のんびり茶店

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帰省します

2010-12-23 17:34:34 | お出かけ
急なのですが、これから実家へ帰省いたします。

また戻って来ましたら、旅行記の続きを書きたいと思います。

もうしばらくおつきあいください。

それでは皆さま、ハッピークリスマス、そして良いお年をお迎えくださいませ。

来年まで
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オーストリア(4日目)ランチ

2010-12-22 21:49:09 | ドイツ・オーストリア旅行
ランチはザルツブルク市内の「カフェ・モーツァルト」でいただきました。

パスタの入ったコンソメスープ

料理名がわからないのですが、メンチカツ(のようなもの)、マッシュポテト、温野菜

ピスタチオクリームが入ったケーキ、上のグリーンは甘いマジパン、ト音記号はチョコレート

ホットチョコレート

メンチカツ以外は完食しました。昨日とはうってかわって食欲旺盛な私。
ツアーの方たちに「体調良くなってよかったねー」と乾杯までしてもらいました。

ここ「カフェ・モーツァルト」で有名なお菓子がこちら
(画像お借りしました)
「ザルツブルガーノッケル」という名前のスフレ(メレンゲ)菓子
アルプスの山々を表したスフレの下にはラズベリーソースがしいてあり、あったかいけれど、かなり甘いそうです。
でも食べてみたかったなあ

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オーストリア(4日目)ザルツブルク旧市街その2「ゲトライデガッセ」

2010-12-21 15:17:30 | ドイツ・オーストリア旅行

広場からすぐのところに「ゲトライデガッセ」という小さな通りがありました。
旧市街のメインストリートになり、ブランドのお店がたくさんあります。
(画像お借りしました)
こちらは手刺繍の小物が置いてある「プチポワン」
1cm四方に360も刺してある手間暇のかかる細かな手刺繍で、バッグ、財布、アクセサリーなどがありました。かなりお高くウィンドーショッピングのみ。
そして「クリスマスインザルツブルク」(ひょっとして「イースターインザルツブルク」だったかも
  
ボール型やたまご型のオーナメントがこれでもか状態で置いてあります。
お店の中もとても可愛らしい♪


ドイツの「リューデスハイム」もこのような狭い横丁でしたが、やはり感じが違います。
小さな通りなのですが、おしゃれで、とても素敵でした。モーツァルトの生家はこの通りのすぐそばにあります。

ゲトライデガッセのそばにあった出店

ぬいぐるみや人形などのお土産を売っています。なんだか可愛かったので撮りました。

ザルツブルク最古のカフェ(1705年創業)「トマセッリ」

モーツァルトが生まれる前から開いていたのですね。

こちらはお菓子屋さん 隣は薬屋さん 看板やお花が愛らしいです。

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オーストリア(4日目)ザルツブルク旧市街その1

2010-12-20 09:31:03 | ドイツ・オーストリア旅行

モーツァルトがオルガンを弾いていた「ザルツブルク大聖堂」前
(画像お借りしました)
ヨーロッパ最大規模の聖堂といわれています。
天井のドームの絵画が素晴らしいです。
モーツァルト自身もここで洗礼を受けました。
 
「レジデンツ(大司教の館)」
16世紀、当時の王様の城より立派なものを大司教が建設し、代々の大司教が住んだとされる館。

「ザルツブルク博物館」前の噴水

広場に停まっていた観光馬車

これらが広場に立っただけでざっと見渡せる景色です。


そして憧れの「祝祭劇場」(レジデンツ広場から歩いて5分ほどです)
毎年夏おこなわれる「ザルツブルク音楽祭」のメイン会場になるホールです。
音楽監督をしていた指揮者カラヤン氏が主導し、建設されました。

ザルツブルクの街は、川を境に旧市街、新市街に別れ、これらの建物は旧市街にあります。
歴史的建築であるこれらをまとめて世界遺産登録がされています。


広場から少し歩くと、可愛らしい通りがありました。


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オーストリア(4日目)モーツァルト生家

2010-12-19 16:48:07 | ドイツ・オーストリア旅行
   
偉大なる天才音楽家モーツァルトが生まれ育った家です。かなり目立つ黄色

一家はザルツブルク旧市街のにぎやかな通りにあるアパートメントの4階の一角を借りて住んでいました。
さすが寒い土地柄、大きな暖炉はありましたが、狭そうな部屋で、その当時でもあまり裕福ではなかったのでは?と思われます。
台所も質素で、共同キッチンでした。
現在は、住んでいた4階を博物館にし、彼の肖像画、家族の肖像画、子供の頃に使用したヴァイオリン、旅行中に書いた手紙などが展示されていました。
直筆の楽譜(ピアノソナタだったと思います)もありました。
モーツァルトの直筆譜面を観るのは初めてで、興奮しました。
思っていたよりずっと綺麗なタッチで描かれていて読みやすい楽譜でした



幼少の頃から神童と言われ、ウィーンの宮殿に招かれ、マリー・アントワネット姫(当時)に「僕のお嫁さんにしてあげる」と言ったエピソードは有名です。
その頃が、モーツァルトの栄光の時期だったと思います。

(画像お借りしました)
当時、宮廷音楽家だったモーツァルトが弾いていた大聖堂のパイプオルガン
ヨーロッパでも屈指といわれるオルガンです。

17歳から移り住んだ同じザルツブルク新市街の家(建て直ししています)


その後、
ザルツブルクを治めていた大司教との関係がこじれ、モーツァルトはこの地を捨て、
ウィーンへ移住することになります。
良い思い出がないザルツブルクを、モーツァルトは二度と訪れることはありませんでした。

わずか35歳でこの世を去ったモーツァルト
35年しか生きられなかったのに700曲以上もの曲を作り出し、ほとんど失敗作がないと言われる天才作曲家。
(交響曲1楽章を清書している間に2楽章を作曲し、それを清書している間に3楽章が作曲できたそうです。)
すごすぎる…

その原点の生家を訪ね、生活していた様子を知ることができ、本当に嬉しかったでした。


おまけ シュタイフ社のモーツァルトテディベア可愛い



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オーストリア(4日目)ザルツブルクへ

2010-12-11 16:21:12 | ドイツ・オーストリア旅行
一日明け、体調もすっかり回復、復活しました

家族にも、ツアーの方々にもたくさんご心配をかけてしまいました

この日の朝食
 
クロワッサンと紅茶、そしてフルーツを完食できました


昨夜、泊まったホテルは、湖のそばにあったようです。

ドイツフュッセンから国境を越え、いよいよオーストリアへ。
牧歌的風景から、一転、素敵な街並みに景色は変わります。
添乗員さんいわく「オーストリアはハプスブルク家の歴史を引き継ぐ高貴な街と人たちというイメージ」
「とても紳士的で知的でお上品」なのだそうです。

街そのものが世界遺産という「ザルツブルク旧市街」へ着きました。

この川の向こう側が旧市街です。
丘の上に建つお城は「ホーエンザルツブルク城」
大司教によって造られた要塞です。今の姿は17世紀に完成したそうです。

これから橋を渡って旧市街に入り、私の大好きな作曲家「モーツァルト」の生家を訪ねます。

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ドイツ(3日目)お土産

2010-12-09 11:14:56 | ドイツ・オーストリア旅行
12月9日、今日のドイツフュッセン地方の天候は雪
最高気温-2℃ はんぱなく寒そうです
ここはノイシュバンシュタイン城のある街で、アルプスの麓になります。
2ヶ月前はこれほどではもちろんありませんでしたが、雨模様で寒く、気温もたぶん一桁だったと思います。

さて
ノイシュバンシュタイン城を堪能した後、バス停近くのお土産屋さんへ寄りました。

ここにはタオルで有名な「フェイラー社」のタオルハンカチがたくさん置いてありました
シェニール織と呼ばれる独特の織り方(一度織った布を切り裂き、モール状の糸を作り、再度織る。工程的には二度織る)で
作られるタオルやタオルハンカチは、厚みがあり、ビロードのように柔らかく、吸水性も抜群です。
日本人のおばちゃん(私含む)たちの大好物で、ファンが多いのです

そして知る人ぞ知るここにしかない限定ものタオルハンカチがこちら
 
ノイシュバンシュタイン城の四季がデザインされたオリジナルです。
上は昼間の風景、下は夜の風景(4枚セットなのでバラ売りはされていません)
ドイツで自分のために買った一番うれしいお土産です。


他にもこんな可愛らしいタオルハンカチが

「ヘンゼルとグレーテル」/「赤ずきんちゃん」
日本でも以前は販売されていたらしいのですが、また再販されたようです。

ドイツでは地方のお土産屋さん、ローテンブルクにも「フェイラー社」のハンカチは、販売されていました。
私も友人たちのお土産にたくさん購入してきました。


この日は、この買物をして、終わったのですが、実は、お店で私はふらふら状態でした。

朝から胃の調子が悪く、食欲はなく、寒気も相当ありました。
背中にはかちかち山のたぬきかと思うぐらいカイロを貼っていたのですが、
それでも寒さがおさまらず…かなり発熱していたようです。

食い気だけは誰にも負けない私でしたが、
 
お昼のランチも写真を撮っただけ。
(ひき肉をパスタで包んだ)マウルタッシェン/りんごが入ったドーナッツ(フリッター?)
夜は食事にも行けず部屋で寝込んでしまいました。(よって画像もなし
家族、そして添乗員さんには本当に迷惑をかけてしまいました。
とほほ~

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ドイツ(3日目)ノイシュバンシュタイン城

2010-12-04 17:58:41 | ドイツ・オーストリア旅行
いよいよドイツ最終、ラストの観光「ノイシュバンシュタイン城」へ。
東京ディズニーランド シンデレラ城のモデルになったお城です。
着工は1869年、当時バイエルン国王だったルートヴィッヒⅡ世が理想の夢の城として建設しましたが、
本人が突然亡くなったため、未完成となってしまいました。
(着工後、まだ150年経っておらず歴史の浅いお城です。)

これは、ルートヴィッヒⅡ世が幼少の頃過ごした「ホーエンシュヴァンガウ城」

このお城の近くからバスに乗り、山の中腹まで上っていきました。
到着後、
絶景カメラポイントへ。近くの橋から見た「ノイシュバンシュタイン城」

一部工事中でしたが、その姿に感動 遠くの湖も見え、ロケーション最高です。

中庭から見たお城正面

ルートヴィッヒⅡ世は、中世の騎士道物語が大好きで、
それを題材にオペラ(楽劇)を作った音楽家ワーグナーに傾倒し、呼び寄せたり…
外交で訪ねたフランス「ベルサイユ宮殿」の豪華さに感嘆したり…で、
それらを忠実に再現しようとしたのが「ノイシュバンシュタイン城」でした。
(画像お借りしました)
歌人の間(大広間)
年を取るほど人間嫌いになった王はこの広間を一度も使ったことはありませんでした。
(画像お借りしました)
玉座の間
シャンデリアは100本近く蝋燭が立てられるもので1t近くあります。
王が亡くなり、玉座もありません。
王は玉座もシャンデリアも見ることなく亡くなってしまいました。

お城の中には、洞窟まで作られていました。そこで遊ぶため?なのでしょうか。


世間とは別世界のところで生きていた王は、この城に巨額を投じ、国を財政難に陥らせました。
最後は、臣下に捕らえられ、別のお城に幽閉され、散歩に出掛けた湖で謎の死を遂げています。
数々のエピソード、悲惨な最期、美しい未完成のお城…
彼の生涯は映画になったりして、今でもドイツでは「変わった王様」として、人気があるそうです。

訪ねたときは10月中旬、少し紅葉が始まっていました。
紅葉の季節もとても美しいですね。

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ドイツ(3日目)ヴィース教会

2010-12-03 09:40:59 | ドイツ・オーストリア旅行
ロマンティック街道をさらに南下し、アルプスの麓までやって来ました。
牧草地の中にぽつんと建っている世界遺産「ヴィース教会」です。

外から見ると教会らしくないのですが、中に入ると…


天国のような世界。「キリストの再臨」と名づけられた天井画。 天使や虹が夢のようです。

そして祭壇
(お借りしました)
下部中央に小さく見えているのが「ヴィースの奇跡」と言われる「鞭打たれるキリスト像」
屋根裏に仕舞いこまれた像を復活させたら、像から涙がこぼれたというエピソードがあり、
それを見たさに巡礼する人がたくさん押し寄せたということです。
農場礼拝堂ではその大勢の人を収容できず、1743年から10年かけ、現在の建物になりました。
「ロココ様式の世界最高峰」と呼ばれている教会です。


パイプオルガンもこんなに素敵 ここで聴くと天空の音色かもしれません。

全体はこんな感じです。

(画像お借りしました)

この教会はアルプスの山々に囲まれ、周りにはのんびり牛たちが草を食べている牧場しかありません。
昔、そのキリスト像が見たくて頑張って道を歩いてきた巡礼者たちが、一歩足を踏み入れると感動し、ますますキリストを讃え、
信仰心を高めたであろうと想像できる空間でした。
信者でもない私ですが、あまりの素晴らしさにただ茫然でした。

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ドイツ(3日目)ディンケルスビュール

2010-12-02 11:44:15 | ドイツ・オーストリア旅行
ドイツ最終日です。
ローテンブルクを出発し、2時間ほどバスに乗り、ディンケルスビュールという街に着きました。
ここも宗教戦争、第二次世界大戦時の破壊を免れた街です。


15世紀に建てられた「ドイチェス・ハウス」(左)
数ある木組みの家の中で最も美しいとされている建物。現在はホテルになっています。
 
街並み ローテンブルクより少し落ち着いた感じ
 
左はホテル、右はレストラン

教会の前では八百屋兼花屋さんの露店が出ていました。
  
アレンジフラワーも日本とは少し違う感じです。

城壁に囲まれた街を外から見ました。

左の方にある四角の高い建物は「農家の塔」 この街の象徴として建てられた16世紀の建物です。


この日は、少し小雨が降って、吐く息が白く、本当に寒かったです。


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