設営完了。新兵器その2:兵式飯盒。米を研いでおいて薪を集める。が、あまりいい薪が集まらず、やや少なめだったが疲れたのでそのまま火をおこす。最初はなかなか火がつかず苦労したが、なんとかご飯が炊けるくらいの火勢となり、飯盒を置いた。うまく炊けるか?火が消えそうになるのを吹いたり薪を足したりして見張っていると、着替えを済ませたtkd氏がヒマそうにしているので火の番をお願いしておかずの支度に取りかかった。今日の献立は麻婆ナスと枝豆である。なんとかできた。tkd氏にご飯が炊けたか訊いてみたがわからないというので火から降ろしてみるとなにやら焦げ臭い匂いが...。とりあえず飯盒をひっくり返して蒸らして食器を用意する。tkd氏はカップラーメンを作り始めた。用意が全部そろってからようやく宴会となる。ご飯は火によく当たっていた方が焦げ付いていたが、残りは問題なかった。あまり酒の強くないtkd氏はビール1本で眠たくなったようで9時頃にツェルトに入った。私はもうしばらく焼酎を飲みながら火の番を続けた後、ツェルトに入る。やはりかなり傾いているので寝ている間にtkd氏と密着しそうである。夜中、寒さに目を覚ますとtkd氏の姿がない。別の場所で寝たのか・・・?
<2日目>
朝目を覚ますとtkd氏は焚き火の前で寝ていた。ツェルトは傾いているのでやはり寝心地が悪かったらしい。昨日の残りのご飯で雑炊を作るがやや味が薄い。8時前に出発。10分ほどであっけなく大滝に到着する。ここも直登しようとしたが、途中のトラバースがいやらしそうなので結局左岸を巻き上がった。だが上は壁になっており、越えられそうなところを探していたが、tkd氏が偵察に上がってみるというので私は別の場所を探した。うまくよじ登ることができる箇所をみつけて登っていくと近くで笛の音がする。すると上でtkd氏が待っていて私が登ってきたのを見て驚いていた。下で待っていると思っていたらしく、荷物を下に置いてきたそうである。tkd氏は私から15Mのロープを借りて再び降りていった。けっこう時間がかかってようやくtkd氏が登ってきて自分で荷揚げをした。その後しばらく遡行して最後の7M滝に着いて、tkd氏はダイブで遊んだ。私もダイブしたが、ライジャケを着けていなかったので危うく溺れそうになる。その後は源流域の雰囲気となり、やがて水も切れて左側の尾根に詰めあがると登山道らしき踏み跡がある。これはもしや台高主稜か?だが北に向かって尾根を詰めていくと踏み跡は不明瞭となり羊歯を踏み分けて進んでいくと「千石山東峰」と看板のあるところに出た。やはり主稜ではなく枝尾根だったようだ。そこから千石山に向かい、さらに笹ヶ峰方面に向かって、地形図に記載のある東西に横切る登山道を探すがそれらしき道が見つからない。結局あきらめて少し引き返して千石山から1個目のピークから東に延びる尾根伝いに下りることにした。高低差200Mほど下って左側の沢に入りさらに下る。それほど厳しいところはない。やがて堰堤が見えてきたので昼食休憩を取る。そこからわずかな距離で五段の滝に着いた。ここから山腹をトラバースして林道を探すがなかなか見つからず苦労した。視力に自信のあるtkd氏はかなり早い段階で林道が上にあることを確信していたそうだ。林道ではtkd氏が謎の転倒を2回したが、1時間半ほど歩いて車にたどり着いた。その直前、私は林道の脇に見覚えのあるものを見つけ、長い林道歩きがようやく終わったうれしさに思わずこう叫んでしまったのだった。「あー!これ俺の○○○や!」tkd氏は「それはあんまりやで。」とあきれていた。
着替えてスメールに立ち寄る。前回kmd氏と来たときはポルシェがたくさん停めてあったが、今回はなぜかコペンがたくさんいた。近所にサーキットでもあるんだろうか?その後針テラスで夕食をとるが、その間にものすごい雷雨となっていて車にたどり着くまでにずいぶん濡れてしまった。

コメント

にじゅーよじかんたたかーえますかっ

2007-08-11 02:28:47 | 仕事
仕事忙しすぎ。そのうえ気はへこみっぱなし。
終電帰宅、徹夜、終電帰宅。。。
連休前の定時後に盆休みが吹っ飛ぶ連絡がくるし。
22時回ってから「連絡あるまで待機せよ」て何様やねんお前て思った。
客先メーカーのなんちゃら課長というのがきて状況ききにくるのはええけどあんまり要領の悪いミーティングするから「こんなん資料みたらええでしょが。時間の無駄とちゃいますか。」てきれてもた。
いちばんいかんのが、今やってる仕事の意義が見出せないこと。この仕事せんかったとして誰が困るんやろといつも思う。前やってた交換機の仕事も忙しかったけど仕事の意義は大きかった。
コメント

ベトナムコーヒー

2007-08-05 23:54:04 | Weblog
kmd氏からもらったベトナムコーヒーのセットを使ってみた。
中蓋をとりはずし、コーヒーの粉(これもベトナム産)を入れて中蓋を閉じ、上から湯を注ぐ...........ん~?なかなか出てこないぞ?使い方間違えたかな?
やっとカップにたまったコーヒーはブラックなのにチョコレートでも混ざっているのではないかというくらい甘かった。粉も多すぎたかも。
コメント (3)

NHKスペシャル『核クライシス 都市を核攻撃が襲う』

2007-08-05 23:47:09 | テレビ
NHKスペシャル『核クライシス 都市を核攻撃が襲う』を見た。
広島への世界初の核攻撃以来、60年にわたり蓄積されたさまざまなデータから、現代の都市に対して核攻撃が行われた場合のシミュレーションをしていた。広島では15万人が犠牲になったが、現代都市に地上で核爆弾が炸裂した場合、熱波は一瞬にして高層ビルの窓ガラスを破裂させる。衝撃波はビル群によって何層にも増幅され、震度7にも耐えられるように設計されたビルでさえ骨格が破壊されてしまう。中にいた人はほぼ全員が死亡する。もっとすさまじいのは、上空に巻き上げられた核物質に汚染された土ぼこりは爆心地からはるかに広い範囲を致死量の何倍もの放射能で汚染する。レポートを書いた、広島で被爆した科学者は、現代においては核攻撃から逃れるすべはないと断言している。
ところでアメリカ映画を見ていると核爆発のシーンがあったりするが、アメリカ人の核に対する認識の浅さにいつもうんざりする。『トゥルー・ライズ』ではキノコ雲の前でアーノルド・シュワルツェネッガーがキスシーンを演じていたし、『トータル・フィアーズ』では放射能への防御をなにもせずに主人公は爆心地に乗り込んでいた。やっぱりアメリカ人は「リトルボーイ」の頃と同じように核爆弾のことを「威力の大きな爆弾」程度にしか考えていないのではないか?核攻撃から逃れるすべはないという被爆者でもある科学者の言葉をぜひとも知ってほしいものである。
コメント