nekoyan日記

雑記帳・スケッチブック・メモ

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7月28日N~29日 滝川・本谷(笹の滝駐車場~歩道橋)

2007-07-31 02:13:35 | 
28日
急遽休日出勤することになり、いちおう沢登りの用意をしてマイカー出勤する。土佐堀通りを走っていると途中で右折車線に入っていることに気づき進路変更しようとしたら後ろからクラクションを鳴らされた。その車は私の車に横付けして乗っているオッサンがメンチを切ってくる。そっちの車線に入らせんかい。殺っそオラー。と心の中で罵る。仕事は順調に終わり、行ける旨kmd氏とkjtn氏に電話し、まずはkmd氏を迎えに行く。蛍池に着いてkmd氏を待っていると雨がポツポツ降り出した。
茨木でkjtn氏を拾う。最近自転車で穴につっこんで手を捻挫したそうだ。大丈夫かいな。最後に生駒でtkd氏を拾って出発。運転を代わったkmd氏はちょっと道に迷い気味だったがなんとか県道30号に入れた。もうちょっと詳しい地図が欲しい。車中、仮面ライダーの話題で盛り上がっていたが、私は最近のは見たことがないのでちんぷんかんぷんだった。
23時過ぎに猿谷ダム堰堤に到着。寝場所を作ってから宴会となる。

29日
5時半に起床。朝食を食べているとkmd氏がベトナムのお土産をくれた。ベトナムコーヒーのフィルターである。湯を沸かす道具をもってきていないのが残念だった。その後笹の滝へと向かうがなぜかkmd氏はひどく車酔いをして笹の滝駐車場についたら地面に寝そべってしまった。準備をして7時半に駐車場の小屋の裏から谷へ降りる。すぐにカリヤス谷との出合いに出て、左の本谷へと向かう。きれいな水である。最初の淵、tkd氏はずんずん泳いでいってしまう。kmd氏も泳いでいこうとするが、ライジャケを忘れた私は長い距離を泳ぐのが不安だったので紐でひっぱってもらうことにした。kjtn氏も不安だったのか、ロープ末端をハーネスにつけている。私はロープの途中に環を作って引っ張ってもらった。次の淵もロープで引いてもらう。取り付きが少々やっかいなので先に荷物を揚げた。その後しばらくして5Mくらい下に淵があるところに出てくる。淵をわたれば次のナメ滝も脇を通って登れそうである。まずはkmd氏が飛び込んで淵を渡る。続いてtkd氏。問題なく淵を渡る。さて私。けっこう高さがあり、しかもなるべく遠くに飛び込まないと浅瀬に体を打たれる恐れがある。しばらくためらっていたが、なんとか飛び込んだ。最後はkjtn氏。下ばかり見てはためらっている。kmd氏がなだめたりすかしたりしてもなかなか飛び込まない。だがあの気持ちはよくわかる。なかなか踏ん切りがつけられないのだ。結局kjtn氏は飛び込むのをあきらめて脇から巻いていった。その後きれいなナメ滝や淵が連続する。穏やかな淵ではkjtn氏がさかんに飛び込みの練習をしていた。ちょっとずつ高さをあげて最後には5Mくらいの高さから飛び込んでいた。もうすっかり恐怖心を克服したようだ。10時頃不動滝に到着する。大きな雨樋のような落ち口から綺麗な弧を描いて落ちる美しい滝だ。tkd氏がネットで調べた情報では右から巻いたそうだが、今回は左から巻く。腐葉土が堆積したようなところを比較的簡単に登るとあっけなく落ち口の上に出ることができた。上からは不叶の滝も見える。見ることができないからカナワズというそうだが、簡単に見ることができる。懸垂下降で谷に下りると、ほんみち教の施設へと通じる橋が見えた。橋の袂で休憩。その後登山道をたどり30分ほどで駐車場に戻ってきた。
時間が早いのでまた小屋の裏から谷に降り、今度はカリヤス谷方面に向かう。林道からの見物人の注目を浴びながら淵を飛びこんだり、滝を直登したりして笹の滝へ向かう。途中、kjtn氏とtkd氏が15Mロープを流してしまうハプニングがあったが、kmd氏とtkd氏が水中眼鏡をつけて下流を探して川底に沈んだロープを引き揚げたのには感心した。英虞湾で海女になれるんでは?最後は笹の滝の釜に全員飛び込んで沢屋の心意気を見物人に見せ付けて今回の沢遊びは終了となった。

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一人暮らし怖いか

2007-07-22 21:25:02 | Weblog
Uさんのお葬式。椅子に座りきれないほど会葬者がきていた。
そのあと職場の人らと昼食をとる。N氏から「一人暮らしもこわいな。結婚するか?」と言われる。実際、何かあったときに助かるものも助からないこともあるなと思う。山で死ぬときはあまり関係ないけど。
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訃報

2007-07-21 13:41:16 | Weblog
職場のUさんが亡くなった。27歳だった。
今週はじめからずっと休みが続いて2,3日前から連絡もつかなくなって心配していたらこの結末だった。死因は病死ということしかまだわからない。
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7月16日 不動岩

2007-07-19 00:04:26 | 
udk氏と道場・不動岩で岩トレをする。
朝は我々だけだったが、1本登って降りてくるとどのコースも人でいっぱいの大盛況だった。みんな3連休を台風でつぶされたクチだろうか?昼を過ぎて雲行きが怪しくなり、果たして大粒の雨が振り出す。それでもあと1本だけ登ったが、降りてくると誰もいなくなっていた。帰りはますます雨が激しく降り出す。R176沿いの王将でかなり早めの夕食をとって西宮名塩までいこうとするが大渋滞で結局道場に引き返してudk氏を降ろす。
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エビ三昧

2007-07-07 15:14:44 | Weblog
明石の肛門科の帰り、魚の棚でカワツエビを買った。ウェブ版神戸新聞で今が旬と掲載されていたのを一度食べてみたいと思っていたのだ。1kgで1000円。思ったよりたくさんある。家に帰ってもまだ生きている新鮮なエビをさっと塩茹ですると写真のようなボリュームである。軽く4人前くらいありそうだ。味は絶品。あまくて柔らかくてジューシーである。3年前に重慶で食べたエビもおいしかったが、それに勝るとも劣らない。絶対食べ残すと思っていたがビール2缶あけて結局全部食べてしまった。7月の明石のオススメの味である。
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『失われた文明インカ・マヤ』

2007-07-05 01:01:56 | テレビ
録画しておいたNHKスペシャル『失われた文明インカ・マヤ』を見た。
インカ帝国では独特のミイラ文化が発達していた。皇帝は死んだ後もミイラとなって人々の崇敬を集め、その臣下も生前のままミイラの皇帝に仕え続けた。そのルーツは海岸沿いの砂漠地帯にある。ここでは人は死ぬと自然にミイラとなった。生きていた時の姿のまま死者となる風土で、人々は死んだ後にも生活があると信じ(言葉に矛盾があるが)、生前と同じように食事や着替えの世話を続けたのである。
しかしながら私はビデオを見ていてどうしても生理的な抵抗感を禁じえなかった。研究者たちが素手でミイラを触っているシーンすら見ていて耐えられない。やはり私は日本人。「死」は「穢れ」の最たるものという意識があるのかもしれない。身内の葬式の帰りでも家に入るときに塩で穢れを払う精神風土で育った人間はインカ帝国では1日も暮らしていけないのではないかと思う。
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6月30日N~7月1日 滝川・ホホゴヤ谷 沢登り

2007-07-03 23:58:04 | 
20時過ぎに本町でkmd氏を拾い、あみだ筋の大阪王将で夕食をとる。駐禁とられていないか少し心配だった。五條のサンクスで買い物をしているとtkd氏から電話。「元気?」「元気ですよ。」「どこいくん?」「ホホゴヤ谷ですわ。」「うせやん!マジ?マジ?がんばって。ほなまた!」・・・何の用だったのか。
道の駅大塔でhmy氏と落ち合う。その後猿谷ダムの駐車場に移動して宴会となる。
翌朝、笹の滝の駐車場に移動して着替える。7:30出発。見覚えのある笹の滝を右から巻くが、けっこういやらしいところの連続だった。ホホゴヤ谷の出合いに9:30到着。垂直に切り立った崖が立ちはだかり、その中央を一気に流れ落ちる滝がある。hmyさんは、ハーケン打ったりしながら途中までは上がれるなあ、あとは何回か来てボルト打っていけば上まで上がれる、と言っていた。ここは左から巻いたが、上も切り立っていてカリヤス谷の方向に追いやられてしまう。いやらしいトラバースをしながらやっとホホゴヤ谷の方向に戻ってきたが、下がまったく見えない。kmd氏は懸垂下降で降りてロープ登高することを提案するが、hmyさんは何かあったときに3人とも下に降りているとどうしようもないので一人づつ行こうという。そこでまずkmd氏が50mロープで降りていくことになった。下についたときに笛を1回吹き、登り返すときにももう1回吹く。問題発生時は3回吹くということにした。kmd氏はからまないようにロープを首にかけて降りていった。かなり時間がたってから笛が1回鳴り、さらにもう1回鳴るが、kmd氏はなかなか上がってこなかった。hmyさんは、「登ってくればロープが震えるはずや。テンションがかかったままちゅうことはなんかトラブルが発生しとるのとちゃうか。」と冷静な顔で言う。ただhmyさんが笛を吹くたびに返事の笛が聞こえるので大丈夫なのかなと思っていた。懸垂下降開始から1時間半ほどしてようやくkmd氏が帰還していうことには、下はホホゴヤ谷の出合いだったそうだ。降りるのはやめてさらに上に登りつめると、向こう側に谷が見えた。hmyさんが降りていって確かめるとこれがどうやらホホゴヤ谷のようだ。降りたところはナメ状の連瀑帯で滑りやすくて怖かった。しばらく遡行していくと1M半ほどの滝があったが、前に深い淵があっていやらしい。脇からショルダーでkmd氏が上がろうとするが滑って落ちてしまう。ナメ床でつかみ所がなく岸にあがるのに苦労していた。今度は私がショルダーであがるとようやく上に行くことができた。このあとしばらくして左岸にガレ場が見えてきたので遡行を打ち切る。ガレ場の脇から這い上がると尾根には立派な登山道がついていた。登山道を下るとき、アクアステルスの靴底が磨り減っているせいかkmd氏は何度も滑ってこけていた。笹の滝で靴や服を洗ったり水遊びをしてから車に戻った。hmyさんは早く家に帰ってビールにありつきたいということでここで別れる。kmd氏と私は夢の湯に浸かってから帰路についた。hmyさんの話では道の駅大塔の温泉はもうやっていないかもしれないとのことだったが、帰りに寄ってみるとちゃんと営業しているようだった。蛍池でkmd氏を降ろして帰路につく。自宅に帰ると待っていたかのようにtkd氏から電話。「どないやった?」「きれいでしたよ。ただ巻きがすごくてkmdさんが懸垂下降したらまだ出合いのところでしたわ。」「うせやん!マジ?」・・・このあとしばらくtkd氏との会話が続いた。
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